第3話 誰かいませんか?

 おなかいっぱいにはならなかったけど、お魚を食べて少し落ち着いてきた。

 葉っぱのお皿に、葉っぱのコップ。

 ずっと前、お父さんに教えてもらった。

 おはしも、作ったし。

 葉っぱなら、その場に捨てても土にかえる。

 でも、汚れは落としたよ。

 なんでか分からないけど、お父さんはそうしていたんだ。

 ここにいないけど、思い出すことはたくさんある。



 でも、ここはどこだろう。

 時計で方角を探しても、方角がわかるだけでここが何処かはわからない。


 とりあえず食べ物と水は確保しながら、森を抜けることにした。

 怖くなんかないもん。

 マシュがいるから、大丈夫。



 だいじょうぶだったら、大丈夫なんだもん。




 涙が出そうになったけど、泣いてても体力使うだけだから。泣かないで歩く。

 父さんはそう言っていた。

 分からなかったら、立ち止まって探す。

 探しても無かったら、動け。

 余分な体力は使うんじゃない。



 泣くのはいつだって出来るはず。

 歩こう。

 でも、マシュに話しかけるのはやめられないんだ。なんでだろうな。


「ねえ、マシュ。こっちの道でよかったのかなぁ」


 さっき、二つに別れていた道。

 迷ってたら、マシュが爪を研ぐみたいにかりかり道を引っ掻いてた。

 だから、こっちにしたんだ。


「マシュ、お腹は空いてない? のどは渇いてない? お水がいるなら言ってよ?」


 話しかけながら、ひたすら歩いてる。

 梨生は自分がすでに限界に近い事が分からなくなっていたけれども、歩くのをやめる事はしなかった。

 なぜなら足をとめてしまうと、そこから歩けなくなってしまいそうだったから。


 目が覚めてから、どれくらいたっただろう。

 時計はすでに九時を示していたけれど、まだまだ明るいからきっと壊れてしまったんだ。


 森を抜けると道があったけど、それはどこまでも続いているような気がした。

 両脇は草で覆われていて、その間を両手を伸ばしたよりちょっと大きいぐらいの幅の道が続いていた。


 水が流れる音が聞こえなくなって、だいぶたつ。

 ペットボトルの水は少しずつ、手のひらに出して飲んだ。マシュにも同じようにしている。梨生にはペロペロと舐めてくれる感触だけが、寂しさを埋めてくれるような気がしている。



 はぁ、ここには人はいないんだろうか。

 ううん。道がちゃんと有るんだから、人はいるはず。


 肩に食い込むリュックの重さが、梨生には辛く思えてきた。

 何度も背負い直し、その度に必要なものしか入っていないんだから。そう思って頑張ろうとしていた。


 ふぅ。


 空は青く、雲が白かった。


 風が吹けば涼しく感じた。




 頭の中は、ここはどこなんだろう。そう思っていたとしても。




 腕の中のふわふわで温かい、その存在だけを頼りに、梨生はただ歩いていた。





 あれ?


 突然、匂いがした。

 知らない匂いだ。



 梨生は何を思ったのか、右の草をかき分けしゃがみこんだ。

 小さくしゃがんだ。




 目は しっかり道を通るものを見ていた。



 目の前を、馬に良く似た動物が引いた馬車みたいなものが通り過ぎた。

 馬のような馬でない動物は足がいくつもあった。


 あれ、何?


 梨生は知らないものを見ていた。



「なぁうん。にゃあああああ」


 その時、腕に抱えていたマシュがいきなり大きな声で鳴いた。

 マシュってこんなに大きな声出たんだ。じゃなくて、知らないものに見つかってしまうじゃん。

 慌てて梨生は草の中を走った。



 後ろから何か声が聞こえたが、とりあえず走った。


「〇▽#〇・・!」


 な、何? なんて言ってるの?

 しゃがんでから、その声を聴こうとすると。


「だれかいるのか? だいじょうぶか」


 と、聞こえた!


 ヒト! 人がいる!


「大丈夫じゃないです。ここにいます。道に迷っています」


 そう、返した。




「動かないで、声を出してろ! 迎えに行ってやるっ」


 大人の男の人の声が、帰ってきた。




 はぁ。

 人がいたぁ。


 梨生は泣き出した。もう、泣いてもいいよね。


「にゃあん、にゃあん」


 マシュを抱きしめながら泣いていた。



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