第21話 私には無理な話

「で、どうだった出勤初日は」

帰って来た夫はネクタイを外しながら私をからかった。

「どうって」

「上手くやっていけそうか?」

私は夫のワイシャツを片付けながら言った。

「だいじょうぶそうよ、ちょっと慣れるまで大変かもだけど」

「よかったな、でもお前なら得意な料理生かす手もあったと思うけれど」

二人で印をつけたもののいくつかは確かに給食の調理補助などもあったと思うけれど、調理師や運転の免許がないというとあまりいい顔をされなかった。

「でも私料理は趣味でよかったと思っているのよ」

「うーん、そうかな、今日のお弁当も美味しかったし」

私は照れて笑った。

「あんな出来あいのアレンジをありたがってくれるのあなただけよ」

「そうかな、なんかもったいない気がするけれど」

私は腰に手を当てて言った。

「そうね、それならあなたからお給料をもらおうかしら、確かそんなドラマあったんでしょ?」

得意げに冗談を言う、夫は笑った。

「構わないけど、そしたら配偶者扶助も外してもらわないとならないな」

「えっ、そんな」

私はふざけて慌てた。

「もちろん冗談だよ、でももし君が扶助の範囲外で働きたいと言い出したら、僕も考えなきゃいけないな」

夫の瞳は笑っていない、あまりいつもの冗談を言っているようには見えない。

「そんな、そんなに働くなんて」

「うん?僕は別に君に養われたって一向に構わないんだけど?」

私は軽く怒った。

「そんなに!仕事は男の人の社会でしょう?」

「……どうだろうねぇ」

夫は自分の顔を触って何やら思案顔だ。

「それに、私体力ないもの」

「何その理由、寝たきり社長、知らない?」

夫はインターネットのニュースをスマホで見せて来た。

「ほらこの人、いくら何でも寝たきりより体力ないってことはないでしょ?」

その男性は確かに難病を抱えていて、見たところそれでも支援者に恵まれていて、それを自分の度量だと威張ることもないような青年だった。

「それは特殊な才能や、努力あってのもので……」

こんな平凡な私なんて、ついそう言いそうになる。

「なんでそんなこと言うかな、やっぱり結婚前はそうじゃなかった気がする、もっと気が強くって、負けん気強くって……」

私はそんなつもりはなかった、だから笑って言った。

「嘘よそんなの、それか誰か別の誰かと間違えているのよ」

すると、夫はわざとらしく大きく笑って言った。

「なるほど、俺はそんなに沢山の他の誰かにホイホイと心を奪われる男に見えるわけだ、で、君はそんな男にホイホイと着いていくような女だったわけだ」

夫の顔は笑っているけれど、この口調は怒っている。

「そんなわけないじゃない、もうやめましょう」

夫は笑いながらようやく私を開放してくれた。

「まぁいいけど、まぁでもいざとなったら税金払えばいいかなぐらいに考えて、で、早く楽させて欲しい」

一体夫は私をなんだと思っているのだろう、こんなどこにでもいるただの専業主婦の私にそんなのは無理に決まっている。

 まして起業なんて、そんなの夢のまた夢。

 私は平凡に暮らしたいだけなの。

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