第24話ゲームは終わらない

 満貴は数日経ってから、軽はずみに永光に接触したことを後悔した。

一応、彼の動向をチェックしてくるのだが、何を勘違いしたのか語り掛けてくるのである。

さっさと勢力を拡大し、大きな事件でも起こせばいいのに祈りなどという迷惑なだけのものを送ってくるのである。

とはいえ、あまりに無視しすぎると、狂熱を拗らせてしまいそうだ。


《エイコウ、エイコウ…聞こえていますか?》

「おぉ!神よ、こうして声を聞かせて下さるのは3日ぶり…」


 ごちゃごちゃ煩い。


《エイコウ、あまり頻繁に祈りを捧げる必要はありません。信仰を同じくする子供らとの対話を大事にしなさい》

「しかし神よ、私は聖なる使命を果たさなければなりません。啓示をください、一度啓示を下されば、私は万難を排して、御心を…」


 何が神の御心だ、現代社会からドロップアウトしただけじゃないか。

現代社会に適応できなかったからって、妙な思想を拗らせた矮小な男。自分の小ささ、歪みを自覚していない愚図。

いい感じに動いてくれそうなところ以外に、存在価値など無いのだ。叫び出したい衝動を必死で抑えつつ、満貴は語り掛ける。


《エイコウ、子供らに仕事を割り振りなさい》

「仕事を?」

《そう、貴方の側で事務を行う中務省、教育や人事を仕切る式部省、葬儀や外交を執り行う治部省、軍事を取り仕切る兵部省……といった具合に仕事を振るのです》

「我々は外と連絡を取りません。外交と言われましても…」


 永光は律令制下の八省について知らなかったらしい。

満貴もざっくりとしか知らないし、彼は団体に転用できるように簡単な説明しかしなかった。それもあり、永光にピンときた様子は無い。


《細かい部分はエイコウ、貴方に任せます。信徒の数を把握していますか?》

「はい、昨日で80人を超えました!講話を求める者も数多く、すぐに100人を超えるかと思います!!」


 寝所で虚空に向かい、永光は嬉しそうに語る。

一方、満貴の心は冷え切っていた。文明を否定しながら、人の上に立ちたがる…。


《信者が100人を超えたら、支部を作りなさい》

「支部ですね、どこに造ればいいでしょうか?」

《無論、山の中です。今いる土地を本部として、往来できるように森を切り拓きなさい》

「はい!」


 満貴は対話を一歩的に打ち切った。

多摩の山を開拓し、勝手に街を作る。信教の自由があるとはいえ、警察も黙ってはいないだろう。

なにせこの一団は重婚を奨励している。夫婦の概念は無く、信者同士は自由に関係を持つ。通学・通勤を否定する教義も、世間には受け入れられないだろう。


 数日後、山神の座はワイドショーで取り上げらた。

大学などに出入りし、信者の勧誘を行っていた彼らが、本格的に問題視され出したのはこの時点からだ。

共同生活を送っている人の全てが失踪者となっており、彼らの親族が身柄の返還を求めて集落に押し寄せる。


 ほどなくして、山神の座は解体された。

所詮、100人に満たない小規模団体の長。今まで信者たちをまとめられていた事が奇跡に等しい。

月の出ていない深夜、鼻先すら見通せない闇に沈んだ森の中で永光は背を丸め、助けを求める。今更街に帰る気など起きない。


「神よ、神よ!蒙昧どもにより、可愛い同胞たちを奪い去られてしまいました!慈悲をください、我らを顧みぬ塵屑共に鉄槌を!!」


 うるせぇ…自宅で祈りを聞きながら、満貴は大仰に肩を竦めた。

仕返しでも何でも、独りでやって欲しいが、今なら命令すれば何でもしてくれそうだ。

助けを求めるなら応えよう。だから面白おかしく踊ってくれ。


《エイコウ、杯と杖を持っていますか?》

「は、はい。家財の一切を抑えられようとこれだけは渡しません!」

《あぁ、信頼しています。では杖で地面を打ち、信者たちに呼びかけなさい。全員の血を盃に注ぎ、回し飲みなさい。血は貴方方を結びつけ、勝利を約束するでしょう》


 満貴が先を続けるより早く、永光は杖で地面を打ち信徒の名を呼ぶ。

すると周囲の地面に裂け目が現れたではないか!唇が開くように裂け目が広がり、その中からにゅるりと信徒たちが着の身着のまま顔を出した。

まもなく全ての信者が集結。栄光は喜色を顔いっぱいに浮かべながら、夜空を仰いだ。


「神よ、恵みに感謝します!次は…」

《貴方の欲するところを成しなさい。私は常に貴方の味方です。それとこれから少し忙しくなるので、七日後まで一切連絡はとれなくなる事を先に言っておきます。では》

「!?あぁ、神よ…」


 はぐれた親を探すように、永光は両眼を頭上に凝らす。

すぐに視線を信徒たちに向ける。白金の杯を所有している事により得たカリスマにあてられた彼らは、一様に憑かれた目をしている。


「我々は争いに疲れ、流浪の果てに森に集った。しかし、国家権力とマスコミにより村から追い立てられ、第二の人生すら奪い取られようとしている」


 故に反逆を。

名も無き人々を手繰る人形師――所謂上流階級――達に、聖なる怒りを叩きつけなければならない。

神は私に味方した。


 満貴は口元に笑みを浮かべたまま、空中に浮かべたウィンドウにメッセージを打つ。その内容は概ね以下の通り。

栄光が行動を起こしたのを確認してから細かい部分を修正、プレイヤー達へ一斉に送信するつもりだ。


 山神の座を制圧してください。

最近、巷で話題の集団「山神の座」の教祖、鳶尾栄光の討伐したプレイヤーのバディを強化します!

基礎ステータスの強化、スキルの追加により戦力の大幅アップ間違いなし。奮ってご参加ください。


 状況が動くまでに、満貴は一か月も待たなくてはならなかった。

永光に率いられた信徒達が、都内の学校や区役所、デパートを襲撃。

彼らは警官の放った銃弾をものともせず、通行人らを引き裂いていく。杖の魔力によって強化された結果、バディと打ち合えるほどの戦力を得たのだ。


 山神の座が決起して1時間後、満貴は台場公園の砲台跡にいた。

分厚い雲に覆われた空の下、激しい雨が猛り狂う風に乗って踊っている。

水滴に体中を叩かれながら海に目を向ける彼の視界に、紫色の光柱が天を裂くように伸びていた。

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ムカつくほど退屈なので、ありがちなデスゲーム運営で遊ぶ @omochi555

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