泡沫の蝶

湖碕 劉

泡沫の蝶

「夢」というものをご存じであろうか?

知らない方はいないだろうし、見る方も見ない方もいるだろう

しかし、ここでいう夢とは概念の話ではなくオカルト的な物だ。



「……ここは?」

気が付くと僕は場違いな神社にポツンと立っていた

「神社だ……けど、何故僕はこんなところに?

 人の気配もないし……」

その場は神社特有の落ち着いた雰囲気と涼しい夜風

その風で揺れている桜の大きな木だけが支配していた。

「綺麗だ…あんなに大きな桜の木見たことないや……

 あの大きな桜の木の下でお花見してみたいなぁ。」

僕はその木にどんどんと近づいて行った。

それはまるで街頭に誘われる蛾のようだった

―――その先に何があるかを考えもせずに

「立派な幹だ、叩いてもびくともしない」

「おい、お主。うちのご神木に軽々しく触るでない」

「だ、だれっ!?」

「こっちじゃ、上じゃよ」

 謎の声の言われるとおりに桜の木の上のほうへ視線を移動させていくと

「やぁーっと気づいたか。それよりさっさとご神木から離れるがよい」

桜の枝に腰かけている少女がいた。

「ご、ごめんなさい!」

「よい、危害を加える気はなさそうじゃったからの。

 じゃがご神木に軽々しく触るのはいかんぞ、小僧」

「ここじゃと少し話しづらいな……少し待っておれ

 今、そこへ行く。」

「よっと」

 少女は高さ10メートルはあるであろう場所から飛び降りた

「あ、危ないっ!そんな高いところから降りたらっ!!」

自由落下していた彼女は空中でくるりと前宙を決め

 軽やかに着地を決めた。 器械体操ならば10点満点であろう。

「危ない?危ないとはどのようなことをいうのじゃ?」

「……心配した僕がバカだった。」

「ふふっ、おのこに心配されるとは……懐かしい体験じゃ

 長らくここには儂一人じゃったからな」

「ここにずっと一人……この場所について教えてもらってもいい?」

「ここは儂の夢の中……らしい」

「君の夢の中?」

「うむ、だがここが儂の夢の中ということ以外儂には記憶はないのじゃ

 現世にいた頃の記憶は僅かにしかない……」

「夢の中でずっと一人……。ここにずっと一人は寂しい……ね

ごめんね、知らなかったとはいえ辛いことを言わせて」

「よいよい、そのような些末事に気を病むことはない」

「もう一つ聞きたいんだけど、どうして僕はここにいるのかわかるかな?」

「……難しい、その質問は儂には難しいぞ」

 彼女は少し逡巡したのち口を開きこう伝えてきた

「……小僧、胡蝶の夢というものを知っておるか?」

「……胡蝶の夢  聞いたことはあるけれど詳しくは知らないな…。」

「胡蝶の夢というのは夢の中で違うものの人生を歩んだり

 違う生命体を体験することじゃ。

 つまり、今のお主は胡蝶の夢に似ておる

 何かしらの要因でお主の夢と儂の夢が繫がったのじゃろう」

「そう…だったのか、なんとなくだけど今の状況を把握できたよ。

 どうすればこの場所から現世へ帰れるかな?」

「ふふっ、それこそ容易い

 この夢の中で眠りに付けばよい、そうすれば貴様の泡沫と現世の主導権は

 逆転し、たちまち床の中で目を覚ますであろう。

 ……この場所のことを忘れてしまうのは少々物悲しいが、の」

「眠る……そんな簡単なことでいいのか。

 ところで、この場所で横になれる場所あるかな?」

「ふむ、横になれる場所か……。

 本殿の中ならば布団があったはずじゃ、そこで眠るがいい。」

 少女は本殿へと向かい歩き始める、僕はその後ろを黙って付いていった

 本殿のとある部屋の前で彼女は立ち止った

「よし、ここじゃ。今から布団を敷くからお主は…そうさな

 寝巻に着替えて待っておれ」

「わ、わかったよ。寝巻まであるなんて準備がいいね…」

「昔ここにいた者たちがおいていったものだが

 寝る分には申し分ないじゃろう?

 さぁ、横になるがいい。

 寝つけるまでそばに居てやろう」

「(段々と、眠く……。

 彼女に、ありがとうって、伝えないと……)

 あ、ありが、とう……」

「ふふっ、お主は礼儀正しいのだな。

 儂の事などすぐ忘れてしまうというのに……。」

彼女はひどく悲しそうなそれでいて楽しそうな

声色でそうつぶやいた

「小僧、お主との逢瀬短かったが楽しかった。

 こちらこそ、ありがとうじゃ」

「では、さようならじゃ

 もう、かような場所へは来るではないぞ?」




ジリリリリリ。チュンチュン

朝を告げる音が僕の耳朶を打つ

煩わしくもあり爽やかさを感じながら僕は目を覚ました

「朝…か。

 ……涙? なんで僕は泣いているんだ?」

 体を起こした僕はそれに気が付いた、目から涙が流れ頬を伝っていたのだ。

「とても、悲しい夢を見ていた気がする」

そう独り言をつぶやいたとき、窓から桜の花が入り込んできた。

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泡沫の蝶 湖碕 劉 @kumanoko626

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