チャプター21:ポーター
「フェイク。これを」
目的地へ出発する直前。ミリアはフェイクへと声を掛け、手を取り握らせるようにある物を渡した。そこにあるのは自分の手の平ほどの大きさをした黒い円形の物で、折り畳んであるものだとわかった。
フチの一部に出っ張った箇所を見つける。そこを押すとパカッと開き、そこには自分の顔が映りこむ丸い鏡があって、そこでようやく渡されたのが取っ手のない
これは? フェイクが聞いた。
「あげるわ。今のあなたにとって、必要なものだから」
優しい声でミリアは答えた。
「フェイク。もしあなたが落ち込むようなことがあったり、何か気持ちが滅入るようなことがあったら、鏡で自分の顔を見なさい。酷い顔をしてたら、水で顔を洗いなさい。そうすれば気持ちが落ち着いて、冷静に自分を見つめることができる」
私がよくやってる方法よ、とミリアは付け加える。フェイクはじっと鏡で自分の顔を覗く。特に意識したわけではない真顔が映り、良いとも悪いとも判断がつかないフェイクに苦笑しながら、ミリアは最後に言った。
「いつかわかる時が来るわ。その時までしっかりと、持っていなさい」
〇◎
「
『そう、
時刻は14時を過ぎた頃。どこかのビルの屋上で、ピンクのコスチュームに身を包んだ存在――ピンクシールが街を見渡しながら、隣に浮遊している赤色のドローン(エレナはアレン君と命名している)と話し合っていた。
『フェイクの話で、怪人には仲間がいることがわかった。それも一人じゃなくて、複数いる。それに街を襲う命令から、別の命令に変わっているとも見ているわ』
街を見れば、赤い星印をした覆面達がそこらかしこに点在しているのが確認できる。空を見上げれば、曇りで覆われた灰色の空模様が広がっている。このまま雨が降ってくれれば、操られた人達は解放されるのに……そんなことを思いながら、ピンクシールは話の続きを聞いた。
エレナ曰く、今朝から飛ばし続けているドローンの映像から、他の覆面たちとは違う怪しい動きをした覆面が確認されたとのことであった。
『覆面がどうやって友人を作るか知ってる?』
「複数で一人を捕まえて、無理やり覆面を被せるんだっけ?」
警察の情報で覆面には小型の噴射装置と通信機が備え付けられていることがニュースで報道され、覆面を奪ったりして被らないようにと注意勧告が発令されている。
そして巡回で得たドローンの情報は、今日の作戦会議の情報共有で聞かされていたものだ。
『その通り。この動きから考えると、おそらく怪人は捕まえる人と覆面を被せる人を担当させて指示していると思われる。そこで問題なのが、その覆面担当がどれだけ被せる覆面を持っていると思う?』
問われてピンクシールはうーん? と考えて、思い浮かんだことを答えてみる。
「えーっと、ポケットにそんなに詰め込めれないし……あ、わかった。覆面を補充する担当の友人がいるってことだね!」
『そういうこと。そしてそこからもっと考えてみて。DBCの話だと、怪人は友人に対して簡単な命令しかできないと言っていたわ。もし補充担当が操られた人なら、被せる担当にちゃんと渡せると思う?』
あっ、とピンクシールは気付いて小さく声を上げる。次にはそうだと口に出ていた。
怪人本人が明言したわけではないが、今までの命令内容は簡単というか、まっすぐな行動指示ばかりであった。それが担当別を見分けて、ちゃんと覆面を渡せるだろうか?
