ⅩⅩⅨ   同じ理由

 イリスは淡々とした口調で語る。その意図が掴めず、ロビンは戸惑いの表情を浮かべた。彼女は構わず続ける。

「その子が十二歳の時、父が亡くなりました。母も体を壊し、兄弟は引き裂かれて少女はひとり養子に出された。やがて母も亡くなったと報せを受けて……守ってくれる手をすべて失ったと知り、孤独に耐えきれなくなった時、彼女は自分の手でその長い髪を切りました。自分の力だけで、強く生きることを決意して。」

「その女の子が……イリスなんだね。」

 彼女はそれを否定も肯定もしなかったが、ロビンの方を見て少しだけ微笑んだ。身を守るために自らを偽った少女。それは、ロビンの良く知るもう一人の姿にも重なった。

「似ているんですよ、僕とノエル様は。まあ僕は命の危険があった訳ではないので、事情はかなり違いますが。でも要は同じこと、生きるために偽りの鎧を身に纏った。僕はあの時誓いました。強くなろうと。運命に負けないくらい、強く。」

「……ごめん。」

 思わず口をついて出た。イリスはちょっと驚いた顔をし、笑顔を見せて首を横に振った。

「謝る必要などありません。僕は今幸せだし、兄弟も生きていて、ちゃんと会えました。ほら。」

 そう言って彼女は胸元のペンダントをロビンに見せた。さっきマーヤの手に握らせていた、小さな十字架だった。

「兄弟でお揃いなんです。離れていても、これが絆を感じさせてくれる。」

 イリスの笑顔は、過去の苦しみなど欠片も匂わせないほど明るく輝いていた。

 そしてイリスは優しく少年の顔を覗き込み、低く囁いた。

「このこと、誰にも言わないでいただけますか。僕たちだけの秘密です。」

 もう男性のフリをしている時の低い声に戻っている。ロビンは頷き、尋ねた。

「誰にも打ち明けていないの?」

「ええ、自分からは誰にも。このことを見抜いたのは、あなたが二人目です。」

 小さく微笑む。ロビンはちょっと考え込みながら曖昧に頷いた。

「僕、先に行くね。なんだかノエルが心配になってきた。」

 きっと話のどこかで連想したのだろう。イリスは頷き、駆けていく少年の後姿を見送った。

 その姿が完全に見えなくなった時、イリスの表情が不意に曇った。ペンダントをじっと見つめ、それを胸元に押しつけるように握りしめる。何故か苦しそうな呟きがもれた。

「兄さん……。」

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