砂星のふもと 〜Zinga Village's Story〜

1 望月叶人

 オール・フレンズ・フェスティバル。

 

 

 満員電車に揺られながら、葉琉は昨日借りた本の内容を思い出していた。

 

 数十年前まで、人とフレンズは共生関係にあったらしい。

 が、近代化に伴って人間の技術力が大幅に向上し、フレンズはそれについていくことができなくなりつつあった。

 人間とフレンズの距離が遠ざかることを危惧した“風原信太”と“風原友裕”の親子が開催したのが、『オール・フレンズ・フェスティバル』なのだという。

 第1回は、25年前の10月4日に開催された。開催地は仁賀村。葉琉が幼少期にフレンズと出会った村だった。

 

 初期はかなり小規模で、周囲の批判も多く受けていたそうだが、親子は諦めることなく、毎年10月4日にフェスティバルを開催し続けた。

 やがて注目度が上がり、客や支援者の数は年を重ねるごとに増えていった。8回目に開催された際は、2万人を越える参加者が集まり、行政や政治家も協力していたという。

 

 イベントの内容はシンプルである。フレンズ達が、個々の特徴や個性を活かした出展を参加者に対して行う。空を飛んだり、食品を作ったり、ステージで踊ったり……それらの出展は、全て無料で行われたらしい。金銭を発生させずに、フレンズの良さだけを人に実感させる。それが主催である風原親子の目的だった。

 

 風原親子は、人への信頼を失いつつあったフレンズ達を説得し、フェスティバルへ参加させることにとても苦労したようだった。が、最終的には双方の信頼を取り戻すことに繋がり、2人は大半のフレンズから絶大な信頼を得ていたらしい。

 

 ついには大陸外からやってくる参加者も増え、オール・フレンズ・フェスティバルは、ホートクを代表する一大イベントへと発展した。

 


 が、そのさなかにある事件が起きた──

 

 

 

 

『ご乗車ありがとうございました。青葉南、青葉南です。足元に……』

 

「あ、やべっ!」

 

 葉琉は慌てて人混みを掻き分け、電車から降りた。

 

 

 えーと、どこまで考えたんだっけ…?

 

 

 首を傾げながら改札へ向かっていると、突然、背後から肩を叩かれた。

 

 

「はーるー!!!」

「わっ!? 何だ、奈々海かー…」

「何だって酷いなぁ。おはよ!」

「おはよ」

 

 肩に手を置いたまま横に並んだ奈々海は、葉琉の顔を覗き込んだ。

 

「…どした?」

「え? …え、何が?」

「何か、考え事してるよね?」

「えっいや、何も…?」

「もしかして……恋でもした?」

「ち、違う、そんなんじゃない!!」

 

 奈々海はしばらく眉をひそめていたが、何か思いついたのか、突然表情を明るめた。

 

「あ! そう言えばアンタ、あの件はどうなったの?」

「…あの件?」

「ほら、カザハラ君だっけ。正体は分かった?」

「あぁ、あれはまぁ、何というか……私の思い違いだったっぽいんだよね」

「え、えぇー…?」

「まあ…そういうことで、あの件についてはもう忘れて」

「はぁー…?」

 

 

 駅前の広場は、人々でどよめいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 驚きの余り、悲鳴が喉元で止まってしまった。

 

 放課後。

 文芸部室のドアを開けた葉琉の目の前には、昨日と同じ光景があったのだ。

 

「こんにちは」

 

 葉琉を驚かせた張本人は、本から目線を上げ、軽く頭を下げた。

 葉琉は大きな溜め息をつく。

 

「ビックリしたぁー…。翔くんかぁ」

「何か気に障ることでもしましたか?」

「いや、そんなことないよ…あっそうそう、小説は読んでくれた?」

 気まずさから逃れるべく、葉琉は慌てて話題をふった。どちらにせよ、気になっていたことだ。

 翔は目線を下ろしたまま、一言こう答えた。

 

「プロローグだけですが」

 

「ホント!? ありがとう! どうだった?」

 

 内心緊張しながら問いかけると、翔は数秒黙り込んだあと、一冊のノートを取り出した。葉琉があの物語を執筆しているノートとは、色も大きさも違う。


「…?」

 葉琉は眉をひそめた。

 翔はそのままそのノートを机上に置き、表紙をめくった。そして、一行目に書かれた文字を指差す。

 


「走行距離約80キロ、まずは電車で仁賀ヶ原駅まで行って、そこからタクシーで30分」

 


「……はい?」

 あまりにも唐突な出来事に、葉琉は目をぱちくりさせた。翔は、構わずに文字を読み進める。

 

