生命

石川 咲良

第1話

大きくなった燕が飛び立ったのだ。



じいちゃんの入院が決まった日、燕の頭はまだ黒く、小さく黄色い嘴を閉じたり開いたりしていた。


永遠とサウナに閉じ込められているような、暑い日が続く。

日が沈みかけた頃。

じいちゃんはお腹が痛いと言った。

高齢のじいちゃんは、去年も熱中症で入院したから、そうかもしれない、と思っていた。

丁度休みだった母が、かかりつけの休日当番医に行こうと言った。


長い夜だった。私と姉と弟で晩ご飯を食べ、お風呂に入り、洗濯物を畳んで布団をしいた。


お父さんもお母さんはまだ帰らない。携帯画面に映し出されたデジタル時計は、2:00を示していた。


少しした後、エンジン音と玄関を開ける音が聞こえた。階段を上る足音。

私は眠ったフリをした。


翌朝、じいちゃんの入院が聞かされた。何となく気付いていた。


燕は暑さを堪えるよう、ただの置物のように、静かに住処にいた。


じいちゃんの退院が決まった日、燕は飛ぶ練習をした。

最初に殻を破った燕の子が、パタパタと腕を動かす。彼等は落ちないのだ。自分の力で生きる。


今日、じいちゃんが家に帰ってきた。2週間近い入院は、何度も私達を不安にさせたが、お見舞いに行くとじいちゃんはいつも笑っていた。どこも病気ではないように。


燕は、巣から胸まではみ出るくらいに成長していたのだ。


「じいちゃんおかえり。」


次の日の朝、燕は一斉に飛び立ったのだ。

2日かけて練習をして、兄弟全員が飛び立つ。


本当は、もう少し早く飛び立てたのかもしれない。

燕たちは、じいちゃんの事を待っていてくれたのだ。

巣を作りやすいように、台を作ってくれたのはじいちゃんだと、燕たちは知っていた。

我が家の異変も知っていた。

だから、彼等はちゃんとお礼をしてから、飛ぼうとしたのだと思う。


おかえり、じいちゃん。ありがとう。

行ってきます。

来年も、ここの家に帰ってくるからさ。

また、お世話になります。

だからじいちゃん、戻ってくるまで元気でいてな。

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