平治郎という男

8 はるとり


   集落中がザワついている中、中野と山口がやって来る。

   二人を見つける多助。


多助

 和人だ。


   他の人々も二人に気付き、別のざわめきに変わる。

   多助の隣にきち


多助

 親父……。


太吉

 郵便局員だ。


多助

 平治郎さんの?


太吉

 だろうな。


   中野たち、上田家に入って行く。

   何人かが太吉の周りに集まってくる


青年3

 釧路から来たそうだ。

 道々平治郎の行方を訊いているみたいだな。


青年2

 山道を通って行くつもりらしいぞ


多助

 山道?

 海沿いでなく?


青年2

 あぁ、もし遭難したのなら山道の方だろうってな。


多助

 なるほど。

 青年団集めて俺たちも山ん中へ入るベ。


中野

 それはいい考えだ。


   振り返る多助、いつの間にか上田家から出て来た中野が立っている。


中野

 かつらこいの青年団にも頼んではもらえないだろうか?


青年3

 俺が行こう。


中野

 釧路郵便局で津田書記という人物が陣頭指揮をとっているから、彼の指示に従って欲しい。


青年2

 打ち合わせは団長に行ってもらおう。


青年3

 そうだな。

 じゃあ、俺は急いで桂恋へ行ってくる。


   と、雪を漕いで村を出て行く。


青年2

 じゃあ俺は団長の所に。


   と、いなくなる。


中野

 ……さて、吉良には妻がいるそうだが家まで案内してもらえないだろうか。


   見合う太吉と多助。

   太吉、頷く。


多助

 俺が案内しよう。


   と、先頭に立って歩き出す。




9 平治郎の家 中


   ミノ、落ち着きなく動き回っている

   戸を叩く音。


多助の声

 ミノさん、いるかい?


   慌てて戸を開けるミノ。


ミノ

 多助、あの人が見つかったのかい?


   中野と目が合い口ごもるミノ。


多助

 釧路の郵便局から来た人だそうだ。

 平治郎さんについて訊きたい事があるって。


   中野にお辞儀をするミノ。


中野

 中野です。

 あがってもよろしいですか?


ミノ

 え?

 あ、えぇ……どうぞ。


中野

 失礼します。


   と、中へ入る。

   山口も続く。


多助

 八郎、こっち来い。


   八郎、外へ出る。


多助

 じゃあ。


ミノ

 うん。


中野

 ありがとう。


   多助、戸を閉める。

   ミノ、白湯を出す。


ミノ

 何もないんですが……。


中野

 お構いなく。


   中野と向かい合うように座るミノ。

   間。


ミノ

 それで、私に何を訊きたいと?


中野

 吉良平治郎という人物について詳しく訊きたいのですが、さて……何から訊きましょうか……。


   間。


中野

 知っている限りでいいので、生い立ちから話していただけませんか?


ミノ

 はい。

 ……あの人は明治十九年二月三日、桂恋で生まれたそうです。

 父はヌサシビ……いえ、吉良ぬい、母はミツと言ったそうです。

 小さな頃はコッコッと呼ばれて可愛がられていたそうです。


中野

 コッコッ?


ミノ

 あの……アイヌの言葉で可愛いという意味です。


中野

 アイヌ語ですか?


ミノ

 すいません。


中野

 いえ、謝る必要はありません。

 アイヌがアイヌ語を話すというのはまぁ、当たり前の事です。


ミノ

 でも……。


中野

 続けて。


ミノ

 …………はい。




10 畑 回想


   畑仕事をしているサク。

   銃声に驚くサク。


ミノの声

 叔母の古澤ふるさわサクさんによれば義父ちちはあの人が四歳の時に、




11 家の中 回想


   布団に横たわるミツを囲む親族。


ミノの声

 義母ははも十二歳の時に病で亡くし、サクさんに育てられたようです。




12 平治郎の家 中


中野

 吉良は、左手左足が不自由だったようですが、いつ頃から?


ミノ

 十五歳の頃だそうです。

 大病をしまして、一命はとりとめたけれどそれ以来自由が利かなくなったという事です。




13 木炭製造所 回想


ミノの声

 私と所帯を持ったのはあの人が三十三歳の時。

 それまでずっとあちこちの山で伐採夫をしていたそうです。


   片手で大振りのまさかりを軽々と持ち上げ、降り下ろす平治郎。

   そこに通りかかる北崎。


北崎

 吉良、精が出るなぁ。


   手を止め振り向く平治郎。


平治郎

 ……へい。


北崎

 昼飯はどうしたと?


   仕事を再開する平治郎。


平治郎

 もう、食い終わりました。


北崎

 じゃあ、午前の仕事の続きじゃなく、もう午後の仕事ね?