常人ならば簡単だ。しかし一つの命令に従うだけの今までを見ていると、少し複雑なのでは? と思ってしまう。
『難しいと思わない? そもそもそれができるなら街はもっと悲惨な状況になっているしね。だから補充担当は操られていない普通の人で間違いないと見ているわ』
「それがポーター?」
『ええ。どういった繋がりで怪人に協力しているかはわからないけど、ガス付き覆面を持ち運ぶポーターなら何かしら怪人の情報を持っている筈。今別のドローンがポーターらしいのを探しているから、場所がわかり次第急行して……』
「捕まえて情報を聞き出す、だね!」
『そういうこと。とにかくそれが最優先。あと逃げ遅れた人とかを助けるとかは良いけど、間違っても覆面集団とまともにやりあうとかはやめてよ~?』
「うん、そこは大丈夫。私だって目的は見失わないよ!」
大丈夫かな……エレナは気合を入れているピンクシールを見て、心配した。しっかり導いてあげねばと気を引き締めた。そうしていると、今度はドローンからエレナとは別の声が発せられた。
『ピンクシール。少しだけ話せるか?』
発せられた少年の声を聞いて、すぐにフェイクだとわかった。反射的に名前を呼びそうになったが、今はピンクシールであるため思い留まる。どこで聞かれるかわからないから、活動中は迂闊に本名で呼び合わないようにと、エレナに強く言われているからだ。
どうしたの? と聞けば、フェイクはお礼が言いたいと答えた。
『母さんとちゃんと話をして、ようやく気付くことができた。難しく考え過ぎていたんだって。だから……ありがとう、ピンクシール。母さんと話す機会を作ってくれて。話さなかったら多分、ずっと見当違いなことばかりしていたと思う』
まだ数時間も満たないほどの短い付き合い。自己紹介をすれどお互いまだ完璧に内面を知れたわけではない。しかしそんな短い時間であれどジェシカは機微ではあるが、どこか不安そうにしていたフェイクの様子が、落ち着いた雰囲気になっているように感じられた。
やはりちゃんと話し合ったのは正解だった。様子からして良い結果になったと察して、ジェシカは嬉しかった。
「ううん、気にしないで! 大したことはしてないから。それに私は君に助けてもらった恩がある。これが恩返しになるかわからないけど、少しでも君の助けをしてあげたいのが、私の気持ちなの」
『DBCの時のは……たまたまうまくいっただけだ。それにあの時はまだヒーローの追っかけだった。そんな風に気にする必要はないんだぞ? 最初に出会った時も今も君に頼って、助けられっぱなしだ。もっと恩返しをするべきなのは俺の方だ』
「そんなことないと思うけど……でも、そっか。考えてみれば一応お互い助け合ったことになるんだよね? 私達」
路地裏で襲われかけた時と、怪人に捕まりかけた時。偶然と必然で互いの危機を救ったという事実に気付き、ジェシカは得もいえぬ奇妙な感覚になった。
前者は初対面で、後者は失った意識の中で。思えば全く気にも掛けてすらいなかったのに、今こうして仲間になった男の子というのが不思議で新鮮だった。女子高で、男子との関わりがあまり無いからとも思ったが、違うと思う。浮かれているわけでも楽観しているわけでもない。
うまく言えないが、悪いというものではない。言うなればこれは……悪くない、というものだった。
『……そうだな。正直、俺もこうなるとは思ってもみなかった』
目的のために近づいた。ただそれだけを一番に考え、そこから先の関係はそれ以上もそれ以下も考えていなかった。
どのような関係性になるかわからないが、少なくとも信頼できるほどに近い距離になるとは思わなかっただろう。
だからフェイクは今こうしていることが驚きで、感慨深いものがあった。人質のザックの身を案じる不安はある。しかし今は最強のヒーローと仲間が助けてくれるのが何よりも心強い。
「怪人を捕まえて、街も君の親友も一緒に助け出そう? 二人ともちゃんと友達になって、みんなで遊びに行こうよ。きっと楽しいよ!」
パーティなんかでもいい。自分の友達も紹介して遊ぶのも。ジェシカは楽しげに話をするが、それに答えたのはフェイクではなく―――。
『その前にあなたのパパに話す事が山ほどあるんだから、まずはそれからよね。絶対にすぐ終わらないから、覚悟した方がいいわよ~?』
「エレ……ドクター! わかってるけど、今良い感じだったのにー!」
エレナの一言でわあわあと騒ぐ様子を見て、まだノリに乗れていないフェイクは苦笑してしまう。しかしその雰囲気に助けられていて、少し前まであった暗い考えや予想は払拭されつつあるのを感じている。
きっと大丈夫だと、フェイクはそう思えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます