7 再会

「…もう少しで、湖のはずです」

 

 

 黄色いスマホのような機械と地形図を見比べながら、渚が言った。

 

「…ずっと思ってたんだけど、何それ?」

 奈々海が黄色い機械を覗きこんだ。休憩を取ったばかりだったため、歩きながら はきはきと話す。

 

「GPSです」

 渚は淡々と答えた。

「じーぴーえす…あぁ、スマホについてるアレ?」

「はい」

「よくそれとそれで道が分かるね…私には無理だわ、何年かかっても」

「そんなに難しくないですよ」

「僕も使ったことあるな。便利だよね、それ」

 隆輔も会話に混ざる。しばらく共に歩く内に、一同は徐々に打ち解け始めていた。

「スマホじゃ電波入んないもんね…そう考えたら大丈夫かな、あいつ」

 葉琉は叶人を思い出す。奈々海がむっとした。

「あいつって、望月叶人?」

「うん」

「なーに不良の心配してんの。どうなったって私達には関係な…」

 翔が振り返り、細い目で奈々海を見た。奈々海は思わず黙り込む。

「……」

 葉琉は少し驚いた。翔は叶人に何か恩でもあるのだろうか。目をつけられていた立場なのに?

 

 …まあ、考えてもしょうがないか。

 今は、湖までひたすら歩くしかない。

 

 歩き始めて、何分経ったのだろう。

 

「ところで、飼育員さんが言ってるそのフレンズは、この辺にいるって確信があるんですか?」

 奈々海が切り替えて隆輔に問いかける。隆輔は首をかしげた。

「いやー…ないね」

「ない!?」

 奈々海と葉琉は同時に声を上げた。渚と翔も、少し驚いている。

「だって、フレンズに関する情報がなさすぎるんだもん。ネットで調べても怪しい情報ばかりで当てにならないし…。図書館をはしごしてやっと見つけた本に、火山の麓にフレンズがいるかもって書いてあっただけなんだ」

「…そうなんだ…」

 葉琉はぽつりと呟く。

 

 私と同じだ。やっぱり、どう調べてもほとんど出てこないんだ。

 どうして大人たちは、フレンズについて言及するのをそこまで避けるのだろう?

 

 …ん? 大人…?

 

 いるじゃん、大人!

 目の前に!

 

「…あ、あの!」

 

 葉琉は顔を上げた。前を歩く隆輔が、一瞬立ち止まる。

「どうした?」

「私の母は、フレンズについて何か知ってるみたいだったんですけど…飼育員さんは何も知らないんですか?」

 怒りながら絵本を取り上げた、母の顔を思い出す。

「知らないな。俺よりも少し上の人達は、ちょっと知ってるっぽいけど…。俺がまだ保育園に入ったばかりの頃に、何かあったっぽいよ。だから、記憶はほとんどないんだ」

 隆輔は『何か』を強調して言った。

「そうなんですね…」

「何かって…何なの? 気になるんだけど」

「分かんないね、私達だけじゃ」

「今度、お母さんに聞いてみる? 私が」

「いや、やめといた方が良いよ。俺も色んな人に聞き込みしたけど、誰も答えてくれなかった」

「えぇー…?」

 奈々海は口を尖らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ハル!

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え…?」

 

 会話の途中で、葉琉は顔を上げる。

 

 ふと、どこからか、自分を呼ぶ声がしたように思えた。

 

 ──気のせい?

 

「葉琉? どしたの?」

 

 奈々海が振り返る。

 

「…いや、今、誰か、私のこと呼んだような…?」

 

「えぇ? 気のせいじゃない?」

 

「う、うん、多分」

 

 そう言いながらも、葉琉は周りを見渡す。

 

 



 ──誰も、いないよね…?

 

 

 

 

 

 

「ハル!!」

  

 

 

 

 

 

「…!」

 

 葉琉は立ち止まった。

 

 

 草陰に、誰かがいる。

 

 

 今度ははっきりと声が聞こえたようで、先頭にいた渚も足を止めた。

 

「だ、誰…?」

 

 奈々海は眉をひそめている。隆輔は口角をかすかに上げていた。

 

 

 草むらの向こうで動くベージュ色の『誰か』に、葉琉は視線を集中させた。

 

 

 

 やがて、その『誰か』は──

 

 

 

 

 

 

 光のない目で、葉琉と視線を合わせた。

 

 

 

 

 

 

「…ハル……」

 

 

 ベージュと白の髪に、大きな獣耳。髪と同じような色のセーラー服に、ピンクのリボンを結んでいる。

 

 

 その姿は間違いなく、『フレンズ』だった。

 

 

 あまりに唐突な出来事に、一同は現状を飲み込め切れずにいた。

 

 

 が、葉琉はこのフレンズに見覚えがあった。

 

 彼女は間違いなく、真っ先に自分を遊びに誘ってくれたあのフレンズだった。

 

 過去の記憶が、さらに鮮やかになる。

 

 

「…覚えてる…?」

 

 そのフレンズは緊張した表情を崩さないまま、少し嬉しそうに自分の顔を指さした。

 

 

 葉琉は軽く頷く。

 

 

「…は、は……??」

 

 奈々海と隆輔は、動揺のあまり息が声に出ていた。翔と渚も、声には出していないものの、かなり驚いているようだった。

 

 

 フレンズと葉琉はしばらく互いに見合ったままだったが、突然、フレンズがにっこりと笑ったかと思うと、

 

 

 

 

「ハーールーーーー!!!!」

 

 

 

 

 と、歓声を上げながら葉琉に飛びついた。

 

「わっ、わっ!?」

 

 葉琉はバランスを崩す。フレンズは、しがみつくように葉琉に抱きついた。

 

「会いたかったよーー、ハルーー!!!」

 

「ちょ、ちょっと待って、苦し…」

 

「心配してたんだよ!? あのまま放っておいて、ちゃんと家に帰れるか…」

 

「だ、大丈夫だから、離して…」

 

 

 葉琉の言葉に、フレンズは服を掴む手を離した。

 

 葉琉が仲間に目を向けると、奈々海たちは彼女から3メートルほど距離を置き、ドン引きしている様子だった。

 

「…ど、どういうこと…?」

 奈々海は、不審な目で葉琉を見ている。

 

「ふ、ふ、フレンズ、だよね…?」

 隆輔はフレンズを指さしながら、声を震わせた。

 

 渚は地形図で顔を隠しながら、こちらを覗き込んでいる。

 翔は知っていたためか、そこまで大袈裟な反応は見せていなかった。

 

「え、えっと…ど、どう、説明すれば良いんだろう…?」

 

「大きくなったのに、フインキぜんっぜん変わってないね! すぐに分かったよ! …ん? 何これ何これ!」

 

 困惑する葉琉をよそに、フレンズは彼女の周りをせわしなく動き回っている。

 

 為す術もなく、ただただ動き回るフレンズを見ていると、

 

 

 



 

「落ち着きましょう。とにかく、久々に会えたのだから」

 

 

 



 

 動揺していた奈々海たちの背後から、突然、声がした。

 


「わーっ!?」

 一同は驚き、前に倒れかける。


 

 振り向くと、フレンズがもう1人、一同の背後から、葉琉に向かって笑いかけていた。

 

 

 

 白い制服に、黄色い前髪。そして、頭にある大きな翼。

 

 

 

 

 彼女は間違いなく、遭難した葉琉を助けたフレンズだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

砂星の舵取 あれくとりす @FliendsToriTori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