第7話  危険なので安全な場所へ

 こいつ、ドイツの軍人か? それがなんで魚人間を殺しに来た? まぁ俺たちがドイツ語わからないと思って独り言呟いてたみてーだが、どっこい俺様はドイツ語わかるんだよね。


 志願してきた? 手応えがない? 聞いていた以上に臭い?


 命令系統が存在する組織に属していて、事前に魚人間の情報を知り得る立場にいた。ひょっとしたら魚人間の正体やなんやかんやまで知っているのかもしれない。

 これにはドイツ国が絡んでる。しかしいくら欧州の雄でも単独で他所の国で好き勝手出来ないだろう。皇国政府はどこまで関係しているだ? あるいは・・・。


『面倒だから、ついでに切ってしまおうか』

 軍人は笑った。しかし鋭い眼光は本気だ。

「ワン公、来るぞ」

 俺は背後の犬書生に警戒を発し、自分も臨戦態勢に入った。

 しっかりテメーのご主人を護ってろよ!

 そんでもってこういう時は迷ってられない。

 先手必勝!


「一番」


 俺はそう口にして、右手の中に四十五口径のコルト・シングルアクション・アーミー、通称ピースメーカーを出現させ、躊躇なく撃った。


 俺の両掌には魔法陣、皇国流に言えば術式が彫り込んである。それらが神保町の骨董屋の地下に並んでいる武器の魔法陣と連結していて、発動させれば俺の手元に瞬時に出現するって寸法だ。


 動き出しを狙った上に、丸腰だと思っていたのにいきなり拳銃を出されたからには、いくら尋常でない速さで動くドイツ軍人でも避けきれなかった。

 銃弾は左肩に命中。

 血飛沫を上げ、撃たれた勢いでドイツ野郎は態勢を崩し、後方に倒れ込んだ。


「ざまぁねえな」

 俺は銃で狙いを定めたままでいた。

 こいつはこんなモンでやられるタマじゃねぇ。

「えっ、銃? 銃を撃ったんですか⁉」

 眼鏡の坊ちゃんが素っ頓狂な声を上げた。

「先生、見てはいけません」

「殺すことはなかったんじゃないですか⁉」

「うるせぇ、騒ぐんじゃねぇ。こんなんで死ぬかよ」

 案の定ドイツ野郎は、苦悶の呻き声を漏らしながら、肩の傷口を抑え、起き上がったってきた。


『よくもよくもよくもこのクソどもがぁぁぁぁぁ!』

「なって言ってるんです?」

 天然の眼鏡先生が訊いてきた。この状況でよくもまぁ。

「ああ、今夜はケツまくってもう寝るってさ」

「全然そんなふうに見えないんですけど⁉」

「だろうな」

「先生、危険です。後はこの金太郎に任せましょう」

「おいワン公! 段々適当になってきてるぞ⁉ 俺の呼び方!」


 そんなやり取りをしている間に、ドイツ野郎は狂気を帯びた顔で立ち上がった。口角からは白い泡を吹き、こめかみ辺りからは雄牛の角のような突起物が生え、元々筋骨隆々だった体も二倍くらいに膨れ上がった。


「お、鬼だ・・・」


 眼鏡先生が呆然と言葉を漏らした。

「西洋風に言えば、悪魔だな」

 いやはやまったく、これまた面倒臭ぇのが国に入り込んでやがったぜ。

 こいつは不本意ながらワン公にも手伝ってもらおうかね。

 その旨を本人に伝えようと思ったら、言わずもがな、ちゃんと理解していたらしい。この現状の危険さを。

 ワン公こと書生の犬八は、主人である眼鏡先生の体を両手で抱えると「先生、危ない!」と叫んで、あろうことか堀へと放り投げた。

「わっ、犬八!」

 声と共に眼鏡先生の姿は堀の下の闇へと消え、続いて大きな水音が聞こえた。

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