ⅩⅥ    運命の選択

「それでも俺はやっぱり、本当のことが知りたい。教えてくれ。」

「では……」

 口を開きかけたオニキス。だがノエルは即座に、今までとがらりと違う口調でそれを遮った。

「ただ、少しだけ時間を頂戴。一度だけあの家に戻りたいの。戻って、マーヤ達だけにでもあたし自身の口から言いたいことがあるの。もちろん危険は承知よ。」

 この申し出は、オニキスにとって少々意外だったらしい。また唐突に言葉遣いが変わったのにも戸惑っている様子で、彼は目を見開いてノエルの顔を見つめた。しかし瞬間、全てを察した。彼女の強い視線は揺らがず、心にもう迷いはないのが見て取れた。ノエルはこれからあの裏路地の家で何があろうと、本当の家族の元に戻って令嬢として生きることを決心していたのだ。オニキスは考え考えゆっくりと頷いた。

「分かりました。お嬢様のお望みの通りに致しましょう。」

「ありがとう。」

 オニキスは扉の外の召使に何か指示を出すと、てきぱきと手筈を整えていく。

「早い方が良いでしょう。真実をお伝えするとなれば、私はまた主のもとへ行かなくてはなりません。ガーネットも一緒に来ておくれ。お嬢様はイリス、君がマーヤ様のお宅までお連れしてくれ。」

「もちろんお供致しますわ、お兄様。」

「任せてくれオニキス。お嬢様の事は、我が命に代えてもお守り致します。」

 二人はしっかりと頭を下げると、それぞれの支度に一度部屋を出て行った。

「ところでお嬢様、もう一度お召替えなさいますか?」

 しばらくして戻って来たイリスが尋ねた時、ノエルはやることもないので邪魔にならないよう大人しくお茶を飲んでいた。

「着替え? どうして?」

「そのお姿であの場所に戻られては、養母殿も義兄弟きょうだい君達もきっと驚かれましょう。それに、あのような場所にはこの服装は不釣合いで、目立ちます。」

 その言葉にノエルは暫し考えたが、ゆっくりと首を横に振った。何を企んでいるのか、悪戯を思い付いた子供のようにちょっと楽しそうに笑う。

「いい、このまま行く。目立つのは上からマントでも何でも着て誤魔化せないかな? 彼らをビックリさせてやるのも悪くない。それに……」

 ノエルは一度言葉を切ると、ふと目を伏せて呟くように言った。

「もとの服であそこに戻ったりしたら……馴染みすぎてしまって、やっぱりあそこでそのまま暮らしたくなってしまいそうだよ。」

「……お嬢様がそうおっしゃるのでしたら。」

 その数十分後。ノエルはドレスを長いマントで隠し、同じようなマントを羽織ったイリスを従えて、決して短くない時を過ごした小さな家の勝手口の扉を叩いた。

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