第4話『ワープ』

 拝啓、親父殿におかれましてはそちらでよろしくやっていますか?

 そこは見果てぬ大地ですか?

 それとも無限に広がる宇宙の海ですか?

 憧れのピカール親子には会えましたか?

 そっちの酒は美味しいですか?

 まさか綺麗なお姉さんに囲まれて鼻の下を伸ばしていないでしょうね?


 母さん悲しませてそんなことしてるならマジで地獄に堕ちやがれ!


 さて、親父殿の夢であったアリスリット号について報告があります。

 親父殿が逝ってしまわれたことで一度は頓挫しかけましたが、青島造船所のみなさん、寿屋博士。それに地元町工場の人達が協力してくれたおかげでこの夏、ようやく竣工となりました。

 それはもう、あの世で地団駄踏んで悔しがる親父殿の姿が目に浮かぶ程に良い出来であると自負しております。

 貴方の倅として生まれた俺、彩兼も齢18を迎え、小型船舶免許を取得致しまして、この度アリスリット号で旅立つことになりました。


 周囲が落ち着くまで気ままに世界を回る予定です。高校を卒業するのに影響の出ない範囲で収まればいいのですが、そこは世界情勢次第です。


 弥弥乃が一緒に連れていけとうるさかったですが、今回は母さんと一緒にお留守番してもらうことになりました。 


 密航を企んでたようで大変でしたよ。


 しかし、俺は今1人でいることを大変残念に思っています。それは自分1人で目にするには惜しすぎるモノが目の前にあるからです。

 出航して間もなく、俺は不思議なモノと遭遇しました。

 UFOです。未確認飛行物体が俺の目の前にいるのです……! 敬具。



***



 出航後、彩兼はアリスリット号の目であるスーパーマイクロ波レーダーを起動させ、周囲を探索した。

 スーパーマイクロ波レーダーは水分子も透過する特殊な電磁パルスを利用し、海中でも高い感度を発揮する他、既存のステルス技術も無効化するという全く新しいレーダーだ。

 実用化されればステルス戦闘機も、潜水艦も意味をなさなくなる。


 早速海中に大型の艦影を発見する。


「これはアメリカのバージニア級かな? お!? たいげいたんも来てる!」


 アリスリット号が完成していることは数週間前から各国で噂になっていたため、既に幾つかの国の潜水艦が鳴海家周辺の海域を探っているとの情報を彩兼は受けていた。


 スーパーマイクロ波レーダーによる観測は海に潜む潜水艦の全長や排水量を正確に割り出せる。艦種を当てることなど造作もない。


 衛星で監視されているため、出航をごまかせるとは思っていない。お互いに気が付かないふりをしながら彩兼は潜水艦から距離を取る。


(スーパーマイクロ波レーダーが完成してるとわかれば撃ってくるかもしれないからな……さて、何処までついて来ることやら……)


 衛星をごまかす手段も、潜水艦を振り切るだけの足もアリスリット号には備わっている。しかし彩兼もこの時点で手の内を見せるつもりは無い。

 煩わしくはあるが、逆に危険な手を平気で打ってくるような国からは護ってくれるだろう。彩兼は潜水艦を映し出したモニターを眺める。


(ん?)


 その時見ていたレーダーから1隻の潜水艦が突然消えた。機器の故障かと思ったが、すぐにまた姿を現す。


(なんだ? 今の……)


 彩兼は直感的に何かがあったと感じてレーダーの出力を上げる。


 魚の動き、潮の流れ、海中の音。ここ暫くの記録を合わせて、検証。そしてあることに気が付いた。


 空白地帯が移動してる!?


 スーパーマイクロ波レーダーでも察知されない何かが海中を移動している。彩兼はそう結論づけた。

 その何者かは恐らく自らを隠すステルスフィールドのようなものを周囲に展開しているのだろう。

だが間抜けにも周囲の移るべきものまで消してしまっていたため、逆に察知されることになった。


(スーパーマイクロ波レーダーでも探知されないステルス技術。何者だ?)


 好奇心に駆られた彩兼は、その空白地帯を追うために舵を切る。潜水艦に見張られていることなど既に頭にない。イオンパルスエンジンを噴射し、海上を滑るように駆けるアリスリット号。


 未知の存在は彩兼の追跡に気づいたのか速度を上げる。海中を200ノット以上。


 10分……20分……彩兼はソレを追跡する。


 約30分後。ついに逃げ切れないと判断したのかソレは姿を現した。


 まるで出来の悪いCGのように波間を乱すことなく、音を立てずに空中へと浮かび上がった謎の物体。


 明らかに人工物であるが、人類がこれまで作り上げてきた建造物とは明らかに異なる。


 表面は黒く、縦、横50メートル程のカットされた宝石のような多面体の周囲に、八角形のリングが土星輪っかのように浮いている。リングの直径は100メートル以上あるだろう。


 それが海面から10メートルくらいの高さで空中に静止している。


 乗り物?


 観測機器?


 兵器?


 何のための機械かすらもわからない。だが人はその呼び名を知っている。UFOだ!!


(携帯は圏外か。無線も反応がない。近隣にいた潜水艦が気づいてくれるといいけど)


 周囲一帯を世界から隔離しているかのように無線も携帯も使えない。テレビやラジオの電波ひとつ拾わないのだ。

 原因がこの未確認物体であることは間違いないだろう。


 操縦室の上にあるハッチから身を乗り出してそれを眺める彩兼。手にはスマホ。アリスリット号の観測機器でも記録しているが、スマホでの記録も欠かせないのが現代っ子性なのだ。


 しばらくすると八角形のリングが回転を始めた。


 オーロラのような淡い光を放ちながら、まるで催眠術でもかけるかのようにゆっくりと多面体を中心に回り、やがて光がアリスリット号のいる周囲を包み込む。


 それは周囲の空間を丸ごと切り離し、違うどこかと入れ替える転移システム。所謂ワープの一種である。しかし、彩兼にそれがわかるはずもない。


 人類未到達の理論と技術のショータイムに魅入られたまま、彩兼の意識はそこで途切れた。

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