第36話 女と口を狙え

「商材って何の話だよ?」

「鈍いニャね~これを売るってことニャ」


 猫娘、もといレベッカは、ハムッとフォークを口に咥えた。


「まさか、ホットケーキをか? こんなもんを?」

「こんなもんとは何ニャ! こんなに簡単に作れて、しかも美味しいモノをミーは知らないニャ。ミーが知らないということは、少なくともこの村の皆も知らないということニャ」


「だからどうしたんだよ」

「新しい価値の創造、これが一番儲かるのニャ」

 

 なるほど……一理ある。

 

 商売は、パイオニアが一番儲かるものだ。

 レベッカが言いたいことが見えてきた。 


「じゃあ俺の焼いたケーキを売って、それで装備の資金を稼ぐってことか」

「その通りニャ」

 

 言いたいことは解る、解るんだが……。

 それをするには問題が山積みだ。

 レベッカは理解しているのだろうか。


「でもどこで売るんだよ。店も無いのに」

「チッチッチ。店が無ければダメニャンて誰が決めたニャ?」

「ここで売れば良いのですぅ、マスター」

 

 こ・こ・で……だと? 

 こんな普通の家で?

 

 思った通りだ。やはりこの猫は若く、見立ても甘い。

 

 そんなもん、客が入る訳がないではないか。

 ここは酸いも甘いも噛み分けたおっさんの俺が、正してやらないといけない。

 

 ガツンと行くぞ、ガツンと。

 俺は腕を組んで、浮かれているレベッカに物申してやった。


「甘いな、何もかもが」

「どこが甘いニャ?」

「需要が無いだろ、この村には。田舎なんだから自炊が多いはずだしな」


 需要が無いところに供給は生まれない。ビジネスの基本だ。

 だがレベッカは自分の詰めの甘さを顧みるどころか、俺の忠告にあっさりと言い返した。


「最近は共働きが増えたニャからね、そこはクリアニャ」

「こんな田舎で、共働き?」


  ちょ、ちょっと待て。

 異世界でも女の社会進出が勧められてるのか?


「ガチか? それ」

「世は男女共同参画社会ニャ!  外食産業はますます発展するはずニャ」


 フィーリアが頷く。

 おいおい、そうなると状況は変わってくるじゃねえか。

 

 しかし、しかしだ。このアイデアには、重要なことが抜け落ちている。


「お前の言う通りかもしれん。だが……この村の人口じゃ儲けが出るかわからんだろ」

 

 レベッカがハッとした表情を見せた。

 

 いくら需要があろうとも、利用者の人数が少なければ利益は薄い。


 フッ、どうだ猫娘め。

 これがオトナの分析、マーケティングってやつよ!

 

 俺が大人げなく得意になっているところに、フィーリアが何かをじっくり考えながら、口を挟む。


「……ベルニアはドワーフの工房がありますぅ。遠くから来られる方もいらっしゃいますので、意外と人の出入りは多いですよぉ」

「え?」


 普段からは想像も出来ない、フィーリアのしっかりとした回答に驚いた。


「美味しい食堂があれば、一定のお客様はいらっしゃるのではと思いますぅ」

「そ、そうなの?」


 俺としたことが、ドワーフの工房のことをすっかり忘れていた。

 安定した客も需要も見込める……だと? 上等じゃねえか!

 

 だが、俺はまだ、自分の負けを認めたくなかった。

 このビジネスプランのアラを見つけてやろうと躍起になる。


「いや、まだだ。まだお前には見落としがある!」

「何ニャ?」


「この家だと客席が少ししか作れねぇ。それじゃ店の回転率が悪すぎる」

「回転率ニャ?」


「店としての利益が出にくいってことだ」

「中が狭いなら、外に出せばいいニャ。要はテラス席ニャ!」

「外なんて雨が降ったらおジャンだろ」

 

 不確定要素の多い天気を持ちだすなんて、冷静に考えればもはやイチャモンである。 するとフィーリアがまたもじっくり考えながら、口を開いた。


「……ベルニアは雨が少ないですから、大丈夫ですぅ」

「へ?」

「ここはずっと晴れが続くので、有名なんですよぉ」

 

 流石の俺も、異世界の気候までは知らなかった。

 フィーリアが言うのだから、間違いはないのだろう。


「ここはお山も綺麗ですしねぇ、テラスはきっと素敵になりますぅ」

「ま、マジか……」

 

 晴れた天気、美味しい空気。

 おまけに美しい景色を眺めながらのテラス席だと?

 

 上等どころか最高じゃねえか!


 レベッカが畳みかけるように、ビジネスの有用性を言い募る。


「おまけにこのケーキは女子ウケするはずニャ」

「だからなんだよ」

「猫式商売の基本、『女と口を狙え』ニャ! ガッポガッポ間違いなしニャ!」

 

 出た、女ウケ商法。


 彼女の言う通り、有名な商売の法則の一つに「女狙い」ビジネスがある。

 そこまで踏襲した上で、レベッカは話を進めているのだ。


 くそっ……ここまで言われてはもう反対する材料が無い、完敗だ。

 

 おっさんは大人しく、若者の儲け話に乗ることに決めた。

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