平治郎

 ……へい。


北崎

 まだ昼休みやけん。

 角力すもう浪花節なにわぶしと一緒に休んでてよかとよ。


平治郎

 いえ、俺ぁ「片端かたわ」ですで、人の倍働かねば人と同じだけの仕事がこなせませんから。


北崎

 ……そうかい?

 ……しかしお前、大きな鉞つこうとるねぇ。

 そいつは何貫目ね?


平治郎

 百貫匁あります。


北崎

 ひゃっ、百貫匁!


平治郎

 へい。


北崎

 それを片手でつこうとるとね?


平治郎

 左手は役に立ちませんから。


北崎

 だからってお前……まぁよかよか。

 頑張りんしゃい。


平治郎

 へい。




14 平治郎の家 中


   ミノと向かい合いメモを取っている中野。

   その後ろに控える山口。


ミノ

 親方にはよくしてもらいましたが、私の妊娠を期に魚の行商を始めました。


中野

 なぜ?


ミノ

 商いはうまく行けば山の仕事より儲かると、どこからか聞いてきたようで……でも、あの人に商いは向いていなかったようです。

 年の瀬の、正月準備をアテにした魚の行商であったというのに思うように売れず、ひと月とたたずに辞めてしまいました。


中野

 では正月は?


ミノ

 恥ずかしい話ですが、部落の人たちから分けていただいて……。


中野

 そうですか……。

 それで、逓送ていそうの仕事には、どのように?


ミノ

 はい、仕事を探しに出た際に請負の石黒金次郎さんと出会ったそうで……。




15 釧路市街地


   通行人にジロジロ見られながら、俯きがちに歩く平治郎。


金次郎の声

 平治郎。


   声の方を振り向く平治郎。

   金次郎が親しげに寄ってくる。


金次郎

 やぁ、やっぱり平治郎だ。


平治郎

 あぁ、石黒さん。


金次郎

 どうした?

 しょぼくれた顔をして。


平治郎

 いやぁ……ちょっと……それより、石黒さんこそどうしてここに?


金次郎

 ん?

 あぁ、ちょっと仕事の都合でな。


平治郎

 そうか……。


金次郎

 そうだ平治郎。

 お前、今どんな仕事をしてるんだ?


平治郎

 それが……。


金次郎

 そうかそうか。

 や、実はな、俺は今、郵便の請負で騎馬逓送という仕事をしていてな。


平治郎

 騎馬逓送?


金次郎

 昆布森と釧路の郵便局の間で荷物を運ぶ仕事だ。


平治郎

 ふむ。


金次郎

 どうだ?

 やってみねぇか?


   間。


平治郎

 今、なんと?


金次郎

 逓送人というのだがな、手が足りなくてこうして人を探しに来ていた所なんだ。

 お前、やってみねぇか?


平治郎

 あ、ありがてぇ話だが……俺は左足が不自由だ。


金次郎

 さっきも言った通り騎馬逓送、馬で往復する仕事だし夜中の仕事だ。

 まったく歩けねぇならともかく、お前なら問題ないべ。


平治郎

 それに……俺は無学だ。字も読めねぇ。


金次郎

 それも心配ねぇ。

 お前は渡された荷物を送り届けるだけだ。


平治郎

 本当に……本当に俺でいいのか?


金次郎

 むしろお前だからこうして誘っているんだ。


平治郎

 俺だから?


金次郎

 あぁ、そうだ。

 この仕事は人様の大切な手紙なんかを預かって運び届ける大事な仕事だ。

 真面目で誠実な人間にしか頼めねぇ。

 お前なら安心して任せられる。


平治郎

 本当に俺でいいのか?


金次郎

 ああ。

 何か、問題でも?


平治郎

 いや……で、俺はどうすればいい?


金次郎

 まず、昆布森に来てくれ。


平治郎

 昆布森か……。


金次郎

 どうした?


平治郎

 あ、いや、コタンの人にいろいろ借りているものでな……。


金次郎

 そうか、じゃあ臨時逓送人として米五升先払いでどうだ?


平治郎

 いいのか?


金次郎

 ああ、構わんよ。


平治郎

 願ってもない。


金次郎

 よし決まった。

 いつ来る?

 昆布森?


平治郎

 家族は準備もあるから時間もかかろうが、俺は今からでも……。


金次郎

 (笑)あせるなあせるな。

 明日からでいい。

 明日の夜が仕事始めとして、今日は家族にこの事を知らせるのが先だろう。


平治郎

 ああ、そうだな……。

 じゃあ、明日の昼頃までに昆布森へ行こう。


金次郎

 おお、待ってるぞ。

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