あの頃の2人

ゆるえん

ひまわり

8月初旬。

夏休みということもあってか仙台駅は朝からたくさんの人が行き交っている。待ち合わせ場所のステンドグラス前に腰掛けスマートフォンに目を落とす。10:16と表示された画面。ちょうど新幹線がついた頃だ。目線を前に戻し階段を見つめる。大きな荷物を持った人たちがぞろぞろと降りてくる。みんな帰省だろうか。そんなことを思いながら見知った顔を探していると視界の端で不意に何かが動いた。いや、人がたくさんいるんだからそりゃあ動きもあるだろう。そうじゃなくて何か不自然な動き。そう思いながらそちらにふと目をやると少女が倒れていた。小学生だろう。隣には母親と思われる女性が彼女の名前を呼び肩を揺すりながらおろおろしている。僕はとっさに駆け寄った。

「大丈夫ですかっ?」

違う、大丈夫じゃないから倒れているんだ。じゃあなんて声かければよかったんだ?いやいや今はそんなことどうだっていい。そう考えている間にも「娘が、娘が」と目線は合わないが僕に訴えかけるように呟く。

「何か思い当たることは?」

「いや...ないです」

肩を揺らしても反応がない。

「お母さん、救急車呼んでください」

母親が救急車を呼ぶ間に僕は彼女を観察する。

顔は青白く血の気がない。呼吸はしているが荒い。脈は...小さいけどある、ただ速い。

何だこの症状...習ったはず...心臓がバクバクして頭が回らない。空回りしてる。落ち着け、落ち着け俺。深呼吸、深呼吸しよう。すーーー、はーーー。よし。思い出せ、つい最近習ったことだ。俺が習ってるってことは基礎的な何か...

「この子、ちゃんと水分摂ってます?」

電話を終えた母親に尋ねる。

「え...いや...摂ってないかも..,」

なんだよかもって親ならちゃんと管理しろよ、と思いつつもなんで倒れたのか分かったから良かった。熱中症だ。確かに今日は朝から気温が高いしこの人混みの中で体の小さい女の子なら軽度の熱中症で失神、なんてこともありそうだ。ひとまず安心。

「軽度の熱中症みたいです。意識はすぐ戻ると思いますけど...頭は打ってないですよね?」

「ええ...わたしの方に倒れ込んできたし多分」

「なら安心です。こっちで応急処置はしますんでお母さんは意識が戻った時に飲ませるスポーツドリンクを買ってきてください」

応急処置...彼女はワンピースを着ているから風通しはいいはず。靴を脱がして足を高めの位置に...あとは扇いでいれば大丈夫...なはずだけど...失神ってこんなにも意識戻らないもんなの?大丈夫かな?不安になってきた。でもさっきよりは呼吸も落ち着いてきたし顔色も戻ってきた...

「買ってきました」

「ああ、ありがとうございます。ってそっちは?」

お母さんの手にはスポーツドリンクと炭酸飲料が握られていた。

「焦って自販機のボタンを押し間違えちゃったの、あはは」

いやあははってあなた、まだ娘さんの意識戻ってないんだけど...余裕かよ。

「とりあえずその飲み物貸してください」

少女の様子も安定してきたしとりあえず首筋に1つだけ当てる。とちょうど救急隊が到着した。少女をストレッチャーに乗せ救急車に乗り込むのを見送り、戻ろうかと思ったら「当時の様子を聞きたいので」ということで僕も救急車に乗ることになった。

病院に着く頃には彼女の意識も回復して点滴を受けその日のうちに帰れることになった。

「ありがとうございました」

彼女が治療を受けている間に母親から言われた。

「わたし、娘が倒れてテンパっちゃって。あの時助けてくださって本当に助かりました。時間を取らせてしまってすいませんでした」

「いや時間は全然大丈夫ですよ、僕いつでも暇なんで。お嬢さんが無事で良かったです」

「お暇ということならこれからお礼をしたいのですが...」

む、それはまずい。

「あ、いやお礼なんて僕そんな大したことしてないですし平気ですって本当」

「そう言われてもお礼はしたいですし...」

「いやいやいやいやマジでいいです本当にそのお気持ちだけで充分ですから!」

そうガチで断ると少し不満そうな顔をしつつも「じゃあせめてこれを...」と、さっき間違えて買っていた炭酸飲料を渡された。「これくらいしか渡せなくて申し訳ないですけど...」

ありがたくいただき病院を出る。スマートフォンを見るとメッセージの通知があった。『駅前のカフェで待ってるよ』


◾️◾️◾️


カフェに入ると探していた人はすぐに見つかった。

「遅いよー。まったく、彼女を1時間も待たせるなんて何のつもり?なーんてね。お疲れさま〜」

久しぶりに見たふざけて笑う顔につられて僕も笑った。ほっと、安心したような気がした。

遅れてしまった分を挽回するために僕が気に入っている牛タンの店でお昼をご馳走して電車に乗り込み目的地へと向かう。

大学で何があったとか友達と何をしたとかそんなことを楽しげに話していた彼女がつとうつむき「さっきので...また一歩夢に近づいたんだね...かっこよかったよ」と照れた様子で、でもはっきりと言ってくれた。


