6th NUMBER『ヒトツニナリタイ……』


 連日の雨空が嘘のように、遠く高くまで澄み切った夜空だった。天の川のもとを並んで歩いた。言葉は無くともわかっている。彼女も、僕も。



 これから向かうは秘密の情事。


 僕は今夜、罪に手を染める。



 帰らなくていいのかと声をかけた僕は馬鹿だと思う。夢なんかじゃなかった、確かに覚えている甘い口付け。もう戻れないところまで来てしまったというのに、今更何を足掻いているのか。



 マンションへ着き、僕の部屋の扉を閉ざしたところでいよいよ本格的にたがが外れた。



「ナツメ……!」


「冬樹さ……っ、ん……っ……」



 だから僕は本当に馬鹿だ。明かりも灯さず玄関先で事を始めようとする愚かさよ。それを受け入れる君の危うさよ。ああ、こんな理性の欠片かけらさえ無いこと。いくら天の恋人が落ち合う七夕の夜だって誰も許してはくれまい。



「冬樹さん……せんせ……っ」



 彼女が時々こんな呼び方をするものだから背徳感は一層増していく。わざとやっているのかとさえ思ってしまう彼女の妖艶かつ無防備な振る舞いに僕は何度も意地悪を囁いた。


「悪い子だね……本当に、悪い子」


 それなのに、罵れば罵るほど麗しく開花していくとはどういうことだい?



 普段のクールな振る舞いとは打って変わり、彼女は凄く情熱的だった。紅潮した肌に触れるだけで溶けてしまいそう。僕を焦がし、乱れさせていく灼熱の君。途切れ途切れな息遣いで僕の名を呼び、一生懸命こちらへ手を伸ばし、涙を流しながら悦びを訴える健気な君。



 愛してる

 愛してる



――夏南汰……!――



「ああ、ナツメ。もう離さない……“二度と”……!」



 僕は甘美なる熱に浮かされるあまり、自分が何を言ったのかさえおぼろげだ。




 相手はまだ男を知らないうら若き女性だと言うのに、一晩の間に、二回も。


 その途中で僕は、シーツで身体を覆った天女のような彼女に、ずっと大切にしてきたあの花の栞を渡した。



「私を……忘れないで」


「それと真実の愛。僕はこっちの方が好きでね」



「私たち、真実の愛になれるでしょうか」



 星の明かりを浴びて青みを帯びた美しい彼女に、儚げな勿忘草はあまりに似合っていた。見つめる僕の目には涙が滲んだ。



――運命の恋……してみたいなぁ――



 淡い夢をいだいていたあの日の僕へと語りかけた。




 出逢えたよ。やっと、出逢えた。だけど望んでいた形とはあまりに遠いね。

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