第13話『異世界VSパワードスーツ』

「いたぞ! あそこだ!」


 森の奥から男の声が聞こえた。


 やはり"でぃすいずあぺーん”なジャパニーズ駅前英語だ。ファルカが特別なわけではなく、この世界ではこれが普通らしい。


 木々の向こうに具足と矛で武装した人影が走ってくる。


「警邏隊の衛士さんだね。見つかったみたい」

「できればこっそり町に紛れ込んでしまいたかったんだけどな」

「彩兼? どうしようか?」


 彩兼にもファルカにも焦りは無い。


 ここで逃げることは難しくないのだ。だが、ここで逃げてしまうとこの先警戒されてしまって動きづらくなる。


「仕方ない。漂流して流れ着いたことにして保護を求めよう。本来それが筋だしな。……さて」


 彩兼も事を荒立てたくはない。しかし、見知らぬ土地で武装した人間との接触である。用心するに越したことは無い。


 彩兼はバックパックへと腕を回し、思い切りそれを引っ張った。


「クライミングサポートアーム装着!」


 すると彩兼の背負っていたバックパックが分割、変形し彩兼の上半身を包み込むように装着される。


 クライミングサポートアーム。譲治が素人でもロッククライミングができるようにと開発した一種のパワードスーツだ。


 カーキ色の丸っこいボディアーマーは、高さ50メートルからの落下でも装着者を保護する性能を持ち、体力が無い者でも岩場を登れるように組み込まれたパワーアシストユニットを備えている。


 そして両腕には、圧縮空気で撃ち出すことが出来るワイヤー付きのクローアーム。


 それらで構成されたクライミングサポートアームを装着した姿は、首のない水陸両用の機動兵器を思わせる。その人間離れした姿に驚いてファルカが声を上げた。


「ア、アヤカネ!? 何その格好!?」

「備えあれば憂い無しってね。身を守る準備くらいはしておくさ」

「……アヤカネ、変だよそれ。役にたつの?」

「そうか? 俺は気に入ってるんだけど。それに結構使えるんだぜ? ほら!」


 彩兼はファルカの脇に手をやると、その体を高々と持ち上げた。


「きゃっ! ちょっと、何するのアヤカネ!」

「ふふん。どうだ? 逃げられるか?」

「え? ちょっと!? なによこれ全然動かない!?」


 逃れようとするファルカ。だが、クライミングサポートアームを身に着けた彩兼はびくともしない。


「ははは! どうだこのパワー! 耐衝撃性! メロウ族にも負けないぜ?」

「ぶー、道具に頼ってニッポンジンってなんかずるい」

「魔法を使えるやつに言われたくはないよ」


 彩兼はファルカをそっと地面に下ろすと、ごついグローブをはめた手でファルカの頭を撫でる。だが嫌だったようで避けられてしまった。


「悪かったな。でもまあ、こっちも争う気は無いし話せばわかってくれるだろう」

「うーん。なんか嫌な予感がするなぁ……」


 ファルカの予感は当たることになる。


 そんなこんなしている間に森の中から具足を纏い、無骨な矛を手にした男2人組が現れる。

 2人共体格は彩兼より良いが、おそらく歳は同じくらいだ。


(黒髪のアジア系に赤毛の……ドイツ系かな? 他民族国家? いや、他民族多種族国家か。それにしてもあの鎧、はに丸王子かよ! 古墳時代レベルなのか? 海上から見た船や町並みはもう少しマシだと思ったんだけどな……)


 彼らの身につけている具足が大魔神のモデルにもなった国宝、挂甲武人に似ていることから、この世界の文明具合を垣間見て頭が痛くなる彩兼。


(まぁ、服を着ているだけマシか)


 今の彩兼の相棒は下着を穿く習慣すら無い、ぼろ布を纏っただけの人魚姫だ。


 ファルカが聞けばこれでも隠してるだけマシだと憤慨するだろう。人の社会の中で生活しているファルカはこれでもまだTPOを理解している方なのだ。彼女の同族のほとんどは原生生物と変わらない生活をしている。というか、メロウ族との付き合いは、まず彼等にトイレを教えるところから始まる。と言われるくらい酷い。


