第12話  回る回るよ世界は回る

 四百年かけて、アジアやヨーロッパ、アフリカを渡り歩き、アメリカからようやく日本に戻ってきて、文字通り世界一周をしてきた俺だが、久しぶりに不死の体になる前の夢をみた。


 騎乗し、戦場を縦横に駆け、人殺しに明け暮れ、最後には腹心の部下に裏切られた人間としての人生。


 俺はベッドから体を起こし、嫌な気持ちで目を覚ました。

 ちっ、酒も飲んでねぇのに気分が悪いぜ。

 ん? そういえば恐らく既に昼は過ぎているはずなのに、あのちんちくりんは起こしに来ねぇな。ま、昨夜は徹夜しかけてたみてぇだし、仕方ねぇか。

 よし、許す。


 俺は着物に綿入れを羽織り、十一月の乾いた風が吹く中、湯屋へと向かった。

 湯船に浸かって、昨夜の悪臭が残っていないかと体を入念に洗った。いやいやデカイ風呂で体をほぐすのは癒しの極みだね。その内箱根の温泉にでも行ってみるか。

 じっくりくつろいだその後は、脱衣所で朝刊を読み、家に戻った。

 さて、身支度を整え、飯を食いに外へ再び出た。行くとこは決まってるんだけどな。


 俺は昨日も訪れた英国風パブへ足を運んだ。腹ごなしついでに、マグナス卿に会えればなっていうことだ。

 ドアの鐘を鳴らして店に這入ると、重厚なオーク材のカウンター席に座り、白身魚のフライとたっぷりのタルタルソースとマスタードをパンに挟んでもらった。


「もうマグナス卿は来たかい?」

 特製サンドウィッチをエールで流し込みながら、マスターに訊いた。

「いや」

「あ、そう」

 あのお方も毎日ここに来てる訳じゃないだろうしな。今日は会えないかなー。

 ふむ、どうしたものか。思案していると、店のドアが勢い良く開いて、大きく鐘が鳴った。


「あの! ここにトキジクさんて居るかい?」


 下駄を鳴らして慌ただしく這入ってきたのは中学生くらいのガキだった。しかし店の中が余りにも西洋風だったからか、それともカウンターの中にいるマスターがアイパッチをした白人だったからか、ガキは目を丸くして立ち止った。

「どうした坊主、そのトキジクさんて奴に何か用か?」

 俺はエールのグラスをカウンターに置いて、ガキに訊いた。

「あんたがトキジクさんかい?」

「そうだよ」

「じゃあ、これを」

 ガキは懐から手紙を取り出し、俺に手渡した。


 深紅の蠟で封がしてある。この紋章はマグナス卿のだ。


「おう、坊主。ご苦労だったな」

 そう言ってガキに小銭をくれてやった。

「毎度!」

 這入ってきた時と同じように下駄を踏み鳴らし、慌ただしくガキんちょは出て行った。


「たく、忙しいねぇ」

 俺は溜息をついた。

 マスターは我関せずといった感じで、カウンターの中で椅子に座り、本を読み始めた。

 しかしなんでガキを遣いにして手紙なんて届けさせたんかなー。まぁ何事につけても回りくどいあの伯爵らしいっていったらそうなんだけど、なんつーか、徹底してるよなぁ。

 あ、もしかして俺に会いたくないんじゃないのか? 仕事代払いたくないから。いやしかし、まだ何も解決してないからそれはないか。


 俺は面倒臭く思いながら適当に手紙の封を開けた。

「ねぇマスター。マグナス卿からの手紙、中身なんだったと思います?」

「さぁ」

 マスターは本から顔も上げずに答えた。


「招待状っすよ。帝国ホテルでの舞踏会」


 ようやく関心を示したマスターは顔を上げ、バカにしたようにニヤリと笑った。

「衣装貸そうか?」

「いらねぇっす。お城のパーティーじゃあるまいし」

「ま、折角の伯爵のご招待だ。楽しんでくればいい」

「マスター、絶対俺がなんか恥かくの期待してるでしょ?」

「そんなことはないよ」

「顔に出てますよ」

「バレたかい?」

「いや、そこは隠しましょうよ」

「君が素敵なパートナーに出会って、くるくる回り踊る姿が目に浮かぶよう」

「へいへい」


 はぁ、回りくどい。増々話を面倒なことにしてくれたもんだ。これ、わざとだな。一番面白がってるのは、マグナス卿に決まってる。

「マスター、エールおかわり」

 畜生、飲まなきゃやってられないぜ。

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