終わるための世界

薊未ヨクト(あざみよくと)

終わるための世界

 キュッ。ムキュッ。キュッ。ギュム。

 そんな鳴き砂の声を引き連れて僕らは歩いていた。

 凪いだ海と白い砂の境目に沿って何処までも歩いていた。


 光学迷彩シェルターに囲われた半球体。それが僕らの世界だ。その隔壁の麓にある辺境の村を出発して、一体どのくらい経っただろう。もう思い出せない。

 ぐるりと見渡せば世界の端は遥か遠く。しかしそれらをはっきりと視認できるのは、この世界にはもう何も無いからだ。

 町も人も全て砂と化した。より正確には微細な水晶クォーツの粒子になった。

 かつての繁栄をどれだけ思い重ねようとも、乳白色に覆われた世界はどこまでも均一で、天頂はいつになく高い。それはつまり、終点に近いことを意味している。

 予感と共に踏みしめた足の傍らで、風化した歯車が音も無く砕けた。


「……来る」

 彼女が言った。

 足を止め向き直ると、彼女は泣きそうな顔で柔らかく微笑んだ。

 僕はそれを覆い隠すようにそっと抱きしめた。


 彼女の身体がキュッと鳴く。


 彼女の輪郭がさざめく。


 色素の薄い髪も、頼りない爪先も、痩せた胸も、揺れる瞳も。


 音も無く、両腕を、指の間を、すり抜けて。


 風も無く、それでも微かに震える大気が彼女の存在を削り取っていく。


 無くなっていく。消滅していく。


 淡々と、密やかに。


 虚空を抱いていた腕がだらりと垂れ下がった。

 遺されたのは僕と、小さな砂の山が一つ。

 やがてサラサラと崩れ始める元彼女。それを確認して顔を上げると、いよいよ世界が終わろうとしていた。

 急速に潮が引いていく。……いや、砂になっていく。

 僕はその水際を追って、ついさっきまで海だった場所を渡っていく。

 北へ、そして下へ。

 歩いて、そして流されていく。


 すり鉢状になった斜面を滑り降りていくと、その中心にポツリと小さな穴があった。世界の中心だった。それはサラサラと一定の速度で世界を飲み込み続けていた。

 ……同じだ。何千何百回見ても、同じだ。解りきってはいたけれど。

 軽く深呼吸を挟み、そして僕は口にする。

「ひっくり返して、はじめから」

 刹那、白く弾けた。

 痛みは無く、肉体も精神もバラバラになりながら、僕はゆっくりと暗い穴に吸い込まれていく。


 この世界と僕だけの秘密。

 記憶はフェイク。上映時間300秒の感傷。これが全て。

 あのシェルターの向こう側こそが世界。

 見世物でしかない、終わるためのこの世界。

 僕はその、最後の一粒。ただそれだけなのだ。

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終わるための世界 薊未ヨクト(あざみよくと) @azami_yk

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