エピローグ

「はぁ、なんで祝勝会がゲーセンなんだよ」


 翌日、疲れて惰眠だみんむさぼっていた俺のところに大量のメールとコールが届いた。初雪からだ。


 メールの内容は祝勝会をするからすぐ来るように。場所は初雪と行ったあのゲーセンだった。


 暑さもだいぶ引いてきたとはいえ、疲れた体に出かけるのは辛い。体力なら有り余ってるんだが、どうも神経が疲れているような気がしてならないのだ。


 あくびの止まらない体を前に進ませてゲーセンへとたどり着く。休日だけあって今日も繁盛しているようだが、正直言って数日はBlueMarriageはやりたくない気分だった。


「それであいつはどこにいるんだ?」


 できればサプライズなんてやめてほしい。いいリアクションをしてやれる自信がないからな。


 広い格ゲーゾーンの一画がぽっかりと空いている。この繁盛の中で異常な空間だ。一部を貸し切りにしたのか、いや、と言うよりも客がそこを避けていると言った方がよさそうだ。


「やぁ、いらっしゃい」


「あれ、何があったんですか?」


「まぁ、行ってみればわかるよ」


 やや歯切れの悪い店長の言葉に従って、俺は空いたスペースへと向かう。なんだろう、嫌な予感がする。俺の本能が危機を知らせている気がする。祝勝会だぞ。昨日の大会で本当に精神が参っているのかもしれないな。


 人の隙間を抜けていく。その先には地獄のような光景が広がっていた。


「あ、りおんさん。遅いですよ」


「それは悪かったが、これはどういうことだ?」


 格闘超人がアーケードの筐体の中に入っている。それも一台や二台じゃない。対面式の対戦台が四組八台。隣の筐体の画面と比べてみる。同じ格闘ゲームなのにどうしてこんなに違うと感じるんだろうか。


 そこに自他ともに認める全国ナンバーワンの格闘超人普及力を持つ初雪がいるんだから誰も近づきたがらないはずだ。腹を空かせたワニよりも早くこの泥沼のフリーゲームの闇に引きずり込もうとしてくるに違いない。


「格闘超人同好会ですよ」


「すまん。意味がわからん。祝勝会じゃなかったのか」


「それは昨日やったじゃないですか。それに格闘超人って言ったらりおんさん来ないでしょうし」


 よくわかってるじゃねえか。実際に今もどう隙をついてこの場から逃げようかと考えているところだ。


「店長にお願いしたんです。優勝記念で」


「店長もやるなよ」


 せっかくの休日に誰もやらないだろう格闘超人に八台も回すなんて。それにやるのは初雪とせいぜい俺くらいなんだからこんなに借りなくてもよかっただろうに。優勝祝いに並べてみたかったんだろうか。まぁファンにとっては壮観だろうな。


「で、何するつもりなんだ? 言っとくが勧誘はやらねえぞ」


「大丈夫ですよ。今日はもうたくさんいますから」


「たくさん、ってどこに?」


 筐体に目をやるが、やっぱり席は空のままだ。いや、待てよ。タイトル画面じゃなくてアーケードモードが流れてるってことはこれ、向かいで誰かプレイしてるのか?


 そんな変わり者がいるはずない。そう思いながらも急いで反対側に回る。四席がすべて埋まっている。そこには昨日戦った面々が真面目な顔で格闘超人をやっていた。


 誰何、加藤、焼き肉、カラキチ。


 いったい何が悲しくてこんなゲームをやっているんだ。


「さぁ、格闘超人四天王戦ですよ。好きな相手からどうぞ」


「ちょっと待て。なんであいつらがいるんだよ」


「昨日私が勝ったので。敗者は勝者に従うのがこの世界のルールですよ」


 そんなルールがあってたまるか。まぁ、俺も何度となく初雪に奢らされてはきたが、それにしたってひどい仕打ちだ。あと一人直接負けてないやつがいるぞ。誘ったら来そうなやつではあるけども。


「もがなさんにも花富高の人にお願いして声はかけたんですけど、りおんさんがいるなら来ないって」


「ずいぶんな嫌われ方だな」


「全国で待ってろ、って言ってたみたいですよ」


 今ならはっきり言えるが、昨日の勝ちは画面の中以外のすべてを使ってどうにかもぎとったものだ。先に対策を打たれていたら間違いなく負けていた。実力差があったことくらいはわかっているんだが。


「っていうかあいつらはいいのかよ、一人を除いて」


 負けたって言っても実力者ばっかりだろ。こんな沼に引きずり込んでいいのか?


「早くしてください。初雪ちゃんが待ってるんですから」


「いや、お前俺に負けただろ。敗者は勝者に従う理論だと」


「私は初雪ちゃんの可愛さに負けたのであって、あなたには負けていませんから」


 こっちはこっちでめちゃくちゃなこと言いやがって。これだから格ゲーマーってやつは。


「せっかく初雪ちゃんのために永久コンボ開発してきたんですから対戦しましょう」


「見つけてきた、ってマジかよ」


「これ結構ヤバい動きするね。癖になるよ」


 誰何の隣の焼き肉も続ける。奥の加藤も頷いている。ダメだ、こいつら完全に洗脳されている。正気を保っているのは俺だけか。


「ってか永久コンボって。俺の新ネタまだ九割までしか伸びてないんだが」


 最近はBlueMarriageばかりやっていたから披露する機会はなかったんだが、実は初雪用にこっそりとコンボ開発していたんだが。


 俺の言葉に初雪がこっちに猛突進してくる。かなり小さな声だったんだが、格闘超人のことになると地獄耳になるな。


「コンボ考えてくれたんですか?」


「いや、ちょっとな」


「素晴らしいです! ぜひりおん式と名付けましょう」


 俺の手をとってぶんぶんと振り回す。こういうときの初雪は面倒くさいぞ。


「つけるなよ」


「なんでですか! 格闘超人の歴史に名を刻めますよ」


「だから嫌なんだろうが!」


 このゲームの歴史に残ったところで何の価値があるっていうのか。それならBlueMarriageの大会で入賞できるほどまで練習でもする方がマシだ。


「おいおい、俺はバースト不可十割コンボ見つけてきたぞ」


「まーたお前はゲーム壊してんのかよ」


 ま、カラキチがやればそうなるか。まったくどいつもこいつもその能力は他で生かしてくれよ。


「わかったよ。全員まとめて相手してやるよ」


 よく考えれば初雪が勝った相手ってことは、俺が戦ってないか負けた相手ってことだからな。リベンジの機会は早い方がいい。


「さぁ、格闘超人同好会初期メンバーの意地の見せどころですよ」


「その肩書はいらないんだが」


「なんでですか! 私たちの活躍はこれからですよ。格闘超人は永遠に不滅です!」


 初雪の言葉を無視して、俺は一番手近な筐体のスタートボタンを押した。


「そういえば、ここから始まったんだったな」


 まさかこのゲームからこんなところにまで来るとは思わなかった。


 もう戻るつもりもない。倒れるまで走り続けてやろうじゃねえか。


 いつもより響くサウンドを聞きながら、俺は試合開始のコールを待ちわびていた。

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いちげきひっさつ!!~部を追われた最強ボクサーは格闘ゲームで頂点を目指す!~ 神坂 理樹人 @rikito_kohsaka

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