夢の続き

@otaku

第1話

 ある日の昼休みに屋上で弁当を食べている最中、タロウが真面目腐った面持ちでおかしな話をし始めた。

「俺今日さ、変な夢を見たんだ」

「ふーん、どんな夢?」

「シラトリさんになる夢」

「お前それは流石に気持ち悪いって」

 シラトリさんは我らが2年A組のマドンナ的存在の女の子であった。

「まあ最後まで聞いてくれよ」

「どうぞ」

「とても長い夢なんだよ。朝目が覚めるところから始まって、……夢の中で目が覚めるってのは本当に妙だけれど、夢の中だから勿論そんなことは考えない。俺は不思議と何の疑いもなく彼女として朝の支度をさくさくと済ませて、学校に行って友人たちとしょうもないガールズトークに花を咲かせて、放課後は吹奏楽部の練習に精を出して、そして夜十九時にバスケ部のタカハシ先輩と一緒に帰途につく。全然そういう趣味なんてないのに、俺、夢の中で先輩に頭を撫でられてドギマギしちゃっててさ。まあ別にそれはいいんだ。そうして家に帰ってまた諸々の支度をして眠りに就いた瞬間、俺は現実で目が覚めたワケだけど、驚いちゃったよ。今日の授業で先生が話すこと、俺が夢で見たのと一言一句違わないんだぜ。どうやらヤバい能力を手に入れちゃったみたいなんだ」

「シラトリさん、彼氏いたのか。ショックだな」と、そう言いながら俺は横にいるタロウと目を合わせようとはせず漫然と正面を向いている。どこまでも続く青い空やら白い雲の下、グラウンドの方から微かに聞こえる喧騒に耳を傾けつつ、ふとデザートのさくらんぼの存在を思い出すとそれを一房つまんで口に放り込み、種を吐き出す。

「お前俺の話信じてないだろ」

 漸くそのことに気がついたタロウの手が俺の弁当箱の方へと伸びてきたため冷静に振り払って俺は言う。

「信じられるか、アホ」

「何だい、一年の頃からの仲だと言うのに」

「関係ないね」

 タロウはワザとらしく溜息をついた後で、物分かりの悪いタナカくんに、仕方がないから決定的な証拠を示すことにしようなどと言って意味もなく立ち上がってフェンスに寄りかかる。ガシャンと大きな音がなって、俺たちの近くで羽を休めていた数羽のスズメたちが散り散りに飛び立つ。

「次の数ⅠAの時間、マエダが居眠りをしてマルオ先生に引っ叩かれるよ」

「あの温厚なマルオ先生に?」

「ああ、そうだ」

「もし引っ叩かれなかったら?」

「マックシェイク奢ってやる。その代わり当たったら奢ってくれな」

 見上げるとタロウの顔は丁度俺と太陽を結ぶ直線上にあったため、純日本風の平べったい造形だけれど影が差して不思議な凄みが備わっている。多分いつものようにただニヤニヤと笑っているだけなのにそのせいで少し不気味であった。

 そして、単なるまぐれ当たりかもしれないけれどタロウの予言は見事に的中した。マエダは生粋のサッカー馬鹿だ。うちのサッカー部はそこそこの強豪であるため平日は雨さえ降らなければ毎日朝と放課後にキツい練習があるはずなのだけど、にも関わらず、彼とその友人たちは45分ある昼休みの最初の5分で急いで弁当を胃に詰め込むや否やサッカーボールを抱えてグラウンドへと駆け出して行くのである。今日は特にエキサイトしたらしくて、5限開始のチャイムと同時に先生が教室に入ってきた瞬間からもう既に机に突っ伏してしまっていた。前から二列目だから非常に良く目立つ。でも温厚なマルオ先生はそれくらいでは怒らない。先生の堪忍袋の尾が切れたのは授業開始から二十分ほどが経過した頃であった。そのときマエダは怒られて然るべき状態にあった。別に授業を聞いていようがいまいが、あくまでそれは個人の問題だけれど、人の邪魔をするのは明確な悪である。マエダのいびきは悪魔的にうるさくて、多分下手をしたら隣の教室にまで聞こえていた可能性すらあった。クスクスと女子たちの笑う声がして、後ろの席のマツモトがシャーペンの先で背中を突いても起きる気配が微塵もない。黒板に何やらいかつい定理の証明を書いている途中であった先生が、流石に無視することが出来ずに「おいマエダ、起きろ!」と注意すると、グゴッと言う間抜けな音が返ってきて爆笑の渦に包まれる。しかし、それが先生のプライドをいたく傷付けてしまったようで、彼は無言でバンッと教卓を両の手で叩いた。すぐに教室内の笑い声は静まり、しかしいびきのみが無情に響き渡る。固唾を飲んで皆が見守る中、ツカツカと音を立てながら先生はマエダの横までゆっくりと歩み寄って、刹那、思いっきり頭を叩いた。漸く目覚めたマエダの襟首を容赦なく掴むとそのまま二人は廊下へと消えて行き、いびきの何倍もうるさい怒号が壁一枚隔てた向こう側から聞こえてくるさ中、後ろを振り返ると凛とした表情で教科書を眺めているシラトリさんの後ろの後ろの席で丁度タロウが小さくピースを作っているところであった。

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