窓を開けると血が入ってきます

東美桜

窓を開けると血が入ってきます

 ――それは、私が部活の遠征で泊まったホテルでのお話。


「あれ、何これ」

 M市内のホテル。遠征参加メンバーのうち私たち三人が泊まった部屋の鏡の隅に、小さな注意書きが貼ってあった。

「窓を開けると……血が……入ってきます?」

 何これ? 血?

 首をひねりつつ、私は隣室の友人を訪ねた。扉をノックすると、出てきたのは真面目っ子の2年リーダー格、レイナの姿。

「ん、小鳥? どしたの?」

「ねえ、鏡の注意書き、なんて書いてある……?」

「注意書き? ……ねー華奈、なんて書いてある?」

 丁度そこでスマホいじってた――多分ツ●ッターだと思う――華奈が、首を傾げつつ覗き込む。

「あー……『窓を開けると虫が入ってきます。気になる場合は殺虫剤がありますのでフロントまでお申し付けください』……普通じゃね?」

「え?」

 ……虫?

 私たちの部屋の奴は、確かに「血」だった気がするけど。

「……あ、うん。ありがと」

 それだけ言ってドアを閉め、また部屋に戻り、鏡の注意書きを見る。

『窓を開けると血が入ってきますので開けないで下さい』

 一言。無慈悲すぎる。

 っていうか……血……? 何で……?


 ――ドォン、ドォンッ

 不意に、どこか遠くから大砲のような音が聞こえた。同時に窓の外の夜空が鮮やかに染まる。

「ん? 花火?」

「そーいや花火大会あるって言ってたね。こないだの台風で延期ささって、今日になったんだよねー!」

「わー、見たい! 見よう! 平成最後の花火だよ!」

 同室の絵梨と紗弥香が声を上げ、窓に飛びつく。絵梨の指が、窓の鍵に伸びた。弾かれたように、私はその指を押さえる。

「え、小鳥!? 何!? 窓開けたほうが綺麗に見えるじゃーん!!」

「いや、駄目! 窓開けたら駄目だから!! マジで!!」

「あ、豚!」

「え?」

 豚の形の花火でも見つけたのか、紗弥香が声を上げる。絵梨は振り返り、窓の鍵に手をかける。

 ――まずい!!

 そう、思ったときには、もう遅かった。

 ――ガラァッ

 窓が開き、真夏のくせに冷たい風が吹き込む。

「わー本当だ! 豚の花火だー!」

「スゲェ面白いよねー!」

 身を乗り出し、わきゃわきゃとはしゃぐ二人。

 ……あれっ?

 何も、起こらない……?

 そう思い、胸をなでおろしたとき。


 ――ピチャンッ


 ……背後で、水音がした。

 刹那、ぞわりと全身の毛が逆立つ。

 まさか。あの、貼り紙は。

 強直しかけた首を無理やり回し、振り返る。

 ――いや、振り返る前に気付いていた。

 この独特の、濃く香る鉄錆の匂い。

 思うように動かない首を動かし、水音のするほうに目を向け――思わず目を見開いた。


 紅い紅い液体が、粘度をもって揺れている。

 部屋の真ん中のフローリングの上に、穿つように広がっている。

 ……穿つように?

 恐る恐る、上に目を向ける。


 ――紅い液体は、天井から滴っていた。


「……!!」

 思わず口元を押さえる。

 喉からひゅうひゅうと妙な音がする。満足に悲鳴を上げることもできない。

 なんで? あの貼り紙は、本当だったの……?

 脚に力が入らず、思わず崩れ落ちる。絵梨と紗弥香が振り返る気配がした。

「あれ、小鳥……ってあああああああああああああ!?」

「なっ、何アレェェェェェェェェェェェェェェェェ!?」

 二つの絶叫が重なり、ドアが開く気配がした。

「ちょ、どうしたの!?」

「うっさ……」

 レイナと、華奈だ。

 二人も当然、血溜まりに目を向け――何故か、頷きあった。

 ……どう、して?

 問いたいけれど、ただ涙目で震えるだけで。

 だけど、察したように華奈は頷く。

「あー、のさ。さっきツ●ッター見てたら流れてきたんだけど。ここのホテルって、あるらしいよね。そういうの」

 ……え?

 血を前にしながらも、何食わぬ顔で華奈は続ける。

「なんかさー、その部屋。昔、殺人事件あったらしいんだよ。ていうか暗殺事件? なんかここに泊まってたどこだかのお偉いさんが、向かいのあのビルに紛れてたスナイパーにドーンとやられたらしいんだよね。ちょうど今みたいに、窓開けて花火見てたときに。花火の音に紛れて銃声も気付かれなかったけど、目撃者にパシャリと撮られてお縄……みたいな感じだったはず。で、その後遺症的な? ほら」

 と言って華奈はスマホをみせる。

 ……本当だ……。

「っていうかこれどうすんのぉ……」

「あ、それ? 幻覚だよ。触ってみ?」

 ……え……?

 私は恐る恐る、腕を伸ばす。

 粘性のある液体の感触に指が震えるが、勇気を振り絞り、触れた。

 ……つもりだった。

「……え?」

 ただ、冷たいフローリングの感触だけが。

「なんかこの部屋に泊まった人にしか見えないらしくてさー」

「あ、それで平然としてたんだ」

「そ」

 ……幻……だった……。

「……じゃあそれに踊らされてた私たちって」

「不可避!!」

 胸を張られた。


 帰宅後、私はカクヨムを開く。

 そして、貴方がたに訴えよう。


「……ホテルに行く際は鏡の張り紙を確認するのを忘れないで下さい……」

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