3章 妖精繁殖戦略

プロローグ 調査開始

 太陽の光が燦々と降り注ぐ、初夏の日だった。広がるのは青い田園風景。風がさわさわと吹き稲穂が揺れる。田園前の停留所に一台のバスが停まり、そこから一人の女性が降りてきた。黒い長髪を後ろで束ね、眼鏡をかけており、登山用の大きなザックを背負っている。彼女は腕を空へと伸ばして、うーんと伸びをした。青い香りを胸いっぱいに吸い込み、満足そうに微笑みを浮かべる。


「よーし!」


 彼女の目線は田園の向こう――祭季まつりぎ山へと注がれている。


 彼女の名前は柴崎しばさき有理ゆうりという。都内の国立大学に通う大学生だ。彼女は研究のため、野外調査をしに来ていた。彼女の研究対象はヨウセイ。日本でヨウセイを扱っている研究者は少ない。理由の一つとしては発見の難しさが挙げられる。ヨウセイはその警戒心の高さから滅多に人前に姿を現さないため、生態や生息数の調査もほとんど行われていないのだ。


 だが、彼女は持ち前の嗅覚の良さと根気、そして分析力により多くのヨウセイを発見していた。新種と亜種を一種ずつ発見しており、生態についても様々な新事実を報告している。学部生にも関わらず何報もの論文を学術雑誌に掲載しており、ヨウセイ生態の分野においては日本のみならず世界に名を響かせようとしていた。


 そんな彼女が今最も着目しているヨウセイの生息地が、祭季山だった。去年の秋、彼女はこの地でシバヤマヨウセイと形態が非常に似通ったヨウセイを目撃していた。冬も過ぎ、今回はヨウセイを本格的に踏査しようということでやって来たのだ。


「私、やっちゃうからねぇ~!」と、他人が聞けば拍子抜けするような、それでも彼女自身からすればかなり気合の籠った声を出し、彼女は畦道を歩き出す。






 このときの柴崎は、希望に満ちていた。

 だがこの山での調査が原因となり――彼女はヨウセイの研究を止めることになる。

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