2 計画

「…フレンズ……?」

 

 

 叶人は目を細めた。

 

 葉琉は見開く。

 えーっ、そ、それ、言っちゃうの!?

 このままでは、会話は続く一方である。寿命が3年くらい縮みそうだ。

 

 叶人は嘲笑した。

 

「ハッ、お前バカか? そんな簡単に見つかんねぇだろ、フレンズなんて」

 

 ほーら、言わんこっちゃない!葉琉は目を閉じてうつむいた。

 すると、翔は不思議そうに首を傾げた。

 

「先輩、知ってるんですか?」

「…は?」

「フレンズがどこにいるか、知ってるんですか?」

「え、な、何でだよ?」

「いや、普通知らないならもっと不思議がると思うのですが…仁賀村にフレンズがいる事を、知ってるんですか?」

「は、はぁ…? し、知らねぇよ」

 

 場の張り詰めた空気が急に緩くなる。叶人が焦る顔を初めて見て、葉琉は少し落ち着いた。

 

「そうですか……」

 翔は目をそらす。

 


 すると叶人は葉琉を横目に見るや否や、こう言った。

 

 

「な、何だよ、オレに来いって言うのか?」

 

 

 さすがの葉琉も、この発言には眉をひそめた。


 翔も遂に表情を変える。

「来て欲しいなんて、一言も言ってませんが…?」

 

「え、あ、その……お、オレも行くっつってんだよ!」

 

「え?」葉琉と翔の声が揃う。

 叶人は、かなり焦っているようだった。

「何時にどこ集合なんだよ?」

「…本当に来る気ですか?」

「行くっつってんだから答えろよ! 何時にどこ集合だ!」

「…ゴールデンウィーク初日の8時半に、南駅に集合です」

 翔は驚いていたものの、叶人が来ることに嫌気がさしている様子はなかった。が、葉琉は開けた口が塞がらない。

「チッ……」

 叶人は何も返さず、ただ舌打ちをして無愛想に出ていった。

 

 ドアがぴしゃりと閉まり、葉琉はようやく体を動かした。

 

 

「…はぁぁぁぁ〜……。…ちょっと翔くん、何であんな奴を誘うわけ!? 冗談じゃないよ、あいつ、青南トップのヤンキーなんだからさ…!」

 

「いや、大丈夫だと思います」

「どこにそんな保証があるの!?」

「先輩は多分、フレンズにはかなり詳しいです」

「…え? 何で?」

「叶人先輩は確か、キョウシュウ出身です」

「きょ、キョウシュウ!? 顔はホートクの人っぽいけど?」

「俺も詳しい情報は知りませんが…。あと、叶人先輩は葉琉先輩の事が──」

「わ、私の事が…?」

 葉琉が自分の顔を指差すと、叶人は口をつぐんだ。

 

「…やっぱり、辞めておきます」

 

「ちょっちょっちょっ、そこまで言われたら何となく分かっちゃうんだけど?! 通りで私のこと、チラチラ見てくる訳だよ…」

 

「いや、友人の噂なので信じない方が懸命です」

「いやいやいや、いくら噂でもさ…! でも何で私なんかに…? クラスも一緒になったことないし、そもそも廊下ですれ違ったこともそんなに…」

「噂なので、今のは忘れて下さい」

 言わなきゃ良かった、という後悔の念がこもった表情で、翔は言った。が、葉琉の動揺は収まらない。

「その噂は誰得なの? 誰から聞いた?!」

「いや、だからもう」

 

「先輩命令! 誰から聞いた!?」

 

 ムキになる葉琉に、翔は目を細める。

「…空田結哉です」

「そ、ソラダユウヤ…? …誰それ?」

「知らなくて良いです」

「何年何組!? 今度とっ捕まえて聞き詰めてやる!」

「俺と同じクラスですが…。とにかく、彼とは関わらないで下さい。話を戻しましょう」

「…意味わかんない…」

 

 翔は、淡々とノートの文面を読み始めた。

「とにかく、あと何人か誘った方が良いです。信用できる人に限りますが」

「信用できるってねぇ…。あいつを信用しろと?」

 葉琉は叶人を思い出す。翔は続けた。

「誰かいませんか? 行けそうな人」

「うーん…私が一番信用してるのは奈々海だけど…。でも、どうやって誘おう?」

「どうにかお願いします。俺の名前を使ってもいいので」

「…分かった。何だかんだ話だけでも聞いてはくれると思うけど……で、いつ行くの?」

 

