ⅩⅦ    再会の涙

 勝手口が遠慮がちに三度叩かれた音に、物思いに沈んでいたマーヤはふと我に返った。それと同時に一人息子のエディや養い子のロビンが不安げな目でこちらを見ているのにも気付き、彼女は何でもないから心配しないでというように笑顔を浮かべてみせる。

「はい、どちら様?」

 明るい声で扉の外に声をかけると、待ちに待っていた声が返ってきた。

「俺。ノエルだよ。帰るの遅くなってごめん、マーヤ。」

「ノエル!」

 その声を聞いた瞬間マーヤは弾かれたように立ち上がり、勝手口に駆け寄った。

「ノエル、あんたって子は! 心配したのよ。何か……」

 扉を開けた瞬間、何かあったの? と尋ねようとしたマーヤの言葉が途切れた。息を呑んで立ち竦む彼女に、何事かと二人の少年たちも寄ってくる。そして、驚きの声を上げた。

「ノエル!? その格好……!」

 マント姿のすらりとした騎士を従えた少女。ゆるやかに波打つ髪を肩にたらし、瞳の色に合った上品な深い緑のドレスをまとったその令嬢の顔は、紛れもなく彼らの知る〈少年ノエル〉と同じだった。唖然として口もきけずにいる少年たちを家の中に押し込むようにして、ノエルと騎士は勝手口を閉めた。

 と、少年たちと同じく呆然とした様子だったマーヤが震える声で呟いた。

「ノエル……お嬢様……。」

「え?」

 彼女の言葉に、ノエルも少年たちも驚いて目を見張る。マーヤはそのまま泣き崩れて、小柄なノエルの体を抱き締めた。それに騎士イリスが優しくかけた言葉に、ノエルはますます驚かされた。

「ご無沙汰いたしておりました、ブルダリアス夫人……マヤ=ブルダリアス様。」

「え!?」

 マーヤはゆっくりと顔を上げると、青く澄んだ瞳に涙を湛えて微笑んだ。

「その名を口にしてはいけませんわ、騎士様。そんな名前、過去のものです。しかし、その名を覚えている者がいないとは限りませんもの。私は、貴族様とは何の関わりもない裏路地の貧しいお針子です。」

「……左様でございました。申し訳ありません、マーヤ殿。」

 イリスは恭しく頭を下げると、ノエルの耳元に囁きかけた。

「お嬢様、ここからは〈御家族〉水入らずでお話しになった方が良いでしょう。僕はお約束の通り、この扉のすぐ外におります。何かあったらお声掛け下さい。」

「う、うん。ありがとうイリス。」

 ノエルの背後で扉が軽い音を立てて閉じた後も、四人は暫しそのまま動けずにいた。

「……知って、いたの?」

 最初に口を開いたのは、ノエルだった。

「マーヤ、知っていたの? あたしの事……あたしが、貴族の娘だって事。どうして? あたし自身、今日まで知らなかったのに。」

 ノエルはそっと、両手で顔を覆うマーヤの肩に優しく手を置く。そして少し震える声で囁いた。

「ねえマーヤ……いえ、マヤ=ブルダリアス。あなたは何者なの?」

「お許しくださいませ、ノエルお嬢様。」

 マーヤは涙を拭うと、改まってノエルの前にひざまずいた。

「私の口から、今それをお話しすることは出来ないのです。でも、お嬢様がご自身のことを全てお知りになった時、きっと私の事もお伝えすることが出来ましょう。」

「本当ね? それなら、仕方ないわね……。まったく、教えてもらえないことが多すぎて、何が分からないのか分からなくなりそうだわ。」

 冗談まじりに言ってため息を吐くノエルに、マーヤは少し笑いかける。我慢できなくなったロビンが叫んだ。

「ちょっと待ってよ! 僕たちには何が何だか……。ノエル兄が、お嬢様だって? 最初から全部説明してよ!」

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