「仁賀ヶ原駅で俺の親戚と合流して、そこからはそいつに案内を任せます」

「いや、あのさ…どういうこと?」

「駅からサービスエリアに向かうんです。そこからは、先輩の記憶を頼りに歩きます。親戚は高1の女子ですが、あの辺りの地形をよく知っているので問題ありません」

 

 ノートの紙面には、駅からサービスエリアへ行くまでの計画が丁寧にまとめられていた。

 

 

 まさか。

 

 

「……まさか、私の小説と同じ場所に行くつもりなの…?」

 

 翔は珍しく、はっきりと首を縦に振った。

 

「はい」

 

 葉琉は息を詰まらせた。翔は表情を崩さない。

 

「先輩の記憶を辿っていけば、フレンズに会えるかもしれません」

 

「えっ…?」

「大人は何も教えてくれませんが、フレンズはきっと火山の麓にいるはずです」

「そ、そうなの…?」

 信じ難い言葉に、葉琉は驚きと喜びを隠せなかった。

 

 理由は全く分からないが。

 

 自分の過去を、フレンズを、理解してくれる人物がやっと現れた。

 

 

 ホントにいるの? と、言いかけた瞬間、部室のドアが勢い良く開いた。

 


「わっ!?」

 葉琉は素っ頓狂な声を上げた。翔はなお、表情を変えずにドアの向こうに立つ人物を見上げた。

 

「えっ──」

 

 彼女はその人物を見た瞬間、硬直した。

 

 金髪パーマに片耳ピアス。ボタンが全て開いた学ランの下には、白いシャツと金のネックレスが身につけられていた。

 

 そして右手には、竹刀が持たれている。

 

 まずい。

 そう言えば、剣道部にはこいつがいたんだった…!

 

 まさか、翔くんに目をつけてるのってこいつ…!?

 

 葉琉は一瞬の間に頭をフル回転させ、どうすべきかを考えた。

 先生を呼ぶ? 2人を置いて逃げる? 外に出てもらう…?

 

 そうこう考えている内に、その生徒は口を開いた。

 

「おいヒロ、まだ勝負がついてねぇだろ」

 

 あーヤバいヤバい、どうしよう!?

 

 頭をかかえて考え込んでいると、その生徒は葉琉をギロりと睨んだ。

 

「…っ!」

 

 葉琉は息を止める。何か言ってくるのかと思いきや、その生徒は少し驚いた様子で彼女を見ると、すぐに目線を翔に戻した。

 葉琉は首を傾げたが、すぐに今後の不安に切り替わった。この後何が起こるのか、文芸部はどうなってしまうのか、不安で頭がパンクしそうになる。

 

「俺は、これ以上相手はしません。帰ってください」

 

 さすがに不良生徒には屈するのかと思いきや、翔は声のトーンを全く変えなかった。

 生徒は眉をひそめる。葉琉は口をへの字にした。

 

「ナメてんのかお前…? とっとと格技場来いよ」

「舐めていません。もう、剣道はやり切りました」

「やり切っただぁ? そんなの関係ねぇだろ!」

 

 翔に一喝する生徒を見ながら、葉琉は剣道部の顧問の言葉を思い出した。

 

“不良達が一方的に仕掛けて、ズタボロに負かされた”

 

 葉琉は、横目に生徒の名札を見た。

 

 3年生の学年カラーである青いラインの下に、“望月 叶人” と書かれている。

 

 やっぱりそうだ。彼女は確信した。

 お願いだから、これ以上変なことは言わないで素直に謝って…!

 葉琉はそう願ったが、翔に折れる様子はなかった。

 

「関係あります。もう諦めてください」

 


 あーバカバカ、それ以上やめてって…!

 と、思った瞬間、葉琉は顔を上げた。

 

 竹刀を振り回すのかと思いきや、叶人は机上に広げられたノートをまじまじと見つめていた。その表情に怒りはなく、目を細めて睨むように読んでいる。

 

「…仁賀……サービスエリア……?」

 

「あっいや、これは、その」

 ノートの持ち主でもないのに、葉琉は慌てて紙の上に被さった。

 叶人は、彼女を疑いのこもった目で見る。

「…何だよ、それ」

 葉琉が言葉に詰まっていると、翔が平然と答えた。

「俺と葉琉先輩で、ちょっと旅行に行くんです」

「…旅行?」

「はい、仁賀村へ」

 睨まれても動じない翔に恐怖すら覚えながらも、葉琉はゆっくりと起き上がった。

「へー、何しに行くんだよ?」

「旅行です」

「りょ、旅行って、どんな旅行なんだよ」

 心無しか、叶人の表情に焦りが見える。

 何か悪いことでもあるのだろうか?

 翔がどう誤魔化すのか様子を見ていると、彼は思いがけない発言をした。

 

 

 



「フレンズを、探しに行くんです」

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