第8話 神獣狩り

「ああもう、はぁ~あ。できたできた。あー、めんどくさっ。疲れた疲れた」


「はいはい、どうもありがとさん。ったく、なんなんだよ、嫌なら他を当たるって言ったのに」


 ギルドの二階、ある一室。

 先の戦いでボロボロになっていた学校の制服を、夜見よみが直してくれた。

 彼女が裁縫のスキルを持っていたことを思い出し、景護けいごは断られると思いつつ頼んだら、引き受けてはくれたのだが……。


「う、うるさい。あ、あんたの服を直すなんて、この世界の人に頼んだら、気の毒すぎるだろぉ。それに、れ、れ……」


 投げ渡された制服をキャッチしながら、呆れる。

 こいつは、俺を何扱いしているんだか。


「くふふ、神様から、もらったスキルは便利だ。知識や積み重ねが無くてもなんとなくでできる。……も、もらい損ねたバカもいるみたいだけど。くきゃきゃ」


 いつものように夜見は、レベル1でスキルなしの景護をあおる。

 だが欠伸。


「ふぁ~あ、え?」


「聞けよ!そして悔しがれ!」


「終わったことに、固執してても仕方ないだろ。それより、いつまででも、ギルドの部屋で世話になるわけにもいかん。住む場所探すぞ」


「え?ど、同棲の誘い?わ、私達は学生だ、だ。し、しか……」


ちげえよ。ここで世話になるのは、終わりって話」


 無駄に顔を赤くしている夜見の頭にチョップを入れる。

 今日の髪型は赤髪のボブ。

 これまた、スキルで見た目が、ほぼ自由自在なので元の世界でのボサボサの黒髪をやめ、彼女は異世界デビューにはげんでいる。


「ただいまーっと。あら、二人ともお早いですね」


「お疲れさん」


「お、おかえり。に、二ヶ崎にがさきさん」


 長い黒髪を揺らし、動きのひとつひとつがしなやかな彼女の登場で、生活に必要な物しかない部屋も華やかになる。

 いつもの白銀の鎧ではなく、身体のラインの出る上半身のインナー姿は、目の毒だが、ありがたく拝んでおこう。


「強力なスフィンクスが出たと、救援要請を受けたので駆けつけてみれば、倒された後でした。それで、周囲の捜索、安全の確認そして、倒したのは誰か……」


「よ、夜遅くまでやって、更に早朝も……た、大変……」


「平和と町の皆さんのためですから、大丈夫大丈夫」


 笑顔の二ヶ崎からは、寝不足や疲労といった調子の悪さを感じることはできなかった。

 純粋に、そして生真面目に 宙の祝福シエルレガロへの期待に応えようと振る舞っている。

 それは、彼女本来の物か、それとも環境のせいか……。


「どうしました?国坂クン。そんなに見つめて、今日は情熱的ですね」


「……ん?ああ、二ヶ崎の献身さは、ある種の美しさだと思ってな。目を奪われた。……って冗談だぞ?」


「う~」


 褒められる、おだてられる、お世辞にも弱い彼女は、顔を真っ赤にして、手で覆う。

 隣の夜見の顔が、ゴミを見つけたかのように歪む。

  

「くっさ!国坂景護くっさ!同じ空間にいるの辛いわー」


「じゃあ、ここからは、別行動だな。元気でな」


「では、また月子さん」


「え?ちょ、ちょ、置いてかないで、で、で」


 一人置いていかれそうになり、慌てて出立の準備をする夜見を二ヶ崎が撫でると、借りてきた猫のように大人しくなる。

 いや、人付き合いが不得手な彼女には少々ハードだったか、目を白黒させている。


「ふふふ、冗談ですよ。それで、謁見した結果ですけど、女王様の許可もでましたから、お城で保護してもらえますよ二人とも」


 二ヶ崎はそう言って、雪の結晶が描かれた小さなバッジを二人に配る。

 

「月子さんはこれと、自分の宙の祝福シエルレガロの紋章で問題ないよ。国坂クンは、初めてお城に入る時は、私と一緒じゃないとダメですからね」


 



