第27話 洞窟とドワーフ、そして鍛冶屋

 ――鍛冶屋は村の果てにある大きな岩の洞穴をそのまま利用した、本格的な店だった。

 燃え盛る石炭や熔岩状の物体が周囲を真っ赤に照らして、穴の中は明るい。

 金属の焼ける匂いが満ち、近づくだけで身体が熱くなる。


 この過酷ともいえるコンディションにも関わらず、店は驚くほど繁盛していた。屈強でゴツゴツした身体の男達が、店先に設けられた台の上で応対に当たっている。


 ただ……、彼らは人ではなかった。

 背が、ものすごく低い。

 そして大量の髭をこれでもかと蓄えている。

 足もとまで届きそうなそれは、炎に焼けてチリチリだ。


「もしかしてここの職人って……ドワーフなのか?」

「そうニャ、鍛冶を頼むならドワーフが一番ニャ」

 

 なるほど、ドワーフなら腕は信用出来る。

 店の客はドワーフ達に群がり、大声で我先にとオーダーする。


 きっとこうでもしないと、客が多すぎて注文が通らないのだろう。


「包丁が切れなくて困ってるの、研ぎ直しをお願い!」 

「鍬が壊れっちまって畑仕事が出来ないんだ、新しいのを頼む~!」

「頼んでた剣は、まだ出来てないのかっ?」

 

 生活用の刃物からハンターの武器まで、依頼は多岐に渡った。

 ドワーフは客に愛想一つ振りまかず、しかめっ面で注文を取っている。


「なんか怖いな。あんな接客なのに、なんで流行ってんだ?」

「ドワーフの工房でも、ここは有名ニャ。特にハンターの装備は最高峰と言われてるニャ」


「へぇ。カザドって人もここにいるのか。飛行船で聞いたんだが」

「聞いてみたらどうニャ?」


 俺は一番近くにいた、岩のような身体のドワーフに恐る恐る近づき、尋ねた。


「あの、ここにカザドって人いますか」   

「……カザド?」

 

 ドワーフがギロリと睨んでくる。

 正直に言おう、ビビった、超ビビった。


 しかし俺とて厳しい営業職でならしたおっさんだ。

 ここで引く訳にいかない。


「ひ、飛行船で聞いて、き、来たんですけど。壊れた防具を直してほ、欲しいんですが」 

 

 ダメだ声が震えやがる! 

 落ち付け、流石に殴り殺されることは無いはず。

 

 岩ドワーフは注文台から降り、俺の足もとまでノシノシと近づいた。

 そこから鋭い目つきで、俺の壊れた装備と、腰に刺した片手剣を眺めまわす。


「……本気か?」

 

 低い、唸るような声で呟いた。


「え?」

「本気でコレを直したいのか?」

「直してもらわないと、困ります。この娘が殺されるかもしれないんです」

 

 俺は猫娘を横目でチラリと見た。

 ドワーフは表情一つ変えず、蓄えた髭をさすっている。


 しばらく沈黙が流れた後、彼はボソッと言い放った。


「……そんなこと知ったことか」

「知ったことかって……。人の命がかかってるんですよ?」

「我らは認めたハンターにしか、装備を作らん」

 

 なんて奴だ、噂どおりの頑固オヤジめ! 

 もしかして、コイツがカザドか?


 だが俺にも、猫娘を窮地に追いやった責任がある。

 ここで負けてはならないと食い下がった。


「でも頼みます、装備を直してもらわないと先に進めないんです」

「知らん。他はともかくハンターの装備はな」

 

 カザドと俺は睨みあった。

 犬の喧嘩は、目をそらした方が負けだと聞いたことがある。


 なら今は、絶対目をそらしてはならない。

 こんな冷たい野郎に負けてたまるか。


 懸命にガンを飛ばし続けていると、カザドは不機嫌なまま、目をそらした。


「……しつこい奴だ」


 そう呟くなり、のっそりと踵を返して、店の奥に引っ込んでしまった。


 やり方が悪かったのか、どうやら怒らせたようだ。


「ダメだった……ニャか」


 猫娘の耳が垂れ、フィーリアが不安そうにレベッカを気遣う。

 

 やってしまった、一気に手詰まりだ。

 さあ、どうする俺。

 ここで諦めて次の鍛冶屋を探すか、もしくはまだ粘るか……?


 と考えていたその時だ。

 カザドが店の奥から、どデカいモノを持って戻って来た。


 良く見ると……、ハンマーだ。

 巨大な岩石に蔓が巻き付いて、その下から頑丈そうな木の棍棒が伸びている。全体的に苔むしているが、たぶん意図的に生やしているのだろう。


 全体がまるで小さな岩山のような、野趣あふれるデザインである。

 そして驚くのはドワーフの体躯に似合わない、ハンマーの大きさだ。


 この小さな身体にどんなパワーが秘められているのか、物凄く重そうなモノを軽々と担いで、一直線に俺の元へ歩み寄ってくる。


 何の脈絡もない強そうなハンマーの登場に、少々面食らった。


「は、ハンマー?」

「……」


 カザドはナチュラルに問いかけを無視する。


 そしてあろうことか、彼は巨大ハンマーを振り上げ、いきなり俺に殴りかかった。ブン、という鈍い風音が染み出して、俺に岩石の塊が迫る。


「あっぶねぇえええ!」


 間一髪のところで必死にかわした。


 ハンマーはそのまま行き場を失い、そのまま俺の足があった地面に思いっきりめり込み、洞窟の岩が砕け散った。


 一歩間違えれば俺の足が砕けていたところだ。


「何すんだ殺す気か!」


 しかし彼は悪びれもしない。

 いたって真面目な顔をしている。


 ドワーフが偏屈なのはよくある設定だが、イカレてるとは聞いてないぞ!

 こんな凶暴なヤツの穴ぐらになんか危なくていられない、次は本当に身体を砕かれちまう!


「もう行くぞ、他の鍛冶屋を探そう!」


 急いで出て行こうとした俺に、カザドが呟いた。 


「……合格だ。来い」

「は?」

 

 カザドは戸惑う俺を放置してくるりと背を向け、再び店の奥に姿を消してしまった。

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