第31話 私たち

 もちろん、夫とはそんなおふざけはあるけれど、だからと言って夫婦関係にお互いに文句があるわけではなく、夫もやがて原塚さんを間男と呼ぶ遊びに飽きたようだった。

 私は増え過ぎた商品をチェックして100円に落としたり、時には買い取れないものを大量に持ち寄られて困って店長に相談したりしながらなんとか家事と両立させていた。小野さんは来るたびに私の料理をほんとうに美味しそうに食べてくれる。今日は小野さんに何を作ろう?とふと考えている私がいるぐらいだ。

 それにしても、扶助の範囲内と聞くと「いいわねぇ、楽で」など聞いたような口を聞く人もいたけれど、それでいてもちろん家事も妻の仕事なのだ。私はそんなに働いていないし、家事は好きだからそれでいいと思っている。

 しかし、最近ここへ引っ越して来た秋塚さんは、なかなかそれに納得しなかった。

「あら、なんで扶養内でしか働かないの?」

秋塚さんは年齢より若く見える女性で、いつも濃い化粧をしている。私たち主婦友の仲間に入るのは決まって朝のゴミ出しの時間帯だけで、あとは忙しそうに働きに出ているのを見ている。

 なんでも、どこかの幹部らしい。

「だからねぇ、わたしはこんなゴミ出しぐらい旦那にやらせてもいいのよ」

秋塚さんはそうは言うけれど、この時間は貴重な情報交換の時間だ。

「でもねぇ、ゴミ出しぐらいで威張られてもねぇ、他に色んな家事があるでしょう?犬の散歩、植木の水やり、洗濯もの、洗い物、掃除、色んな整理に、こまごまと名前の無いものまで!それみんな働きながらできる?できないわよねぇ」

秋塚さんは身体を揺らしながら言った、

「でねぇ、わたしも平社員の時は一生懸命やっていたわよ!定時で帰ってそれから掃除に家事に……でもねぇ、定時で帰らないと同僚に抜かれちゃうでしょう?口惜しいのなんの!入ったばかりだと思っていた若い男性社員の方を引き立てられたことなんてしょっちゅうよ……それでねぇ、わたし旦那に言ったの、『わたしと結婚するつもりなら、仕事を続けさせて!家事はどんどん、外部サービスを使いましょう!』って」

秋塚さんの家には確かに清掃業者やらシルバー人材センターまで、色んな業者が入れ替わり立ち代わりしているけれど、そうか、と言うほどのことでもない、この話を聞くのももう何度目だろう?

 それでもそういったものに使うお金は馬鹿にならなかった、わたしは平社員だったから頑張ってやりくりして、それなのにお茶くみも女の仕事だし結婚しているって言うのに平然とセクハラはあったし、うんぬん、今の立場になるまでどんなに頑張ったか!もう聞かないでも言える、なんだか、話す回数の度に苦労が多くなっていく気がするけれど、おそらく他人の苦労は少なく、自分の苦労は多く見えるのだろう。

 秋塚さんは仕事の時間が、と言って今日は障りだけ喋って言った、そして秋塚さんがいなくなれば当然、ここにいない秋塚さんの話になる。

 あぁ、秋塚さんはお仕事があるからねぇ、大事なお仕事が。どうせ仕事だけで家事なんてまるでやっていないんでしょう?といった具合だ。頷いてしまえば大平さんが言ったことにされてしまうので、私は曖昧に笑っている。

 全く、家事は大事な仕事なのに。誰も私たちのそれにはお給料を払ってくれない。

 私たちは「愛」と言う名の元に「無償」にされる。

 さもなくば「扶養」だ。

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