最期の戦い

「久しぶりだな、ジジイ」


彼は挑発的な笑みを浮かべながら、老剣士にそう声をかけた。


「儂をジジイ呼ばわりするのはお前だけだ。性懲りもなく、また儂にからかわれに来たようだの」


老剣士は彼の挑発を軽く受け流す。

そんな老剣士の余裕すら垣間見える受け答えは、短気な彼を刺激した。


「老いぼれが!いつまでも貴様の時代と思うなよ!今日こそこの愛剣に貴様の血を吸わせてくれる!」


彼は剣を抜き、老剣士に襲い掛かった。

老剣士も静かに抜剣する。


剣と剣がぶつかり合う刹那、火花が散る。


戦いは長引いた。

両者一歩も譲らなかった。


もう何時間、剣を合わせているだろう?

時間が経つにつれ、老剣士の動きが鈍ってきた。

技術はあれど、体力がついていかなくなってきたのである。


そしてついに老剣士は致命的な隙を与えてしまった。

大きく振りかぶった攻撃を躱され、体勢が崩れたのである。


その最大の好機に、彼は老剣士の首を斬り裂いた。


首が飛ぶ程ではない。

だが、激しい出血を伴う致命傷だ。


吃驚したのは老剣士ではない。

彼の方だ。


彼は老剣士の命を奪うつもりはなかったのだ。

しかし、実力が拮抗した戦いにおいて、真剣勝負は命のやり取りになってしまう。


頸動脈から激しく血を吹き出し、老剣士はどうっと倒れた。

彼は慌てて剣を放り出し、老剣士に駆け寄った。

傷口に布をあてがい、何とか止血しようとする。


「自分で…斬り捨てておいて、何を馬鹿な真似をしておる?」

老剣士は苦しい息の下、言葉を紡ぎ出した。


「もう充分に実力差があると思ったんだ!アンタを負かしても、殺さずに済むくらいに!」

「舐められたものだの…その程度の力で…」

「それ以上、喋るな!血が止まらない!」


出血は止まる事を知らず、老剣士の顔色は青白さを通り越して土気色になっていく。


「無駄だ…儂はもう死ぬ。今日ここでお前に斬られるのは、はじめからわかっていた。それが儂の剣士しての、そして‘父’としての最期の仕事だった」


老剣士は…彼の父は次第に意識が遠のいているようである。


「儂は…剣に生き過ぎた。お前にも…母さんにも可哀相な思いをさせた。だが、儂に剣は捨てられなかった。こんな…儂には相応しい死に様だ」


「親父!」


「儂は…間違えたのかもしれん。お前は間違えるなよ。強くなるなら…誰かのために強くなれ…」


父がそれ以上、言葉を発する事はなかった。

父は息子の腕の中で、こと切れた。


彼はしばらく茫然と父の亡骸を抱きしめていた。

その死に顔に苦痛はなく、微笑みすら浮かべていた。

生前、彼にほとんど見せる事のなかった笑顔である。


「親父…俺は俺の思うように生きる。だが、親父のような生き方も悪くない。今はそう思える」

そう呟くと、彼は立ち上がった。


愛剣をシャベル代わりに地面に大きな穴を掘る。

その穴が人ひとり分の大きさになると、そこに父の亡骸を横たえた。

土を被せ、その上から父の愛剣を突き立てる。


「親父には似合いの墓標だぜ」


そう言って、彼は歩き出した。


そう…彼はまだ歩き続けなければならない。

彼の人生を全うするために。

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火花を刹那散らせ ひよく @hiyokuhiyoku

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