君と居たあの場所で来年の夏を待つ

うんちマン

人が死ぬべき理由

「ねぇ、髙斗君。私ね、死について考えた時にやっぱり死にたくないって思ったの」


 昼が過ぎて、月が存在感を出し始める頃。その光に照らされた辺り一面の田んぼや畑が輝き出す。


 学生にとって、夏休みの時期。そんな時期に東京からやって来たと言う名前も知らない少女と僕は、もう使われていない古民家の縁側で駄弁っていた。そんな時、彼女が不意にそんな事を言い出したのだ。


「うん。それが普通の人だと思うけど」


「でもね、髙斗君。そこに死ななければいけない理由を見出だせた時に私は死にたいの」


 彼女は、その後に「だからね」と付け加えて長い黒髪を左右に揺らし、月を見た。


「私が死ねる理由を見付けるの手伝ってよ」


 彼女は月から僕に視線を移し、クシャリと笑う。


 ……ああ、変わった子だな。


 僕はそう思うだけで彼女の発言に驚くわけでも無い。


 だって、彼女が死ぬ理由を見付けようと見付けた挙げ句死に至ろうとも僕には関係の無い話なんだから。


「何で僕にそんな事頼むの?」


 ただ一つこの疑問だけが残った。


 ぶっちゃけ、彼女と僕は何でも話せるような仲でも無いし、それに、この問題は会ったばかりの僕に相談する様な事でも無い。


 詰まる所、彼女が僕に対してお願いなんてする道理も無いのだ。


 彼女は僕の質問に「ふふ」と上品な笑みを浮かべて僕の手に触れようとした。


 ……だけど、僕の手に触れるなんての彼女に出来るはずも無い。


「君は、何をやってるんだ。人間がの僕に触れられるはず無いじゃないか」


「うん……。そういえばそうだったね」


 そのまま目線を斜め下に向ける彼女は、心なしか悲哀に満ちている様に思える。


「でもね、髙斗君。私はそんな幽霊の貴方だから頼んでるの」


 彼女は悲しそうに笑う。


 まあ、確かに、それもそうだな。こんなこと友達になんて言えないし、むしろ言ったら今後の関わりを拒絶させる可能性もあるだろう。その点、僕は心配無いだろうからな。彼女は知らないかも知れないが、周りの人に幽霊である僕の姿は見えるはず無い。だから逆に見えている彼女が不思議なくらいだ。


「でも、手伝うって具体的には何をどうすれば良いんだよ」


 彼女は体育座りの様に座り直し、両手で鼻と口を覆う様に隠した。その姿はシャーロック・ホームズが考え事する時の姿と丸っきり一緒。


 ……ってことは、言うだけ言って何にも考えて無かったんだな。君は。


「何でも良いからさ、貴方が私が死ぬ為の口実を用意してよ」


 結局丸投げじゃないか。元気良く言う彼女に、僕はわざとらしく大きなため息を吐く。


「じゃあ……そうだな『僕が死んだ理由』を当てるっていうのはどう?当てられ無かったら、君は罰ゲームという名の大義の下に死ぬんだ」


 これを当てる事なんてほぼ不可能だ。つまり、彼女が冗談で死ぬと言っているならここでこの勝負には乗ってこないはず。もし乗ってきたら彼女はただの死にたがりかサイコパスだろう。


「うん、良いよ。その勝負乗った」


 彼女は元気良く即答した。なんだ、ただの死にたがりじゃないか。


「じゃあ、早速答えてよ」


「その前に聞きたい事があるの。だから、それに答えてからが良いな」


 どうやら彼女は死にたがりなのに、このゲームで負けたく無いらしい。やっている事と言っている事が完全に矛盾してる。


 けどまぁ、それくらい良いか。僕と何の関わりもない赤の他人の彼女に答えられるはず無いんだから。


「うん。良いよ」


 「じゃあ」彼女はそう言って質問を始めた。


「貴方が死んだ理由に、誰か女の人が関係してる?」


「……うん」



 確かに僕の死にはある女の人――詰まり、僕が付き合っていた人が関係している。


 その女性は『千鶴』と言って、僕のことを唯一名字の『結城』で呼ぶ変な奴だったけど、僕には勿体無い位に秀麗で、何より時折見せるクシャリと笑った顔がとても可愛らしい人だった。


 そういえばその笑顔が大好きで告白したんだっけ。……って、今さらそんな話を思い出しても意味無いよな。


 だってもう、



 ……千鶴は亡くなったんだから。



 殺人とか病気とかそんな大層なものじゃない。ただの事故。何処にでもあるような交通事故。


 そんなただの交通事故が僕にとっては計り知れない程大きなものだった。千鶴が死んだ事で生まれた僕の心の穴はもう埋まりそうに無い。


 だから僕は千鶴の死後、それを追うようにして死んだのだ。




「じゃあ、髙斗君はその人の為に死んだのかな?」


「違う!」


 違う。僕は千鶴の為に死んだんじゃない。あれは千鶴が居なくなった世界に絶望した僕が勝手死んだんだ。


 何でだよ……! 僕は何でこんなゲームを。


 こんなことしても千鶴は帰ってなんか来ないのに……。


「次の質問……いいかな?」


「……ああ」


「最後の質問するね。髙斗君は、その人が……好きですか?」


「そんなのっ!!」


 クソ! そんなの……


「大好きに、決まってるじゃないかっ!!」


「……」


「でも……もう、千鶴は……帰って来ないんだよ。もう、あのクシャリと笑った顔も……見れないんだ」



「ごめんね、ごめんね……。結城君」


 そんな時、彼女は唐突に僕のを言った。


 ……え? 僕の名字。なんで。大体、僕を名字で呼ぶ人なんて……一人しか居ない筈なのに。


「君は……もしかして」


「そうだよ、結城君。私、生まれ変わったみたいなの。……ごめんね、ごめんね。私だけ、こんな。私が死んだから貴方は死んだのに……」


 そう、涙ながらに謝り続ける千鶴を僕はぎゅっと抱き締める。


 例え千鶴に触れられなくても、強く強く抱き締める。


「なんで君は死ぬ理由なんか探すんだよ」


「私は……私は死ぬのが怖いの。でも、貴方を殺してしまった私が一人のうのうと生きていく事なんて出来ない。……でも、それを理由にして死んだら貴方を傷付けちゃう。だから私は、他に死ねる理由を探してた」


 ……君は死にたがりなんかじゃなくて、僕が死んだ罪悪感から死ぬ理由を探してたのかよ。


「本当は怖いくせに、死ぬ理由なんて探すなよ。……ばかやろう」


「ごめんね、ごめんね!」


 「ごめんね」は、僕の方じゃないか。僕が命の粗末にしたから、君にこんな思いをさせて……。


「『ごめんね』なんて言うなよ。僕は泣いている時の君より、笑った時の君の方が好きなんだから」


「うん……うんっ!」


 千鶴は涙を流しながらもクシャリと笑う。


 ……ああ、また見れた。やっと見れた。


「君が死ぬ必要なんて無い。僕も行く、すぐ行くから。また会おうよ。来年の夏、またここで」


 君は、生きる時も死ぬ時も、いつも先にいる。だから今度は僕が君より先にいよう。



 来年の夏、僕はここで君を待つ。



                   おわり。




 


 

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