夏休み0日目、クラスメイトとしての最後の五分間

Sin Guilty

夏休み0日目、クラスメイトとしての最後の五分間

 暑いのに、日陰というだけでどこかヒンヤリと感じる校舎の廊下。


 野球部が発する、キィンという澄んだノックの音。

 どこか遠く音楽室から聞こえる吹奏楽部の音合わせ。


 囁くような音たちが綯交ぜになって、より静寂を感じさせる放課後の空気が好き。


 教室の窓からは、真っ白な積乱雲と抜けるような青空を見ることができるハズ。

 ギッラギラの太陽の光ももちろん。


 夏。


 今日は高校一年生の一学期最後の日だから、夏休み0日目と言ってもいいと思う。


 高校生になって最初の夏休み!


 とはいっても私の場合、部活と勉強に明け暮れて終わる可能性が大だけれど。

 

 みかちゃんみたいに「恋に燃える夏!」にはとてもじゃないけどできる気がしない。

 払うことのできない雑念に塗れて、中たらぬ的に向き合うばかりな気がする。


 好きな人がいないわけではない。

 

 中学時代は友達がわいわい言っているのを聞くのは楽しかったけれど、今ひとつピンとこなかったのにな。


 いきなり好きになるから、恋に落ちるっていうのかしら?


 だけど高嶺の花、だよね……


 男の人に使うのが正しいのかは知らないけれど、私が心のバランスを失わされた相手はその表現がぴったりくる人。


 そんな人と「彼と彼女」になるなんて、想像もできない。

 私の初恋は、おそらく告げることもできずに片想いで終わるのだろう。


 ――まあそんな切ないのもアリといえばアリかな。

 

 いやリリカルな妄想に耽っている場合じゃない。


 わざわざ着替えた後に教室に戻ってきているのは忘れ物のため。

 さっさと戻らなきゃ、厳しい先輩にお叱りを受けてしまう。


 えいやっと扉を開けると、誰もいない筈の教室の窓際にその想い人が居た。


 目が点になって、動きが止まる。


 な ぜ い る ?


「――五分、時間をもらっていいかな?」


 訳も分からず頷くと、彼は慌てた様子で予想外のことを語りだした。


 真っ赤な顔で、沈着冷静ないつもの彼らしくもなく私のことを話している。

 どうやらこれは告白らしいと理解して、私の顔も真っ赤に茹っていくのがわかる。


「ああ、最後の五分が終わってしまった。要するに、僕と付き合ってもらえないだろうか?」


 きっちり五分、どうして私が好きなのかを語り終え、彼が最後の言葉を絞り出す。

 嬉しくないわけはないけれど、結構本気ではずかしぬ。


 ぐるぐる回る思考から、素直な疑問が口をついた。


「あの……どうして最後の五分なの?」


「君が頷いてくれても、ごめんなさいをされても、ただの級友という関係は僕の告白の五分で終わってしまうだろう?」


 赤い顔で彼が言う。


 「彼と彼女」になるのか、「振られた人と振った人」になるのか。

 どちらにせよ、ただの級友としては最後の五分だったというわけね、成程。


 笑ってしまった。


 私の答えは決まっているけど、さてそれをどう伝えよう?


 彼が使ってくれた級友としての最後の五分に応えて、彼女としての最初の五分を費やすべきかな?


 でもまずはこう言おう。


 「夏休みにも、逢えたら嬉しいです」


 これで伝わる?

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