「さっき叶人先輩にも言った通り、ゴールデンウィークです」


「えっ」

「…駄目ですか?」

「ダメとかそういう問題じゃないでしょ!? 私は5日間とも忙しいの!」

「何があるんですか?」

「遊びです! 奈々海と!!」

「じゃあ、丁度良かったですね」

「丁度良かった、じゃない!」

 テーマパークにショッピングと、彼女のゴールデンウィークの予定は既にきっちりと決まっていた。それを覆されるのは居た堪らない。

 が、考えてもみれば、専門学校の入試が夏に控えているため、ゴールデンウィーク以降に仁賀村へ行くのはほぼ不可能だった。

 

 葉琉は大きな溜め息をついた。

「…はぁ。分かった、奈々海と話合わせるよ」

 翔は頷いた。

「ありがとうございます」

 ノートに、『5月2日 朝8:30 南駅』と書き込まれる。その様子を見て、葉琉は今まで気になっていた事を問いかけた。


「でも、何で私のためにそこまでやってくれるの? 本当にフレンズがいるのかも分からないし、そもそも私の言ってることをそこまで信用してくれなくても…」

 

「俺も、フレンズに会ってみたいからです」

 

 翔は、ノートから目線を離さずに答えた。

 

「えっ、そうなの?」

 思いのほか意外で普通な返答に、葉琉は瞬く。

「はい。単純に気になるじゃないですか、フレンズがどんな生き物なのか」

「ま、まあね……」

「それに、葉琉先輩の事を覚えているフレンズがいるかもしれません」

「いや、どうなんだろう…」

「とにかく、細かい予定は俺が決めておきます。キャンプか何かを装って、上手く来れるようにお願いします」

「わ、分かったよ、ありがとう」

 翔は一息つくとノートを閉じるなり立ち上がり、リュックを手に取った。


「じゃあ早速、家で計画を立てるので、俺はこの辺で」

「あ、うん……」

「失礼します」

 

 ドアが完全に閉まった所で、葉琉は我に返った。

 

「……あ」

 

 両手で頭を抱え込む。

 

「……帰っちゃったじゃん!!?」

 

 せっかく来てくれたから、何か教えようと思ったのに……。

 

 色々な事が唐突に起きすぎて、すっかり忘れていた。

 

「はぁ…。せっかく来てくれた部員も、結局コレだよ…。」

 

 やっぱりサボりたくて文芸部に来たのかな…。憂いの感情は溜め息に変わる。

 

「…それにしても……」

 

 何だったんだろう。

 翔くんの意図が全く分からない。

 突然フレンズを探しに行こうと言い出した事も、あいつを誘った事も。

 そして、変な噂を知っている事も。

 

 そもそも、どんなスケジュールの中でフレンズを探すのかも分からない。

 

 でも、何だかんだ言って頼りになりそうなんだよなぁ、翔くん……。

 

「…あ!!」

 

 ここで葉琉は思い出した。

 

 

「私の小説、返してもらってないじゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ叶人さん、こんちはっす」

 

 ライフラインが充実しているおかげで生徒はほとんど利用しない、校舎裏の駐輪場。

 

 コンクリートにしゃがみこんで缶ジュースを飲んでいた生徒が、やって来た叶人に片手を上げて挨拶した。黒髪に制服もきちんと着込んでいるが、額に大きなアザがあり、頬には大きなガーゼが貼られている。

 

「何してたんすか? こんな時間までいるなんて」

 

 叶人は、自販機の前でポケットを漁りながら答えた。

「…先公と話してた」

「先公? 何の話ですか?」

「別に何だって良いだろ」

 ポケットから出した彼の手の平には、50円玉が1枚だけ乗っていた。

「…チッ」

 叶人は右足で自販機を蹴り上げる。ガシャン、と何かがぶつかり合う音が同時に聞こえた。

「100円くらいなら出しますよ」

「いらね。…それよりお前、何でアイツが文芸部に入ったのか知ってるか?」

「アイツって、ヒロっすか?」

「そいつしかいねぇだろ」

「何だアイツ、文芸に入ったんすね」

「何だじゃねぇよ。アイツ、葉琉と何か変なこと考えてるっぽいぜ」

「…変な事……?」

「何でか知らねぇし興味もねぇけど、お前、翔の事気に入ってんだろ? 情報聞き出して来いよ」

「…良いっすよ。やっぱり叶人さん、本当に葉琉さんの事が──」

 その瞬間、地面に置かれていた缶ジュースが姿を消した。

「…は?」

 生徒は周りを見渡す。10mほど離れた道端に、その缶が中身を出したまま転がっていた。

 

「頼んだぜ、結哉」

 片足を上げたまま、叶人は生徒を睨みつけた。

 

 

「…了解っす」

 

 結哉と呼ばれた生徒は、不敵に笑った。

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