チャプター8:覆面たち

 結局その日は、ピンクシールは現れなかった。


 あのあともう一時間ほど待ったが姿を見せず、夕暮れ時となったのを時間切れとして、そのまま解散する形となってしまった。


「時間を取らせて悪いな、ザック。この埋め合わせはまた今度させてくれ」


 別れ際に軽い謝罪をするフェイクに、ザックは「まあ、それはいいんだけどさ」と呼び止める。


「まだ続ける気かい? このヒーロー探しを?」


「ああ、とりあえず話をする機会だけでも作りたいからな。でもザック。もうお前を俺の都合に付き合わせたりはしないよ。これ以上は悪いし、俺一人でなんとかしてみせるさ」


「それは僕としては助かるけど……いや、なら君の友人として言わせてもらうよ」


 去ろうとするフェイクに、ザックは改めるように言葉を紡ぐ。


「君に言ってもどれだけ効果があるかわからないけど、あまり危ない真似はやめてくれよ? この街の治安の悪さは当たり前だからね」


 ザックの言葉にフェイクは軽い笑みをしてから「肝には銘じておく。ありがとうな」と軽く手を振りながら言い、今度こそザックに背中を向けて自分の家がある住宅街の方へと歩いていった。

 ザックはその背中を少しの間だけ見送ってから、自分の家であるマンションの方へと足を運ばせた。


「それにしても、フェイクがヒーロー志望とはねえ」


 帰り道の途中、ザックは今日フェイクと会話した内容を思い出しながら、そんなことを呟いた。

 フェイク自身はヒーローとは少し違う、みたいなことを口走っていたが……ザックからすると、同じ意味でしかなかった。


 よくわからないやつが、今日よりよくわからないやつになってしまったなとザックは心の中で苦笑する。しかしフェイクのことだ。彼にはなにか考えがあるのだろうなという信頼があり、頭がおかしなやつだとは不思議と感じなかった。


 そんなことを考えていると、自分の住んでいるマンションが見えてきた。もう少しだと思ったところで、ザックはそこで辺りに違和感を感じる。


(……あれ?)


 感じた違和感を探るべく、ザックは辺りを見渡した。今、ザックがいる場所はフェイクの一軒家が立ち並ぶ住宅街とは違う、長方形のマンションが並ぶいわばマンション街だ。ザックはその路上を歩いていて、自分のマンションはすぐ目の前である。


(なんか人、多くない?)


 ここはマンション街だ。人が多いのはおかしいことではない。時間も夕暮れ時で、仕事を終えたビジネスマンなどが帰宅が重なるなどの時間帯で多いのかもしれない。


 しかし、それにしては人種はまばらだった。


 ザックが見渡したかぎり、仕事帰りと思わしき男性もいれば、今の時間では少し考えられない主婦の集まりと思われるグループもある。路上に設置されたベンチには老夫婦らしき人物がいくつか見受けられ、制服を着た学生や、腕や顔にタトゥーが入ったガラの悪い連中が見える。まだ家に帰ろうとしていないのか10歳ほどに見える少年少女の姿が見える。


 今、ここら一帯は老若男女問わず様々な人がいることがわかった。両手で数えきれないほどに。


 はて何かここらでイベントがあったか? とザックは思ったが、なにも思い当たらなかった。


 そして何より、これだけの人がいながらもあまりにも静かすぎた。

 ザックは少し不安になりながら観察したが、静か過ぎる。誰の会話を聞けないことから、会話をしていないことがわかる。

 動きもない。よく見れば微動しているのはわかるが、それだけだ。皆俯いており、その場から一歩も動こうとしない。


 あまりにも不気味だった。ザックは自然と足早になっていた。


 そこでふと、ザックはその人々の項垂れてるように見える姿勢以外で、共通点を見つけた。


(頭に何か……被っている?)


 そう思ったと同時に、俯いていた人々が動きを見せた。


 ゆっくりと、俯いていた顔を上げる。そして被っているものがなんなのかが、ザックにはわかった。


 それは白い覆面だった。


 覆面、と言っていいかは一目見てわからなかった。どちらかというと白い布袋を頭から被っているだけのようにも見える、質素なものであったからだ。しかし、布に描かれいたものが覆面だと思わせるのであった。


 赤いペイントで描かれた星形のマークだ。


 顔を上げた覆面の人々は、見つけたように皆視線をザックに向けていた。


「……ひっ」


 ザックは声にならない、短めの悲鳴を口から漏らす。そして覆面たちはゆっくりと、ぎこちない動きでザックの方へと歩み寄っていく。


 足早になっていた足は、すでに走りに変わっていた。ザックはあまりにも非現実的な状況に、今にもどうにかなりそうであった。

 早く、早く。走る、走る。家に帰らなければ。逃げ込まなければ。ザックの精神は恐怖と焦りに支配されていた。


(もう少し、もう少しだ……!?)


  ザックが自分のマンションの入り口に到達し、部屋まで駆け上がろうとして動きが止まる。


 入ってすぐのところに、5人ほどの覆面たちがいた。


「そ、そんな……!?」


 すぐに引き返そうとするも、ザックは右腕と左腕に一人ずつ、後ろから追いついてきたであろう覆面たちにしがみつかれてしまう。


「は……離せよ!」


 そう叫び抵抗するが、多勢に無勢であった。どんどん後ろから来る覆面たちにしがみつかれ、とうとう身動きすらできなくってしまった。


 そんなザックに、目の前に覆面達の内の一人がゆっくりと近づいてくる。その手には覆面の人々がつけているものと同じ、赤い星形が描かれた覆面が。


「や……やめろ……」


 ザックは恐怖で掠れた声で懇願する。しかし近づいてくる覆面は聞く耳を持たず、あるいは意思などを持っていないのか……とうとう覆面は、ザックの頭に被せられる。


 ザックは目をつむる。自分は今、怖い夢を見ているのだと思い込む。はやく覚めてくれと願った。


 甘い香りがした。青白い気体が突然口と鼻の中に進入し、ザックは思わず咳き込んでしまう。しかし気体は途切れることはなく、吸引を許してしまう。ザックの意識は、闇の中へと落ちていった。

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