10th NUMBER『イカナイデ』


 ある春の日に舞い降りた

 悪戯いたずらな花の妖精がひらりひらりとこの胸に



 ある夏の日に君がくれた

 ちりんと鳴る涼しげな音色 君と僕との絆の証



 ある秋の日に君が泣いた

 寂しさに震える君を無我夢中で抱き締めた



 ある冬の日に君と離れた

 春よりも一足早くに未来への一歩を踏み出した



 そして巡ってきた五年後の春に

 僕は再び酔わされた


 愛が憎しみへ変わる頃

 君を深く傷付けた



 変わらずにいられたら良かったのに……



 悔やむ頃にはもう遅くて



 君を失うことばかりを恐れた

 結局は自分のことばかり考えていた



 そのせいで君を失った


 こうなるくらいなら嫌われた方がよほどいいって

 何故もっと早く気付けなかったの



 あまりにも遅すぎるよ だって




 もう話せない


 もう守れない


 もう……触れられない




 憎しみさえ尊かったなんて今更何を抜かす




 “アキセイッコウ タイセイヨウニテ ショウソクタツ”


 ある日届いた一通の電報。


「夏南汰を連れて帰ってきた。勝手な弟ですまねぇが、迎えてくれるか? あんな大きな海の底で見つかっただけでも……奇跡なんじゃよ」


 後日横浜の秋瀬邸を訪れた夏南汰のお兄さん。彼の腕に抱えられた骨壷を見るなり僕は息が吸えなくなった。



 ひっ……


 ……あ、あ。




「春日様、お気を、確かに……!」




 あ……あぁ………



「夏南汰……夏南汰ぁ……! うあ、あ、あぁーーーーッッ!!」




 あの日僕が見送った船は海難事故に巻き込まれ、海底から指の骨だけが発見された。


 僕が渡した勿忘草の花を夏南汰は押し花の栞にして持っていた。栞に付いていた紐が骨に巻き付いていたから夏南汰のものだろうと判断されたらしい。


 船に残ったのは夏南汰と柏原さんだけ。二人とも沈んでいったのは間違いないと生存者は語っているそうだ。



 あまりにも早すぎる。



 僕の最愛の人、秋瀬夏南汰は享年わずか二十四歳だった。

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