第6章 もしかして両思い?

第11話 もしかして両思い?

 ガヤガヤとした教室の中で、その声はやけに響いて聞こえた。


「ねえ、先生って彼女いるの?」


 季節は秋に変わり、文化祭が今週末にせまっていた。

 午前中の授業が終わると、教室は文化祭の準備のために解放されていた。

 そんな中、黒板のあたりで小物を作っていたグループの一人がたもっちゃんに尋ねたのだ。


「っ……!!」

「美優、手止まってるよ」

「だって! 向こうで……!」

「私だって気になるけど! でも、今はこっち!」


 美咲に怒られて、しぶしぶ作業に戻る。でも、どうしても向こうの会話が気になっておざなりになってしまう。


「もー、ゆきちゃんからも何か言ってやってよ!」

「…………」

「ゆきちゃん?」

「あ、え……ごめん、なんだっけ?」

「大丈夫? 最近よくボーっとしてるけど」

「う、うん……大丈夫……」


 慌てたようにゆきちゃんは筆を手に取ると、作業を再開する。


「ゆきちゃん、筆反対だよ?」

「え? あっあああー!!」


 毛先を握りしめてしまったゆきちゃんは、真っ赤になった手を見て……はぁとため息をついた。


「これ、洗ってくるね」

「いってらっしゃい」


 トボトボと教室を出て行く後姿を見送りながら、美咲と顔を見合わせた。


「ゆきちゃんどうしたのかな?」

「最近変だよね」

「うん……なんか、悩みごとかな」

「――恋、だったりして」

「え……?」

「なんてね」


 冗談だよ、と美咲は笑う。


「ゆきちゃんに限ってそれはないでしょー。まあ、何かあったら言ってくれるよ」

「そうだね、話してくれるのを待つしかないかー」


 私たち三人でいると、一番大人しそうに見えるゆきちゃんだけど、実はそんなゆきちゃんが一番芯が強い。

 こうだって決めたら貫き通すし、ああ見えて意外としっかりしている。

 普段はどちらかというと可愛らしくて大人しく笑っているから、そんなゆきちゃんを初めて見た人はたいていビックリする。

 そして……そんなギャップがいいと、一部の男子から人気なのだと、前に美咲が教えてくれた。


「まあ、ゆきちゃんは何かあったら相談に乗るとして……あれ、だよね」

「うん、あれだよね」


 なんだかんだ言いつつも、美咲も気になっていたようで――私たちは二人して向こうのグループの話に耳をすませた。


「だーかーらー、先生は彼女いるのって聞いてるんじゃんー」

「そうそう、それぐらい教えてよー」

「な、なんなんだよお前ら。さっきからしつこいぞ」

「だって、先生が教えてくれないからー」

「俺のせいか!?」


 どうやら教えてもらえていないようで、女子たちが食い下がっているのがわかった。

 たもっちゃんの好きな人……考えたこともなかった。そんな人、いるのかな……。


「聞いたことあるの?」

「え?」

「先生の彼女について」

「な、ないよ! そんな話全然しないもん」

「なーんだ」


 聞き耳を立てながらも、私たちは作業を進める。でも、どうしてもたもっちゃんの彼女が気になってしまう。

 昔は何度か女の子と歩いている姿を見たことはあるけれど……最近はどうなんだろう。


「なんでそんなに気になるんだよ」

「えーこの前武田先生と保健の先生が結婚したじゃないですかー」

「あー……」

「だから、先生はどうなのかなって思って」

「それでか」


 しょうがないなーとたもっちゃんは困ったように言う。そして……。


「彼女はいません。これでいい?」

「へーいないんだ!」


 たもっちゃんの言葉に、ホッとする。隣を見ると、美咲も安心したのかヘラッと笑っているのが見えた。


「でもさ」


 それで終わるのかと思いきや、女子たちの追及は続いていた。


「彼女は、ってことは……好きな人はいるけど付き合ってないってこと?」

「は?」

「だって、好きな人はいません、じゃなくて彼女はいませんなんでしょ? じゃあ、彼女にしたい人はいるってことじゃないの?」

「……お前ら、その洞察力をテストで発揮してくれないか?」

「あはは、無理―。で、どうなのー?」

「突っ込むねー……」

「気になることは徹底的に調べろって教えてくれたのは、先生だからねー」


 どこまでも食い下がる女子たちの言葉に、たもっちゃんがため息をつくのが見えた。


「はぁ……。しょうがないな、お前らは」

「へへへ、で? いるの?」

「いるよ! います! ……好きな人っていうか、気になっている子がね。これでいい? もう終わりに……」

「きゃー!! やっぱりいたんだー!」

「どんな子? どこの人?」

「どうやって知り合ったの?」


 矢継ぎ早に質問が投げかけられる。でも、わかる。私だって今すぐあそこに混ざって、たもっちゃんに聞いてみたいもん。

 たもっちゃんが好きなのって、誰……? って。

 でも、そんなことできないから……聞き洩らさないように、必死に会話に耳を傾ける。


「いつからその子のこと好きなの?」

