第16話『探検未知の町』

 港から川沿いを30分ほど内陸へ歩くと、柵に囲まれた小さな町が見えてきた。サバミコの町である。


「ちょーさん、シラベさん! 早く早く!」

「待ってくれよ! アヤカネくーーん!」


 知らないことがおいでおいでしてる世界を目の前にして、彩兼は早く町を探検したくてたまらずに駆け出していく。ちなみに、この世界の住人に不評だったクライミングサポートアームはバックパック形態に戻されているため、彩兼のことは普通にバックパッカーに見えるだろう。


 それが地球ならばだが……


 そんな彼の後を苦笑いしながらついて行くのがチョウタとシラベ。2人はこの町にある警邏隊サバミコ支部所属の衛士だ。


 チョウタは彩兼と同い年で18歳。人の良さそうなアジア系の少年で、なんとなく頼りなく見えるが、警邏隊の一等衛士だという。丸メガネが似合いそうというのが彩兼が抱いた印象である。


 シラベはチョウタの後輩で16歳の二等衛士。赤毛が特徴で中々のイケメンだ。


 フリックスの命令で彩兼の案内を申し付けられた2人だが、歳も近いこともあってかすぐに打ち解けることができた。


「さあ、ここがサバミコの町だよ。アヤカネ君」


 村の周囲は獣除けの柵に囲まれているが、警戒が厳重という感じはしない。町の入り口は開けっ放しで、守衛さえ立っていない。


 町の入り口で追いついたチョウタに案内されて町へ入る彩兼。


 そこには古い日本の街並みに似た世界が広がっていた。


 茅葺屋根の家が立ち並ぶ中、所々に赤レンガ造りのどっしりした建物も混じっている。


 大きな町ではない。人口は1000人もいないだろう。道は土がむき出しで、建物の窓にはガラスも入っていない。


 しかしそこに暮らす人々からは決して貧しい印象は受けなかった。


 落ち着いた風情ある町中を歩いていても物乞いや浮浪児の姿はなく、ゴミや汚物が散乱していることもない。


 下水の管理や社会道徳がしっかりしている証拠である。


 町の住人の衣服は様々で、貫頭衣っぽい何かだったり、着物っぽい何かだったり、トーガっぽい何かだったりと、文化的、時代的に統一性がない。多民族、多文化が混在しているのだ。


 また、住民は人だけでこの町に魔族はいないらしい。魔族は基本的に同族同士で集まって、独立した自治区で暮らしているのだという。


 

 建築物の多くは多湿な環境に合わせた日本の伝統家屋に近い。おそらくルネッタリア王国の風土や気候が日本によく似ているのだ。

 港町らしく家の軒先には干した魚が吊るされていたり、時折魚を焼く匂いが漂ってきて、海育ちの彩兼はここが異世界であることを忘れそうになるくらい親近感が湧いてくる。


 しばらくすると、日に焼けた大柄な男が声をかけてきた。磯の香りが染み付いたかのような雰囲気は地球もファルプも変わらない。おそらく漁師だろうと彩兼は察する。


「おう! チョーさんにシラベちゃん! 魔獣の方はいいのかい? あん? なんか変わったの連れてるな? どうしたんだい?」


 男は彩兼に気がつくと、珍しいものを見るかのような視線を送るが、排他的な雰囲気を感じることはなかった。


「ああ、ネッドさん。こちら、歩くマイヅル案件のアヤカネ君。しばらくここで預かるから、見かけたら声かけてやってよ」

「マイヅル案件だって!?」


 男が驚いた声を上げたので、彩兼は頭にかぶっていたテンガロンハットを脱いだ。


「日本から来ました鳴海彩兼といいます。しばらく厄介になりますが、どうぞよろしく」


 男は彩兼のつま先から頭の天辺までをじっくりと眺め回したあと、急に姿勢を正す。


「わたくし、この港で漁師をしていますネッドと申します。小さな町ですがどうぞゆっくりしていってください。ミスター・アヤカネ」


 なぜか全く似合わない挨拶をする猟師のネッド。

 怪しい視線を送ってくるネッドと別れると、シラベが理由を教えてくれた。彼は……性別の垣根を超えて人を愛することができる人種であるらしい。

 これまでシラベが目をつけられていたらしいが、今後それを彩兼が被ってくれそうなので、嬉しそうにしている。


「あはは……」


 乾いた笑いしか出てこない彩兼。

 どうやら趣味、思想的にも開放された世界であるようだ。


 それからしばらく町の中を見て回る。中には変わった人間もいるが、見た感じ住民の気質も穏やかで、健康状態も良好そうだ。平均身長はおそらく現代日本と比べても同等以上だろう。チョウタやシラベも彩兼より背が高く体つきもしっかりしている。


