第22話 傷付いた笑顔と告白と

  どれぐらいの時間が経ったんだろう。

 一緒に待っていた美咲は、塾があるからと言って少し前に帰ってしまった。

 私も帰ろうと思えば帰れたはずなのに……二人のことが気になって、どうしてもその場を動けずにいた。


「私って、最悪……」


 思わず、独り言が口から零れ落ちる。

 慌てて周りを見るけれど、廊下には私以外誰もいなかった。


「はぁ……」


 小さくため息をつくと、私は廊下にしゃがみ込んだ。

 本音を言うと、貴臣君が告白を断ってくれればいいと思う……。

 貴臣君に彼女ができるなんて、考えたくない。

 だって、私はまだ貴臣君に、想いを伝えてすらいないんだから……。


 でも、ゆきちゃんに幸せになってほしいとだって思ってる。

 ゆきちゃんが泣いて悲しむところなんて見たくない。

 見たくないのに……。

 どうしてその二つが成り立つことができないのか……。

 どうしてまた友達と、同じ人を好きになんてなってしまったのか……。


 考えても考えても……答えは出なかった。


「あ……」


 そんなことを考えながら廊下の方をボーっと見ていた私の目に、ゆきちゃんの姿が見えた。

 でも……。


「ゆきちゃん……」

「美優……」


 ゆきちゃんは、両方の目に涙をいっぱいためて、必死に泣くのを我慢していた。

 そんなゆきちゃんの手を握りしめると……ゆきちゃんは泣きそうな顔で言った。


「あの、ね……桜井君、に……フラれちゃった」

「ゆきちゃん……」


 言葉とは裏腹に……ホッとしている私がいる事に気付いて、自己嫌悪で腹が立つ。

 でも、そんな私に気付いたのは私だけじゃなくて……。


「っ……離して!」

「え……?」


 ゆきちゃんは私の手を振り払うと――笑うように泣いていた。


「安心した?」

「え……?」

「それとも、ざまあみろって思った?」

「そ、そんなこと思ってないよ……! ゆきちゃん、どうしたの……?」


 私の言葉なんか聞こえなかったように、ゆきちゃんは自嘲するかのように、言った。


「ね、美優って桜井君と付き合ってるの?」

「付き合って、は……ないよ」

「本当に?」

「本当だよ! ……でも、どうしてそんなこと聞くの?」


 思わず尋ねた私から、ゆきちゃんは目を逸らした。

 そして――。


「――桜井君から、好きな人がいるから付き合えないって言われた」

「っ……」

「誰のことかは教えてくれなかったけど……美優のことでしょ?」

「それ、は……」


 思わず、言葉に詰まってしまう。

 違うと言えばいいと分かっていたのに、言えなかった。

 そんな私の腕をゆきちゃんは、痛いぐらいに掴んだ。


「滑稽だよね! 恋を応援してくれていると思っていた友人が、好きな人とこそこそ付き合ってただなんて!」

「っ……だから、付き合っては……」

「まだとぼけるの!?」


 そう言うと……ゆきちゃんは私のポケットから、何かを取り出した。


「それ、は……」

「可愛いキーホルダーだね。これ、どうしたの?」

「っ……」

「ちなみに、これと色違いのキーホルダーを付けている人、私知ってるんだ。……美優も、知ってるんじゃない?」


 何も、言えない……。

 思わず黙り込むと、ゆきちゃんはキーホルダーを私に投げつけた。


「痛っ……」

「バカにしないでよ! 」

「ゆき、ちゃん……」


 なんて言えば、いいんだろう。

 なんて言うのが、正解なんだろう。

 こんなふうになりたくなかった。

 ただ私も、ゆきちゃんも、貴臣君のことが好きだった、それだけなのに……。


「ごめん……」

「何で謝るの!?」

「貴臣君のこと、言えなくて……ごめん」

「っ……」


 私の腕を掴むゆきちゃんの手に、力が入る。

 ゆきちゃんは、泣いていた。

 フラれても泣かなかったゆきちゃんが、私の前で、泣いていた。

 必死に堪えていたはずの涙が、次から次に瞳から溢れ……頬を伝い、廊下に一つまた一つと水たまりを作っていく。


「ゆきちゃん……」

「触らないで!」


 その涙を拭おうとした私の手を、ゆきちゃんは払いのける。そして――両手で涙を擦ると、涙混じりの声で言った。


「美優は、ズルいよ」

「え……?」

「いつも、そう。肝心なことはいつだって隠しちゃう。ね、そんなに私たちは信用できない?」

「そんなことない!」

「じゃあ、なんで!」

「それは……」


 隠そうと思ったわけじゃない。ただ……。


「ただ、たもっちゃんのことを応援してくれてた二人に、なんて言っていいかわからなくて……」

「バカじゃないの!」

「え……」

「そんなのね、見てたらわかるんだから! いつ言ってくれるのかなってずっと思ってたんだから!」

「ゆきちゃん……」


 それからゆきちゃんは、私もごめんと小さく呟いた。


「本当はね……相談したとき、私知ってたの」

「知ってたって……?」

「――美優が、桜井君のことを好きだって知っていたの」

「なん、で……」


 なら、なんで……あんなことを言ったの……?

 私の疑問に気付いたのか、ゆきちゃんは笑った。


「……私はね、美優や美咲が言ってくれるほどいい子じゃないの」

「ゆきちゃん……?」

「ああ言えば……美優が諦めてくれるんじゃないかと思った。気持ちに蓋をして、それで私に協力してくれるんじゃないかと思ったの!」

「そん、な……」


 拭いとったはずのゆきちゃんの目から、再び大粒の涙が零れ落ちた。


「ごめんね、ゆきちゃん……」

「謝らないでよ!」

「ゆきちゃん……」


 こんなふうに怒られて初めて……私は自分がしてしまったことの重大さに気付いた。

 ゆきちゃんの言葉がショックじゃなかったと言えば嘘になる。

 でも……あんな言葉を言わせてしまったのは、私自身だ。


「本当に、ごめん……。私……」

「謝らないでってば!」

「でも……」

「謝るぐらいなら……」

「え?」


 言葉に詰まりながら……でも、私の目を見てゆきちゃんは言った。


「謝るぐらいなら、ちゃんと桜井君に、好きだって言ってよ!」

「っ……」

「私の好きな人のこと、傷付けたままなんて、許さないんだから!」


 涙に濡れた瞳で、ゆきちゃんは私のことを真っ直ぐに見つめていた。

 そして――動けずにいる私を残して、ゆきちゃんは帰って行った。

 一人残された私は……ただただゆきちゃんに言われたことを考え続けていた。



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