第10話 『真』違和感

「ねぇ、もしもうすぐ死ぬとしたら何したい?」

「特にはないが、しいていえばありったけの酒を飲んで酔うことかな。酔いながら死ねたらいい」

「残念な人生ね、私はリノンに行きたいわ」

「とても神秘的なところらしいね、なんかの雑誌に書いてあったのを見たよ」

「そうなの、行ったことはないけれど写真はいろいろとみたわ、写真を見ただけで鳥肌が立つくらいだから実物を見たらどうなっちゃうのかしら」

「そういえばオルターは元気か?」


オルターはシエラの夫でよくお酒を飲む仲だった。

またとても明快な人物でジョークを得意としていた。

残念なことに最近は仕事が忙しいのかめっきり会わなくなってしまった。


「ええ、元気すぎるくらいよ。流石に今日は何か起こったらすぐに対応できるようにって家でお留守番してもらってるけど」


彼女は何かをごまかすようにグラスを手に取り眺めながら言った。


「対応できるようにって何かあったのか?」

「何かって地震よ、地震、あなた怖くないの?」


私はとても不思議に思った。

最近感じた地震など何年も前のことだしそこまで大きなものではなかった。



「そこまで警戒する必要はないんじゃないか?最近起こったわけでもないんだし」


彼女はそれを聞くと唖然とし驚いたように


「本気で言ってるの?ここ数週間で何十回もあったのよ。それに昨日のは都心の窓ガラスが割れるほどだったし。ここら辺も震源からいくら遠いとはいえわりかし揺れたはずよ」


昨日私はカナンの家にいて記憶がないため覚えていないのも不思議ではないが、それでも数週間で何十回も起こっている地震を一度も感じないのは流石におかしいと思った。


「奇妙なこともあるもんだな、ところで君は今こんなところに居てたらまずいんじゃないのか?」

「大丈夫よ、私の地区は震源からだいぶ離れているし、区長がたまたま改革好きで、その中に地震対策があったおかげで全くと言っていいほど被害をうけなかったの。確かに夫を残してくるのは少し不安ではあったけれどあなたとのせっかくの会食を無駄にするほどじゃないと思ってね」

「一友人として嬉しく思うが、夫より私を優先するのは感心しないなあ。本当なら今すぐにでも君を家に帰すべきなのだろうけど…でもどうせ今帰路についてもひどい渋滞に巻き込まれてしまうだろうしなぁ」


私の言葉は彼女ともっとしゃべりたいという思いと早く帰さなくてはならないという二つの矛盾した考えが対立し、結局結論を出さないままの曖昧な忠告となった。

そんな私の甘いところを喜々としてつけこみ忘れるほど柔和な性格をしていなかった。


「今はそんなことを考えずに楽しみましょ、めったに会えないのだし」

「ああ確かにな」


なんやかんや言って最終的には彼女の考えに賛同することにした。

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真と核 神山 寝小 @N_Kamiyama

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