 あっちうろうろ、こっちじろじろ。見て聞いて、触っていじって、時に怒られて。「うん、そうか!」と1人で勝手に納得している彩兼。


 町の住民から「変なのいるな」という目をむけられながらもトラブルにならかったのはチョウタとシラベがいてくれたおかげだろう。

 ふたりは町の人から慕われているようで、彼らが魔獣と戦うことを心配する声が度々耳に入る。だが中には、魔獣襲来に備えて数日前から港が閉鎖されていることで漁に出れないことを嘆く者もいる。


「何言ってんだ。お前昨日領主さんからもらった肉や酒でどんちゃん騒ぎしてたじゃねーか」

「そうだけどよ。そんなのが3日も続いたら流石に太っちまうだろ? 俺が重くなったらその分船に乗せれる魚の量が減っちまうだろうよ?」

「何言ってんだ! お前そんなに釣ってきたことねぇだろ」

 

 そう言って笑い飛ばす町の人。

 領主や警邏隊は町の住民に対して少なくない支援を行っているようである。


「いい町ですね」

「だろう? そうだ、これからいいとこ案内するよ」


 町の人たちの輪から離れてシラベと目配せするチョウタ。それがどこか見当が付いているらしいシラベにも異論はないようだ。


(いかがわしい店とかだろうか? まあ、それはそれで……)


 鳴海彩兼18歳。彼は今、次元の壁を隔てた異界の地で大人への一歩を踏み出そうとしていた。



***



「もしかして、ここは留置場じゃないですか?」

「もしかしなくても留置場だよ? アヤカネ君」


 彩兼が連れてこられたのは警邏隊のサバミコ支局の隊舎だった。


 魔獣討伐のために他所から相当数の応援が駆けつけているようで、隊舎周辺には多数の天幕が張られている。


 そのようにごたついた状況の中、シラベは報告に行くと別れ、彩兼はチョウタに隊舎の一角にある留置場へと連れてこられた。そこでふいに背中を押され、荷物ごとガッチャンと鉄格子の中に閉じ込められてしまったのである。


「これは一体……」

「一応君、公務執行妨害の現行犯だし。俺のことも投げとばしてくれたし」

「あー、そうでしたね」


 森の中で彩兼はチョウタを始め警邏隊とやりあっている。多少なりとも怪我を負わせているのは間違いないのだから、「異世界人なの? なら仕方ないね」とはいかないのだろう。


「埃っぽくてごめんね。ここ使うの2年ぶりだし、掃除とかもしてなかったから」

「どんだけ平和なんだよ」

「それだけが取り柄さ。後で調書も取らせてもらうけど、俺も初めてだからなぁ」


 それもお前がやるのかと、彩兼は内心で呆れる。警邏隊での彼の役割がどんなものかは知らないが、取り調べをするにはチョウタは若すぎる気がしたからだ。


「ベテランの人はいないんですか?」


 彩兼が聞くと、チョウタは窓の外を眺める。


「ご覧の通り、今ここは魔獣討伐の最前線。人手不足で君のことは俺とシラベに丸投げされているんだよ。長官直々の命令だしね」


 おかげでサボれると、彼が小さく呟いたのを彩兼は聞き逃さなかった。


「あ! 本当に檻に入れちゃったんですか!?」


 そこへ、やってきたのは報告に行っていたシラベだ。檻に入れられた彩兼を見て吹き出しそうな顔をしている。


「どうだった?」

「はい。予算下りましたー」

「そうか! よかった、よかった!」


 何やら2人で話が進んでいる。彩兼が訝しげにしていると、チョウタが鉄格子を開ける。


「いやー、アヤカネ君の宿泊費、ウチで出すことになったから。これから宿屋の方に移動だよ」

「……それを早く言ってください」

「仕方ないだろう? 君、放って置くとどこに行くかわからないし、今ここで貸せる部屋も無いからね」


 事もなげにお役所的な事情を話されてがっくりと力が抜ける彩兼。こんなところまで日本によく似ていると嘆息したのだった。

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