第50話  もはや伝説や神話の類い

 辺りはすっかり暗くなっていた。

 馬車を降りた俺は、いつものパブのドアを開けた。

 アイパッチのマスターは、ランプの灯る薄暗いカウンターの中で、座って本を読んでいた。


「邪魔するよ」

 俺はスツールに腰掛けた。

「エール一杯。あと、なんか食べる物」

 マスターは静かに動きだし、まずエールとピクルスが一皿出てきた。


 美味い。最高に美味いエール。このすっきりとした喉越し、苦みの中にある爽やかな香り。もうこれだけでいいや。あとはなんにもいらない。マグナス卿もクルップもどうでもいいや。

 今夜はここで酔おう。

 なにもかも忘れて。


「やあ、待たせたね」

 ドアのベルが鳴り、颯爽と夜の闇を纏ってマグナス卿が這入ってきた。

 早い。

 来るの早過ぎやしませんか。

 俺はまだ心の解放の入り口にしか立ってないんすけど。


「なんだ、ピクルスしか食べてないのか。マスター、ワインと、あとなにか元気が出る食べ物を」

 結構みんな微妙な注文の仕方すんのね。俺だけじゃなかった。ていうかマスターよくそんな注文受けるよな。俺だったら店のグラス全部割り散らかしているかも。

 乾杯をして、チーズ、野菜と豚肉の塩茹で、ミートパイがカウンターに並んだ。


「さて、心も体も満たされてきたかい?」

 え、なに。俺、口説かれてんの?

「どちらも荒んでいたら、これからする話しには、ついてこれないかもしれないからね」

 え、怖い怖い怖い。やっぱいいや。聞かなくていいや。もうなにも無かったことにしたい。

「まずは私のことなんだけれど・・・」

「ヴァンパイアではなかったんすよね。ま、これは俺が勝手に勘違いしてたんだけど」

「勘違いしていたのは知っていたよ。ただ、誤解している君を見て楽しんではいたがね」

 この人ホント性格悪いよな。

 ん? 人じゃないんだっけ? 今更だけど。


「そう、私の正体なんだけれど、君も噂くらい聞いたことあるんじゃないのなか。『イモータル』という存在を」


 イモータル!

 噂なんてものじゃない。もはや伝説や神話の類いだ。そんなもの、誰も本当に存在しているなんて思っちゃいないだろ。


 世界には、完全なる不死に辿り着いた者たちがいるという。その者らを『イモータル』と呼ぶ。


「ま、まさか、ホントにあの『イモータル』だっていうのか?」

 にわかには信じがたいが、確かに驚異的な能力を見れば、あながち冗談でもないと思えてしまう。

 人の生命力を直接吸い出し、半端者ではあるが写真記憶能力者を遥かに凌ぐ魔術、片手で森をひっくり返す身体能力、どれもあり得ない程の域だ。


「私の知る限り、七人が存在する」

「七人⁉ あんたみたいなのが、この世に七人も存在するのかよ」

「私も含めてね」

 一人で十分だよ。


「その一人が、クルップの裏にいる、ザラツシュトラな訳さ」

 そういえば、さっきそんなこといってたよな。

「じゃあ、単刀直入に訊きますが、今回の件で、あんたたちの役回りはなんだったんすか?」

 いろいろ知りたいことはあるが、それが一番気になってたんだよね。

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