ⅰ. 影を嫌う女

 この人生きてて楽しいのって思う時がある。


 小学校にも中学校にも高校にもいた、こんな奴。こういう奴らは学校では、いつも淘汰さ(ハブら)れる側にいたような気がする。

 あたしがこういう奴らを相手にした覚えなんてない。てかそいつらいた事憶えてない。だって存在感皆無だったじゃん。

「えー誰だっけそれ。憶えてなーい」

「あははー。さすがマリカ。はっくじょー」

 スカートは膝丈。もれなくタクアンリボン付のダサいブレザー。生徒だけでなく保護者にさえ「これはちょっと・・・」と言わせる制服。それを何も言わずどころか、きっちり着るロボットみたいなありし日のあたしのドウキュウセイ。

 それをかわいそうと言う親たち。だからあたしの感覚センスは間違ってない。ただ、あたしはそういう奴らをかわいそうと思わなかっただけ。あたしだって強制されてるのに、どうして同情しないといけないのよ。

 肩につかない長さの黒髪。染髪・パーマ・化粧は禁止。バイトも禁止。お酒もタバコも当然禁止。

 でも実際社会に出たら、それを実行してる奴はお堅いを通り越して気持ち悪い天然記念物だ。学校では空気で済むかもしれないけど、社会からは異端の目で見られる。

 敬虔でおとなしく、真面目。別にいいんじゃない?どっちにしろあたしとは別の世界で生きてる。誰とも違う世界で生きてたりしてね。時代に合わなすぎて、順応性なくて、ニーズに応えてないんだよ、そういう奴って大体。お勉強もいいけどねぇ。


「もうすぐ1年なんだってよー、あの子死んで」


 あたしは19歳を謳歌していた。18(こども)で死んだその子を置いて。二十歳という大人の世界に向かって、空白の季節を悠々と回遊およいでいた。





 年齢確認なんていちいちしない。19, 20の些細な違いが見た目で分かるハズもない。バイト後、中学時代に仲良かった子と画策した合コンに行ってお酒を飲んだ。ぶっちゃけ、酒を飲んで奢ってもらった記憶しか無い。何が楽しくて生きてるんだろうというくらい、皆ノリが悪かった。約一名やけにうるさい男がいたけど、それは今回一緒に行った同級生の幼なじみでいわば共犯だから、自分を引き立てるために無難なメンバーでも選んだんだろう。あー、興ざめ。

 男性陣と解散し、共犯二人とも別れた後で、一番仲の良かった律子リッコと酔いたいねって話になって、飲み直す事にした。男たちが全然飲めなかったから酔うどころじゃないし、そもそも全然飲む量が足りない。

 せっかくだからおしゃれなお店にしようとか、本物のカクテルを出してくれるお店にしようとかワイワイ騒ぎながら夜の街を歩く。

「ねぇちゃんねぇちゃん、飲み放題つき。安くしとくよ」

「それよりこちらへようこそ!お嬢様。このナツメが誠意を尽くしてお嬢様がたをご奉仕させていただきます!」

「えーなにそれぇー」

 ニコニコ笑って返してやるけど、キモいんだよお前!執事喫茶でオタ女でも接待してろ!

 そっちの居酒屋のカレの方がよっぽどファインプレーしてんだよ!

「ね、じゃあ、こっちは?」

「えー?」

 活気のある夜の街。嫌な(昼間での)ことなんて全部忘れて遊ぶ事にだけ集中できる。皆きっと無意識ながらにそう思ってて、どんなにシガナイ薄給重労働の人でも、それなりにキラキラして魅力的だよ。

 そうやってワイワイやってたら、横断歩道の向こう側からこっちへ来る“影”が目に入った。

(うわっ、何あれ)

“影”とか“闇”とかいう表現が本当にふさわしい。むしろ幽霊?葬式帰りのように真っ黒のスーツを着た人間が、仏頂面でひたすら道を歩いてる。男か女かは正直判断しにくかったけど、すぐ近くまで迫ってきた時、身長があたしより少し低くて女だとわかった。

「KYくない?あれ」

「ねー。リッコもそー思うー?」

 マジ何。楽しむために皆が来るこの街に、重苦しい空気をまき散らすこの影。葬式ひるまの悲しみを歓楽よるの街にまで引きずる空気の読めなさ。大体、葬式あった日に夜遊ぼうとする神経が信じらんない。死んだ人がかわいそうだよ。

 世界の不幸を一人で背負ってるような顔とかやめてよ。空気嫁。


 パッチリデカ目に明るい色のゆるふわカール。ネオン街によく合ってる。けどネオンの灯りに消されてない。このネオンにむしろ映える絶妙なファッションで他にもいろんな男に声をかけられた。飲みにも誘われたけど、年の近い男なんて居酒屋くらいしか出せるお金は持ってない。かといってオジサンは嫌。援交みたいだし。

「あたしたち、美味しーお酒飲みたいんですぅ」

「どっかオススメのバーとかありませんかぁ?」

「おすすめぇー?あるであるでー。オレも今から行くとこやったさかい、一緒に行くけー?」

 ヒョロリと高い背。ベタな関西弁。絶対、お前関西出身じゃないだろ。でも、話してて何となく楽しいし、この人既にデキあがってるみたいで、頬は赤いし、千鳥ちどってる足は拙い。酔うと楽しくなる人なんだな。

「奢ってくれるなら行きますけど(笑)」

 んんー。年齢もちょうどいい感じ。収入の良さも服から感じるし。何よりこの人、着こなしがいいんだよね。おっしゃれ~。

 するとその男の人の向こう側に、誰かを待ってるように立ってる人が目に入った。

「・・・・・・」

 さっき見かけた、黒い礼服の女だ。

 よくバカと言われるけど遠近法くらい知ってる。けど、さっきより遠く離れた所にいるのに、さっきより顔がはっきりと見えた。

 横を通り過ぎた時は気配ゼロだったのに、今はウザいくらいにその存在感を放ってる。

 真面目を絵に書いたような人だった。相変わらず校則守ってますって感じで、成長がないっていうか、何となく人間らしくなかった。人間的な魅力がないっていうの?どんなに素材が良くたって、磨かないと意味がない。

 誰だって、それなりに頑張ってる人でないと評価はしないんだから。

「よし!そうと決まったら、行くでー♪」

「わっ」

 人との出逢いを無下にされてるような気さえして腹を立ててると、後ろから急に肩を組まれて律子とそのままバーに連れて行かれる。

 ・・・・・・このお兄さんの能天気っぷりを見てると、カッカしてたあたしがバカみたい。

 この人は、あたしたちの方を誘ってくれたんだから。

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