チャプター14:もう一つの名は
フェイクは覆面達の山を一人ずつ退けて、埋もれているピンクシールを救出する。
「おい、大丈夫か? ピンクシール!」
ピンクシールに声をかけるが、返事はない。しかし微かに呼吸をする音が聞こえる。
どこか安全な場所に運ばなければ。フェイクは彼女の背中と両膝の裏から腕を通し、しっかりと掴んで持ち上げた。
こうして人を抱え持つことがあまりないので少し重いようにも感じたが、これぐらいが普通だろうと思いながらピンクシールを横抱きして、フェイクは部屋の出口の方へと向かう。
『おーい、そこの君! ブラックボーイ!』
歩を進めようとしたところで、声が聞こえた。
フェイクは驚いて辺りを見渡すが、声の主と思われる存在は見当たらなかった。頭上からブウゥン、という音が聞こえてフェイクは釣られるように顔を上げて音の方を見た。
そこには正方形の青い物体が滞空していた。自分の手よりも一回りほど大きいくらいの大きさで、角にそれぞれ備え付けられたプロペラモーターが静かに音を鳴らしていた。
ドローンだ。実物を見るのは初めてであったが、テレビや動画で見たことがあってすぐにわかった。
「もしかして今の声は……」
『そうよぉ、私よ! この自作ドローンのケントちゃんから君に話しかけているの!』
声はそのドローンから発せられていた。はきはきとした女性の声だ。目の前に現れた新たな存在と、何よりも高いテンションにフェイクは反応できずに戸惑っていた。
そんなフェイクの様子を見てか、矢継ぎ早に『私はピンクシールの仲間よ』と言葉を紡いだ。
『今すぐ証明はできないし、詳しい話をするにも時間はない。お願い、今は私の言うことを聞いて。ここから脱出するのよ』
真剣な声で言われ、フェイクは戸惑うのをやめる。怪人の仲間の可能性があり信じて良いものかとも考えたが、いくら何を考えているかわからない怪人でも罠にしては回りくどいと思えた。
何より先ほどの怪人がした、最後の命令を思い出したからだ。
「下は……どうなっているんだ?」
フェイクの問いに、ドローンは『暴動が起こっているわ』と手短に答えた。
『とてもじゃないけど、今一階から外に出るのは危険過ぎる』
「なら、他に脱出する手段があるのか?」
『空よ』とドローンは言った。
『屋上にヘリコプターを用意してある。覆面達が一斉に下の暴動に向かったおかげで、ようやく着陸することができたんだから』
それを聞いて、フェイクは決心する。一つしかない選択だった。
「わかった、あなたを信じるよ。屋上に行こう」
『ありがとう! 良い子ね、ブラックボーイ! それじゃあ案内するわ!』
それからドローンのケントちゃんはフェイクの前を先行し、ピンクシールを抱えたフェイクが後ろから付いていく。
スタジオを出て、屋上に通じるエレベーターの元へと続く廊下を進んでいく。怪人の命令で友人達が出ていったため、やはりと言うべきか人の気配などは感じられなかった。
屋上に向かえるエレベーターへと到着し、フェイク達は乗り込んで屋上のボタンを押した。扉は閉じ、エレベーターは上へと登っていく。
「そういえば」とフェイクは屋上に到着するまでの少しの時間で、先ほどから抱いていた疑問をドローンに尋ねた。
「さっきから言っているブラックボーイって、なんだ? もしかして俺の事か?」
『そうよー。SNSでみんな君の事をそう呼んでいるのよ? 今凄いんだから。ブラックボーイ派が多数派で、ポイズン
「……決まってないけど、あとで自己紹介させてください」
フェイクはすぐに脱出の事だけを考えるようにした。
やがてエレベーターの到着の音が鳴る。扉が開き、フェイク達は外へと出た。
風が強く吹き抜ける。屋上だからというのもあるが、いつでも飛べるようにローターを回転させているヘリコプターがより風を強くしていた。
赤いヘリコプターだ。コックピットを見れば二人乗りのものだとわかる。フェイクは救急ヘリや軍のようなヘリを想像していたため、思っていたより小さいなと思ってしまう。
