第30話  不老不死探偵の助手 其の拾壱

 高い天井から電球がぶら下がり、室内を照らしている。目の前には金属製の台が二つあって、それぞれに革で出来た拘束具のような物がついている。壁際にはいろんな器具や薬品や標本が収納された棚が並び、水道付きの流しもあった。

 おい、ここはなんかの実験室か? と宇良に訊こうとしたら、奥の方から声が聞こえてきた。


「・・・んだ! おまえならで・・・」


 おれたちは思わず身を屈め、建物の奥の様子をうかがった。

 金属製の台の向こう側には、大きなガラス瓶のような円筒形の容器が幾つも立ち並んでいる。

 おれは宇良に目で合図をして、声のする方へ素早く前進した。

 一番手前のガラス容器の裏に身を潜め、そっと顔を半分覗かせてみる。

 何本か並ぶガラス容器の先に、憎き髭ジジイと、ホテルで見た女の子が居た。


「さあ、やれ! 美良。すべては揃った。ようやくクルップ社からエリクシルを買い付けたんだ。その分の働きはしてもらうぞ。今度こそ失敗は許されん」


「嫌です。もうしたくはありません。もう誰も殺したくない」


「まだそんなことを言っているのか。これもすべて御国のためなのだ。そして成功の暁にはこの国に桃雛家在りと知らしめ、再びスメラギ様直下の家臣となるのだ」


「下らない。そんなことに興味はありません。どうか目を覚まして、叔父様」


「何度も言わせるな。お前の弟は私が預かっているのだぞ? 弟の自由はお前次第なのだ。生かすも殺すも・・・」


「また! またそうやって命をもてあそぶのですか⁉」


 隣にいる宇良が、咄嗟に二人のところへ飛び出そうとしたので思いとどまらせた。

「あれが姉ちゃんなんだろ? そしておまえが囚われの弟。で、この状況はいったいどうなってんだ?」

「美良の異能は教えたろ?」宇良はためらいがちにいった。「姉さんの力は、生物の体に作用する。生物そのもののカタチや在り方すら変えてしまう。叔父はその能力を使って、僕たち姉弟のように血で受け継がれていく異能を、他の人間に移す実験をしているのさ」


「そんなこと出来るのか⁉」


「ああ。だけど今まで姉の能力が未熟だったのか、実験は失敗してきた。そこで叔父は外国から実験の助けになるなにか特別な物を仕入れたらしいんだ。そして今、その実験をやろうとしている」


 おれは髭オヤジと美良に視線を向けた。二人の前には大きなガラス容器。中はうっすら色のついた液体で満たされ、二人の裸の人間が浮かんでいる。宇良がいうには仮死状態になっているらしい。


「おい、実験に失敗したって、失敗したらどうなるんだ?」

 おれは小声で宇良に訊いた。

「被験者は人のカタチを保てなくなって・・・」

 つまり最終的には死んでしまうってことか。

「そんなことを、おまえの姉ちゃんは強要されていたのか」


 なんてこったい。

 これは許せねー。絶対に許せねー。

 いったいおれたちをなんだと思ってるんだ。道具じゃねーんだぞ。


「おい、宇良。決めたぜ」

「え?」

「これからおまえの姉ぇちゃんを奪還する」

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