本当にあった怖い話9「奇妙な集落」

詩月 七夜

奇妙な集落

 親戚の伯父さんから聞いた話。


 伯父さんは若い頃、旅行好きであちこちへ一人旅をしていたそうだ。

 今ほど交通網が発達していない時代「日本の最北端に立ちたい」という思い付きで、バイクで出掛けたり、金が無い時はヒッチハイクで長距離トラックに乗せてもらったり、様々な経験をしている。

 挙句、海外でもトランク一つで旅してたというから、そのバイタリティは折り紙付きだった。

 そんな伯父さんは、お盆とか正月に親戚が集まった時に、よく私に若い頃の冒険譚を話してくれた。

 で、決まって、


「お前も若いうちに方々を旅して、色々な経験をした方がいいぞ」


 と、一人旅を勧めてくれた。

 伯父さんほどフットワークが軽くはない私は、いつもそれに曖昧な返答をしていた。

 そんな伯父さんから聞いたお土産話の中で、一つだけ不思議な話があった。

 それは伯父さんが中部地方のある場所を旅していた時の話である。


 当時、いつものように一人旅を満喫していた伯父さんは、野宿込みの山越えを試みていた。

 今ほど道も整備されていない中、獣道みたいな山道の強行軍を強いられていた伯父さん。

 早朝から登り始めた山を何とか越え、盆地のような地形にぶち当たった。

 そこで、伯父さんは目を見張った。

 暮れゆく稜線の下、盆地の底に集落の明かりが見える。

 野宿を覚悟していた伯父さんは、持ち前のポジティブシンキングで、何とか一晩の宿を確保しようと、暗い山道を下りて行った。

 何とか日没手前で、山を下り切った伯父さんは、集落の様子をこう語っている。


 当時は昭和40年代。

 当然、電気・ガス・水道のライフラインの整備は進んでおり、車なども普通に道を走っている。

 が、その集落は街灯などはあったが、人通りは全くなかったという(まあ、夕暮れ時だし、そうした時間帯だったのだろう)。

 周囲には水田や畑も見られ、ちゃんと管理されている様子である。

 改めて見ても、規模こそ小さいが、ちゃんと人が住んでいる集落のようだ。

 伯父さんは最初、そこいらの家に突撃して宿を借りようと思ったが、それではいくら何でも警戒されてしまう。

 仕方なく、一通り集落をうろついてみたが、宿屋らしき店は無い。

 それどころか、街灯が光っているくらいで、店の看板などは全く見当たらなかった。

 伯父さんが途方に暮れていると、畑仕事から帰ってきたらしいおじいさんの姿が見えた。


「あの、すみません」


 早速、声を掛けてみた伯父さん。

 そのおじいさんは、伯父さんに気付くと、呆気にとられたような表情になった。

 「驚かせてしまったか」と思いつつ、近付いて行こうとすると、そのおじいさんは回れ右をし、急いで立ち去ってしまった。

 なので、今度は伯父さんの方が呆気にとられてしまったらしい。

 まあ、薄暗い道で見知らぬ男に声を掛けられれば、誰でも驚くだろう…そう気を取り直し、再び宛てもなく集落を歩きまわっていると、伯父さんはある事に気付いた。

 集落には家があちこちにあるが、その半分くらいの家は明かりがついていないのだ。

 最初、雨戸でも締め切っているのかと思ったが、どうも人が住んでいないように見える。

 なのに、荒れた様子もなく、しかも玄関は例外なく開け放たれている。

 縁側や勝手口は、ぴったり閉ざされているのに、無人と思われる家は、必ずと言っていいほど玄関だけが開け放たれているのである。

 この時、伯父さんは初めてこの集落の異常さに気付いた。

 普通、夕暮れ時なら、どの家庭でも夕飯の準備や家族のだんらんの気配などを直接ではなくても感じるはずだ。

 だが、この集落にはそれが全く感じられない。

 明かりがついている家も、人の気配らしいものが感じられず、静寂に包まれている。

 伯父さんはさすがに薄気味悪くなり、いい加減、宿を借りることを諦めようと思っていた。

 そんな時、集落の外れに大きな集会所のような建物を見つけた。

 寄合か何か行われているのか、建物からは光が見えている。

 人の気配も感じられたので、伯父さんは恐る恐る建物に近付いた。

 そこは二階建てで、しっかりとした造りの建物だった。

 集会所に見えたものの、入口には特に看板もなく、何の建物か全く分からない。

 が、大きめの玄関にはたくさんの履物が並んでいたので、中には確実に人がいるようだ。

 普通に入っていこうとした伯父さんだったが、そこでふと思いとどまった。

 特に理由は無かったらしいが、何かの勘が働いたのかも知れない。

 そこで、光が漏れている部屋の窓に、こっそりと近付いて行った。


「…様は、こうして…」

「この国にを…」

「お前達も…ああ、それが運命なのだ…」


 室内からは、途切れ途切れに年配の男の声が聞こえてくる。

 窓はカーテンが下りていて、中の様子は見えないが、隙間から覗くと黒い人の頭部がたくさん見えたという。

 伯父さんは、迷った。

 日はとっくに暮れており、付近は真っ暗だ。

 さらに山越えで、さすがに疲労困憊状態である。

 だが、この集落の異常さを見た後では、安易に建物の中の連中に声を掛けることは気が引けた。

 迷った挙句、伯父さんは宿を諦め、建物を後にしようとした。

 そして、もと来た道を引き返そうとした時だった。


 建物の中が騒がしくなり、中からたくさんの人々が出て来た。

 雰囲気は寄合が終わった感じである。

 老若男女、小さな子供まで、何か話しながら玄関から出て来たのだ。

 30~40人はいるその集団が、ふと伯父さんに気付き、足を止める。


「こ、こんばんは」


 そう挨拶するも、誰も声を発しない。

 驚いたとか、呆気にとられたとかいうレベルではない。

 大人も子供も、建物から漏れる光に照らされながら、その顔は無表情のまま。

 怒鳴るでも怯えるでもなく、ただ何の感情も浮かべず、ただ無言でじぃっと伯父さんを見詰めてくる。

 想像してみて欲しい。

 すべての音が消えたような静寂の中、無言でたたずみ、見詰めてくる集団。

 これほど不気味なものはあるまい。

 実際、その異常極まる状況に、豪胆な伯父さんも、


「あの時は、あいつら全員が人間じゃない『何か別の生き物』のように見えた。あれは、本当に怖かった」


 と身震いしていた。

 一分だか五分だか、時間の感覚が狂う中、不意に、


「お前は何だ!?」


 と、建物の中から出て来た白い服の年配の男が、伯父さんに向かって怒鳴った。

 伯父さんは、答えようとする前に「こんな得体の知れない連中に捕まったら、何をされるか分からない」といった恐怖に突き動かされ、疲労も忘れて脱兎のごとく逃げ出したという。


「待て、この×※★め!」


 と、背後から聞きなれない外国語の単語のような怒声が響く。

 伯父さんは懸命に走り、後ろも見ずに集落を後にした。


 幸い、連中は追って来なかった。

 だから、伯父さんは無事に帰還できた。

 しかし、その時は山に隠れたものの、いつ山狩りが始まるか分からないため、ビクビクしていたという。

 夜中も、集落から松明か何かを持った人々が駆け上がって来るんじゃないかと、心配で一睡もできなかったそうだ。


 後日の話。

 その後、何とか付近のまともな人里に辿り着いた伯父さんは、宿に着くなり倒れ伏し、三日三晩熱を出して寝込んだという。

 宿の人の介護もあり、どうにか持ち直すと、伯父さんはあの奇妙な集落について、宿の人に尋ねてみた。

 しかし。

 誰もが「あそこらにそんな集落があるなんて聞いたこともない」と首をひねっていたらしい。

 諦めきれなかった伯父さんは、持っていた地図なども示し、詳しく説明もしたが、地元の古老すら「分からない」と言っていたらしい。

 伯父さんは、狐につままれた気分になったという。


 それから二、三年が過ぎ、伯父さんはふとあの集落のことを思い出したことがあった。

 そして、無謀にも再び集落のあった土地を目指したらしい。

 今度こそあの集落の正体を暴いてやろうと、カメラやらレコーダーやら準備し、勇んで向かった伯父さん。

 しかし、あの集落があった盆地に辿り着いた伯父さんは、目を剥いた。

 何と、確かに集落があった場所にもかかわらず、そこは何年も人が住まないような密林みたいな森になっていたのだ。

 その時、伯父さんは、再び狐につままれた気分になったという。


 結局、あの奇妙な集落は、全てが謎のまま消えてしまった。

 何の手掛かりもなくなってしまったので、さすがの伯父さんも遂に諦めたという。


「他に、何か手掛かりはないの?」


 と聞いた私に、伯父さんは真面目な顔で答えた。


「実は一つだけある」


 伯父さんが集落の中で見つけた集会所のような建物の中で、年配の男が口にしていた言葉の中で「しぇおる」という単語があった。

 それを記憶していた伯父さんは、色々調べてみたという。


「知り合いに言語に詳しい教授がいてな、聞いてみたんが…『しぇおる』っていうはヘブライ語で『地獄』って意味らしい」


 私は思う。

 伯父さんの言葉が本当ならば、連中は「この国に『地獄』を…」と言っていたのだ。


 伯父さんの語ってくれた集落にいた人間達が何者だったのか。

 一体、何を語り合っていたのか…もはや、調べる手段は無い。

 

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本当にあった怖い話9「奇妙な集落」 詩月 七夜 @Nanaya-Shiduki

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