 ギルドの一階は、やたら人口密度が高かった。

 元々、人の集まる場所ではあるが、用意された机や椅子は全て埋まり、立って談笑している集団も多々ある。

 「神獣狩り」……という言葉が話題の中心なのか、よく耳に入る。


 景護は、宿代と世話になった礼を言うために、受付の美人さんに話しかける。


 

「ミナミさん、依頼で無理言った件と夜見と宿泊の件、ありがとうございました。換金できてないけど、お礼の気持ちで」


 丁寧に下げる頭と一緒に、ウェーブのかかった髪が揺れる。

 そして、仕事モードにきりっとした表情が受付に置かれた物を確認すると、一転する。


「く、国坂様!こんな高価な物、受け取れません。宿屋での宿泊の値段の何倍にもなりますよ」

 

「まあまあ、こんな欠片くらいで大袈裟おおげさな。あと偶然会った職人さんが、これでイヤリング作ってくれたから、ミナミさんどうぞ。俺、付けないですし」


「え?えええ、えええ?」


「似合うと思いますし、守ってくれる効果あるみたいですよ。では、また」


「……」


「……ご、強引な人……」


 自分の要件だけ済まし、言うだけいってそのまま去った景護の後ろ姿を、ミナミはポカンと見送るしかなかった。


 手元に置かれた物を見る。

 輝く宝石の欠片のような物に、しずくを模した、何かが刻まれた小さなイヤリング。

 冒険で役に立つだろうに、あの人は……。


 ぼんやりするミナミの下へ、一人の冒険者が近寄り話しかける。


「ミナミちゃん、本当に神獣狩りの正体知らないの?」


 静かに景護が置いていった物を隠す。


「……依頼として、出されている情報以上のものは提供できません」


「最近、スフィンクス討伐の依頼なんてなかったよね?町付近に偶然現われたそいつを、偶然会った人が倒したってこと?」


「……」


「つれないなぁ。みんな新しいヒーローが知りたいだけなのに」


「……」


「……はいはい、無理に聞いてごめんね。ミナミちゃんも仕事だもんね」


「……分かっていただければ」


 謝りながら、冒険者が去るのを確認すると、改めて宝石とイヤリングを見る。

 スフィンクスの核の欠片。

 あの人が、その強力な魔物を倒したと聞いた時は信じられなかった。 しかし、男は討伐の証拠を持って帰ってきた。

 素材としても、魔力の資源としても貴重なこれを、こんな風に扱うのか。

 分からない。

 でも、……。

 ミナミの心に変な男が残る羽目になってしまった。



 

 慣れない石畳の道。

 二人の同級生が、異世界に馴染んだ格好で、仲良く話している姿を、少し後ろで眺めながらついて行く。

 目的地はこの国の城。

 保護してもらうつもりは無いが、荷物は置きたい。

 

『はっはっは、城を物置扱いか!俺はそういうの好きだぜ景護』


 内に宿る霊の豪快な笑いが頭に響く。

 静かな声も続けて聞こえる。


『まあ、確かに邪魔ねスフィンクスの核。半分でも、ばれーぼーる?より大きいわよね』


「ただ、お金になるみたいだし、加工すれば、魔法の込められた装飾品にもなるみたいだし、使い道はあるからなぁ」


『それで、それ置いたら、今後はどうすんだ?』


「ちょっと気になる依頼があったから、受けてみようかと」


『あら、魔物の討伐?人の護衛?』


「いや、何かの納品だったかな?材料届けてくれってやつ」


 前では、二ヶ崎に髪を触られた夜見が、飛び跳ねている。

 変わる頻度が高すぎて誰だって気になるから、触るのも仕方ない。


 視界の右には、並べられている剣、弓、斧、鈍器等々などなど

 品ぞろえのいい武器屋の場所は頭に残す。


『普通の依頼みたいだけど、何が引っかかるの?』


「……依頼文は何々なになにを持って来てくださいって感じなんだけど、最後に……」







 とある村。

 女性はまた同じ物作る。

 生きるため。

 崇高な使命。

 血族の役割。

 誰かを守るため。


 あれをわたくしは縛っている。

 私はあれに縛られている。


 地位も名誉もお金も無意味にして無価値。

 もしも、この役割に報酬があるのなら。

 誰か願いを叶えてくれるなら。

 誰か……。


「……私を助けて下さい」

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