第5話 落ち人って?

 梨生は馬車を出ると、リュックを背負ったまま猫を抱えた。

 まるでそれだけが自分の味方なのだというかのように。

 目の前には三人の男がいた。


「私は梨生りうです。ここは何処ですか? どうすれば元いたところに帰れますか?」


 そう尋ねた。



「オレはエディン。ここはアル村っていうんだよ。俺たちはここを拠点として冒険者をしているんだよ」

「おれがブラウンだ。お前が落ち人なら教会で保護してもらえるはずだ。そこで帰り方を聞いてみろ」

「俺はゴールだよ。この猫触っていいか?」


 三人が自己紹介をしてくれた。

 子猫を抱きしめながら梨生はいった。


「教会はどういけばいいですか? 猫はまだ怯えているので無理です。慣れたら大丈夫だと思います」


 必死だった。丁寧にはっきりといいなさいって何かが言っているような気がするけど、ここがどこかの村という事と、落ち人って言われた事ぐらいしか、理解できていない。

 とにかく、落ち着きたかった。帰れる方法を知りたかった。そりゃあ、祖父と喧嘩して家出みたいにお社まで飛び出したけど、本当に家出をしたかった訳ではない。少しくらいはゆっくりしたいと思っただけだったのに。



「じゃあ、まず教会に行くか?」

 

 そのエディンの言葉に梨生が頷くと、三人の男はこっちだと言って歩き出した。

 梨生は頷くと、猫を抱え直した。そしてその後ろをキョロキョロしながらついて行った。

 教会は村の真ん中にある建物だった。村の中でもひと際大きく高い建物だった。

 周りにはお店のようなものもあり、村の中心なのは間違いないようだ。

 周囲の建物はどれも木で出来ているようで、キャンプ小屋みたいなぁと思った。

 教会の扉にエディンが手をかけた。

 ぎぎっと音が鳴り、エディンが扉を大きく開けて入って行く。

 梨生はその後ろからキョロキョロ見回しながら、ついて行く。残りの男たちも梨生の後ろから中に入ってきた。

 皆が入って扉を閉めると、一瞬暗くなった後、上の方から光が差してきた。梨生にはどういう仕組みか分からなかったけど、まるで電灯のようだなと思った。そしてスイッチがどこにあるかはわからなかった。



 目をぱちぱちしていると、奥の方から人が出てきた。


「どちら様ですか? おやエディン達ではないですか、珍しい。何の御用でしょう?」


 そう奥からきた黒い服の人に聞かれたエディンは梨生を後ろから押し出していった。


「こいつを草原で拾ったんだけど、自分が知らないうちに知らないとこに来たって」


 黒い服の男の人が言った。


「おや? 君は落ち人ですか?」


 梨生は首をかしげてから答えた。


「すみません。その落ち人って何ですか? 私はどうしてここに来たのですか? 私が落ち人なら、元の世界にどうすれば帰れますか?」


 立て続けに分からないと思っていたことを、梨生は知っていそうな黒い服の人に聞いた。


 立て続けに聞かれた人は、びっくりしたように梨生を見た。

 そして優しくゆっくりした口調で言った。


「何もご存じないのですね。いいでしょう。ご説明いたしますが、その前に自己紹介をさせていただきますね。私はこの教会に勤めるフィクスといいます。ここの教会は私一人で運営しています。ご説明するのに立ち話というのも疲れますよね。お茶でも飲みながら説明させていただきますね。ではこちらにどうぞ」


 自己紹介されたことで、梨生も自分が名乗っていない事に気づいた。


「あ、私の名前は七里梨生ななり りうです。よろしくお願いします」

 

 梨生は歩きかけていたのを立ち止まって、ぺこりと頭を下げて名乗った。


「おや? これはご丁寧にありがとうございます。見てみなさい。このような小さな子でも礼儀正しいのですよ。あなた方も見習いなさい」


 フィクスがそういうと、三人は藪蛇だといって返していた。


 くすくすと笑い声をあげた梨生を見て、ゴールがつぶやいた。


「あ、初めて笑った。可愛いっ」


 そして手を伸ばしてきたゴールを、後ろから羽交い絞めしながらエディンが言った。


「触るな、こいつがびっくりするだろう? な? リュー」


 リューと呼ばれた梨生は、あっお父さんと同じ呼び方だと思った。


「リューではなくリウです」


「リ ュウ? りゅー リュー」

「リューじゃなくてリウだろ?」

「リュー? 違うの? りる? りゅ? もうリューでいいじゃんっ」


 三人の男たちは梨生の名前を発音しようと練習を始める。それを見ていた梨生は何、これ? から始まってそのうち面白いっとなったのだ。梨生はくすくすから始まり最後にはゲラゲラと笑った。それはもう大きな声で。

 涙を流しながら笑う梨生を四人の男たちは、微笑ましそうに見ていた。


 男たちから見て10歳くらいにしか見えない幼い梨生。必死な所や泣くのを我慢したり、年に似合わないくらい礼儀正しくしようとしているその様子は、とても痛々しく見えていたのだ。













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