そして何より、肝心なものが見当たらないことに気付いた。
「パイロットはどこにいるんだ?」
フェイクが聞くと、ドローンは『パイロットはいないわ』と答える。
『自動操縦よ。このヘリには私が作ったAIが搭載されていて、指定のヘリポート場をプログラムすればそこまで操縦してくれるの』
「それ……大丈夫なのか? その、墜落とか。変な所に行ったりしないか?」
自作AIによる自動操縦と聞いて、フェイクも流石に不安になってそう聞き返していた。
時折ニュースで最近のAIはすごい、現実化されてきているなどを流して聞いたことがある程度だ。フェイクは科学に詳しいわけではないが、自動操縦と聞くととても未来的に感じて、言葉だけでは現実味がない。
このドローンも自作していると聞いて、かなりの技術力がある人だと漠然に思ってはいたが、現状だとやはり知らないことばかりの他人でしかない。
ドローンは少し間を置いてから『聞いて、ブラックボーイ』と声を出した。
『これだけは教えるし、信じて。私天才』
「……まあ……ここにあるってことは、ちゃんと来れたってことだ」
間が気になったが、この状況においては天才を信じるしかなかった。ヘリに近づき、ドアを開いてまずピンクシールを奥へ座らせる。そしてその隣に座ろうとして、そこでフェイクの動きが止まった。
片足を掛けて乗り込もうとする姿勢のまま。ガスマスクで表情は見えないが、さっきまでとは様子がおかしいフェイクを見て、後ろにいたドローンが『どうしたの?』と声を掛けた。
「ザックが……友達がいるんだ」
後ろを振り向いて、フェイクは自分達が先ほど乗ってきたエレベーターの方を見た。
「怪人が洗脳した中にその友達も居て、このビルのどこかに居ると言っていたんだ。もしかしたら、下の暴動の中にいるかもしれない。それなら……」
『ブラックボーイ、駄目よ』
下に行けば探し出せるかもしれない。そう言い終える前に、ドローンが否定する。
『気持ちはわかるけど、落ち着いて。今は無理よ。ここから離れることが最優先。だから……その気持ちは、今だけは心の内にしまって』
静かに言い聞かせるように、顔もわからない女性の声がフェイクを説得する。
最善はわかりきっていて、しかし低い可能性でも行くべきだという二律背反の思い。……いや、違う。どちらかと言われれば、フェイクは今すぐにでもザックを捜しに行きたかった。
だが暴動の中を人一人探し出すのは困難で、無謀であった。一人で怪人に対抗する力も手段も、自分にはない。だから今は……。
「……ごめん、時間を取らせた。行こう。」
説得の言葉を受けてから、十秒ほどの時を必要とした。その時間で、フェイクはようやく決断する。
そう言ってフェイクが乗り込んで席に着くのを見て、ドローンから安堵の声が聞こえた。
『行先は私の研究所になっている。20分ほどで到着するわ。諸々の話は、それからよ』
扉を閉める前に、『ケントちゃんはこのまま残って、街の状況を見て回るから』と別れを告げ、屋上から離れていく。
機体が離陸を始める。初めて乗るヘリの感覚に身を任せて、フェイクはガスマスクを外して膝の上に乗せる。そこでスタジオにバッグを忘れてきてしまったことを思い出したが、今更戻れないし大したものも入っていないので、すぐに考えるのをやめた。
考えるのならば、もっと重要なことがある。ザックの安否。怪人の凶行を阻止すること。これから取るべき今後の行動を……。
頭の中で様々な思考を巡らせようとして、フェイクは自然と瞼を閉じた。そうすると思考は闇の中へと沈んでいき、思い出したように倦怠が頭のてっぺんから足のつま先まで包むように襲ってくる。
そこでフェイクは意識を手放して、まどろみの中へと落ちていった。
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