「……いつからかな。ずっとそんな対象じゃないって思ってたのに、気付いたらその子のことばかり考えてたんだよね」

「っ……」


 たもっちゃん、あんな顔するんだ……。

 ずっと一緒にいたと思っていたけれど……あんな顔、初めて見た……。


「ひゃー! 先生語るねー!」

「って、お前らが言わせたんだろ!」

「だってー!」


 ケラケラと笑いながらも、女子たちは調子に乗って質問を続けていく。

 でも、私は気が気じゃなかった。

 たもっちゃんの好きな子……いったい誰なんだろう……。

 私の知っている人……? それとも、知らない人……?

 誰かわからないのに、わからないからこそモヤモヤしちゃう……。


「えーでもさ」


 そんな時だった。その質問が聞こえてきたのは。


「ずっとそんな対象じゃないって思ってたってことは、その人とはずっと一緒にいたってこと? たとえば、幼馴染とか」


 幼馴染……?

 その言葉に、手が止まる。

 振り返りたいけど、振り返れない。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか……たもっちゃんは


「内緒」


 と、だけ言うとそこで話を終わらせた。


「ああー! やっぱり好きな人いたんだー! 失恋だー!」


 隣で美咲はショックを受けているけれど、私はそれどころじゃなかった。

 幼馴染……。

 否定、しなかったよね……? 違うって、言わなかったよね……?

 都合のいい考えが、頭の中をぐるぐるとまわる。

 ずっとそんな対象じゃないと思ってたって言ってた。それは、つまり最近気付いたってことじゃないの……?

 もしかして、もしかして……たもっちゃん……。


「ね、美咲どうしたの?」

「あ、ゆきちゃん。おかえり」

「ただいま。何かあったの? なんかクラス中が変なテンションだけど……」

「えっと……」


 なんて伝えたらいいんだろう……や、ありのままを伝えたらいいのは分かってるんだけれども……。


「そういえば、さっき先生が美優のこと見てたよ」

「え……? さっきって……?」

「ちょうど私が教室に帰ってきたとき。先生が何か言って話が終わったと思ったら、美優のことジッと見てたから、何かあったのかなって思って」


 それは、つまり……幼馴染? と質問された後に、私のことを見ていたってこと……?

 ってことは、やっぱり……幼馴染って、私のこと……?

「っ……! わ、私! ちょっとペンキの補充に行ってくる!」

「え、美優?」

「す、すぐ戻るから!」


 一回頭を冷やそう。それで、もう一度冷静になってさっきのことを考えよう。

 そう思って私はペンキの缶を持ち上げると……動揺していたのか、手を滑らせてしまった。


「きゃっ……」

「危ない……!」


 空っぽだと思って持ち上げた缶は、まだ中身の残っていたものだったようで……それを私は自分の足の上に落としてしまった。


「いった……!!!」

「美優大丈夫!?」

「……大丈夫か!?」

「え……?」


 聞き覚えのある声に顔を上げると、心配そうな表情をしたたもっちゃんが、そこにはいた。


「大丈夫か!?」

「う、うん……いたっ……」

「歩けるか?」

「無理かも……」


 ジンジンと痛む足を軸に立ち上がろうとすると、痛みで上手く立てない。


「仕方がないな……」


 はそう言ったかと思うと……次の瞬間、私の身体はたもっちゃんの腕の中にあった。


「え、えええ!?」

「新庄のこと保健室連れて行くから、ちゃんとしとけよー。すぐ戻ってくるから、あまりうるさくして他のクラスに怒られるなよ」

「はーい」


 私の身体を抱き上げると、たもっちゃんは保健室へと向かって歩き出す。


「だ、大丈夫だよ……下ろして……」

「何言ってんだ、立てないくせに。ちゃんと掴まっとけよ」

「でも……」

「いいから」


 こんなふうに、たもっちゃんに抱き上げられるのは初めてで……心臓がうるさいぐらいに音を立てている。


「っ……」

「ふっ……」

「え……?」

「すっげードキドキしてんのな」


 私の心臓の音が聞こえたのか、たもっちゃんは笑う。


「心配しなくても落とさないから、安心しなさい」


 そんな理由でドキドキしてる訳じゃない、そう言いたいのに言えないもどかしさを抱えたまま、私はたもっちゃんの袖をぎゅっと握りしめた。

 いつもは長く感じる廊下も今日は一瞬で通り過ぎてしまう。

 保健室までの道のりがもっと遠ければいいのに……。


「どうした? 痛むのか?」

「ううん……なんでもない」


 そんな私の願いもむなしく、あっさりと保健室に着いてしまった。


「失礼します」

「あら、藤原先生。どうしたんですか?」

「うちのクラスの子が――」


 保健の先生に説明をして引き継ぐと、じゃあなと言ってたもっちゃんは保健室から出て行ってしまった。

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