◾️◾️◾️


「今日は6日だから6番の〜荻野おぎの!3行目を書き下せ〜っておい起きろ荻野!3行目書き下し!」

あ〜あ、と私は思う。荻野くん、夏休みが終わってから授業で寝てなかったのに。6日目にして記録は潰えてしまった。

「いや、あの〜...教科書忘れました」

なんと!寝てた上に教科書も持っていないとは!やるなあ荻野くん。

「お前なあ...まあしょうがない、隣の鈴原すずはらに見せてもらえ」

荻野くんは一番廊下側の席だから隣は私しかいない。申し訳なさそうな顔をしてこちらに机を寄せてくる。私も軽く寄せ、机の右側に教科書を置く。

「えーと3行目...すなわわれが〜...んー、ざん?」

なによざんって「の」でしょ。

「もういいや、他の人にやってもらう。ちゃんと予習しておけよ」

ほーらー先生ご立腹じゃーん。何してんのー。

そうは言っても荻野くんはたまに辞書を引いたりしながら頑張っているようだった。

授業が終わりありがとう助かった、とお礼を言われて机を離している時に私は聞いてみた。

「もし良かったらさー放課後にでも教えよっか?漢文」


◾️◾️◾️


「違うって、再読文字だよこれ」

え?なに再読文字って、と返された時には私たちを囲む本棚がゆらゆらと揺れたような感覚に襲われた。人の話を聞いてめまいがするなんて初めてだ。

「1年生の時に習ったよ、覚えてないの?」

「覚えてないも何もその頃の俺って文系全捨てだったし」

ああそうだ...

「荻野くんってなんで国立大学行こうと思い始めたの?」

彼は夏休みが終わってから急に全ての授業をちゃんと受けるようになった。休み時間に荻野くんの机の周りで男子たちが話しているのが耳に入ったからどうやら国立志望になったと言うことを私は知った。

「俺ねー、医学部行こうと思うんだわ。そうすっと私立じゃ学費がヤバイっしょ?さすがに親に迷惑かかるなーと思ってさ。国立目指して頑張ってる。鈴原はどうなの?」

「んー私?私は将来やりたいこともはっきりとは決まってないから近場の大学に行ければなーと。でも医学部ってことは医者になろうとしてるの?幼稚園の頃やってたお医者さんごっこを思い出すなー」そう言って私は笑う。

「そういえばあの頃も荻野くんは医者役しかしてなかったよね。お医者さんかっこいいんだーって言って」

「そうなんだよね、俺も覚えてる。実際あの頃から医者に憧れてたのかもな」


◾️◾️◾️


日が沈みかけ図書館を出た私たちは帰路につく。たわいもないことを話しながら途中まで一緒に歩いていつもの十字路で別れる。じゃあな、と手を振った荻野くんの背中に頑張ってと声をかけたが聞こえていなかったのか反応はなかった。むしろほっとした気がした。


◾️◾️◾️


あっちい...

電車を降りた僕たちは暑い暑い砂漠かここはなんて言いながら歩いた。これ飲む?とさっき貰った炭酸を渡す。僕は変わりばえしないコンクリートを見ながら坂道を登っていく。汗がしたたる。

水分を口に含んだすずが突然「ん!」と声を上げた。僕はん?と不思議そうに彼女を見返すが、なおも「ん!ん!」と興奮気味に僕に何かを訴えてくる。そんなことせずに早く口の中のものを飲み込んじゃえばいいのに。なんて考えながら前を向くと__おお、ここがオアシスか...!「ひまわりの丘」と書かれた看板と入り口、その先に広がる黄色い視界。

着いたー!!という声がハモる。


◾️◾️◾️


ひまわりを一通り見終えて写真も撮り、僕たちは飲み物を買って日陰のあるベンチで休んでいた。

「いやーここからも結構綺麗に見えるねー」

そうだねーと言いながら飲み物をがぶがぶ飲む僕。ふとすずの方に向けると...なんかすごい画になっていた。

「待ってすず、写真撮る」

そう言ってベンチの後ろに行きカメラを構える。

「いや、こっちは見なくていいよ自然な感じで...笑ってて」

注文をつけてパシャパシャ撮る。

「ほらこれ、やばくない?めっちゃ可愛いしひまわりと合ってる」

本当だ可愛い、と照れながら言うすずはだけど、と続ける。

「ひまわりってさ、こうちゃんみたいだよね。まっすぐ、ぐんぐん力強く伸びてさ。そういうところそっくり」

「誰のおかげで伸びれてると思ってるんだよー。高校の時だけじゃない、中学生の時から僕はすずに勉強を教えてもらっていたんだ。君がいたから今の僕がある。ってことはすずは太陽だな。いっつも笑ってるし」


そう、本当に彼女は僕にとっての太陽だ。

同じ幼稚園、同じ小学校、同じ中学校、同じ高校、大学はさすがに違うけれどもずっと一緒にいてくれた。僕のことを照らしてくれたから今僕がここにいることができる。

これからもあの頃のような2人の関係が続けばいいと、僕は思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの頃の2人 ゆるえん @yuruen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