 衛士達は、彩兼の姿を見て明らかに動揺を見せた。


「な、なんだあいつは!? 魔獣か!?」

「女の子が襲われている!?」

「よし! 助けるぞ!」

「はい先輩!」


 ファルカの『嫌な予感予感』は的中し、彼らは彩兼が人間であることに気がつかなかった。しかもファルカが襲われているものと勘違いしたようで、駆け寄るや否や手にした矛を構えて彩兼めがけて攻撃を仕掛けてくる。


「え!? いや、ちょっとまって!?」


 リーダー格の黒髪の衛士が矛を構えて突進してくる。彩兼は突き出されたその一撃をなんとか避けた。


「ちっ!」


 躱されて舌打ちをする黒髪の衛士だが、相応に訓練を積んでいるようだ。素早く体制を立て直し、二撃目を放ってくる。

 だが、重そうなその矛は対人用として洗練されているとはいえず、取り回しはかなり悪そうだ。


「待てといってるだろ!」


 彩兼はそれを躱して矛の柄の部分を脇に挟むと、パワーアシストによって強化された力でそれをぶん回す。


「うわぁぁぁ!」


 矛を手放してしまった黒髪の衛士は遠心力によって吹っ飛んで茂みの中に消えた。


「先輩!? よくも!」


 もう1人の赤毛の衛士も手にした矛を彩兼に向ける。

 彼らが手にしている矛は重厚で鋒こそ尖っているが、槍や薙刀のように刃は入っていない。一部がノコギリ状になっているというかなり変わった形状だ。


(あの武器、かなり重量がありそうだ。クライミングサポートアームでもまともに食らったら無事じゃ済まないな)


 若い衛士が矛を突き出して来る。彩兼はそれを叩き落とそうとしたが、その前にファルカがそこに割って入り、衛士が持つ矛の柄を掴んで止めた。


「……この力、キミは魔族? もしかしてメロウ族か!? それがどうして?」 


 ファルカに掴まれた矛はピクリとも動かず若い衛士は驚いた様子だったが、すぐにファルカが身体能力に優れたメロウ族であることに気が付いたようだ。


「アヤカネ! 今のうちに」

「すまん、助かる!」


 ファルカは“今のうちにその妙な格好をやめて事情を説明しろ”という旨で言ったつもりだった。


 しかし根っからの冒険者脳を持つ彩兼は、それを“ここはまかせて今のうちに逃げろ”という意味だと判断した。


 ファルカは元々追われる理由が無い。彼等の相手をファルカに任せて彩兼は近くの巨木にクローアームを向ける。


「ワイヤーアクションは冒険者の嗜み!」


 電動エアーコッキングによる射出によってクローアームが木の枝に打ち込まれると、繋がれたワイヤーをウィンチが巻き上げを開始。彩兼は瞬く間に10メートル以上ある木の枝へと移動する。


 ファルカと若い衛士はその様子をぽかんと口を開けて眺めていた。


「それじゃあファルカ! 色々ありがとな! また会おう!」

「え? ちょっとアヤカネ!? そうじゃなくて!」


 ファルカが止める間も無く彩兼は別の木へとクローアームで飛び移り、森の奥へと消えていった。


「キミ、ちょっと話を聞かせてもらえるかな?」


 残されたファルカ。その肩が掴まれる。いつの間にか背後には泥と葉っぱで汚れた男が立っていた。最初に彩兼に吹っ飛ばされた黒髪の衛士である。もうひとりの赤毛の衛士もその傍らに立つ。先程までのように武力を行使してどうこうするという意思はなさそうだが、見逃してもらえるということはないだろう。


「あはは……ニッポンジンはせっかちだねー」


 流石のファルカもこれには引きつった笑みを浮かべるのだった。

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