白き魔女

 曇り一つない青天の下、無限に広がるかのような雪山の合間を、五つの影が、激しく閃光と火花をまき散らしながら、音すらもはるか後方へと置き去りにする程の速度で宙を駆けていた。


 Informational-Alteration

 Drive

 Override

 Logical

 Armed


 その頭文字を取って『IDOLAイドラ』と名図けられた、全長一五メートル位のその有人機動兵器。


 追っているのは赤が四機。

 追われているのは白が一機。


 普通に考えれば、赤い方が猟犬で、白い方は這う這うの体で逃げ回る哀れな獲物の兎さん……そのはずだった。


 だが……追い詰められているのは、赤い四機の方だった。

 元は五機で勝負に臨んだ筈だった。しかし先程、すでに一機の僚機を落とされた彼らに、余裕は全く無い。


 そんな、追い込むように追走する赤い四機をまるで嘲笑うかのように……その視線の先から、白い機体が姿を忽然と消した。


『また……!? どこに行った、あの魔女め!』

『バカ、離れろ! 後ろにつかれてる!!』

『後ろってどこだよ……うわっ!?』


 最も肉薄していた機体が、激しい衝撃に揺さぶられる。

 装甲に覆われた巨大な腕が宙を舞い、大量の積雪を巻き上げて、雪の降り積もる斜面に落下した。


『……あ、ごめんなさい、外してしまいました』

『……ひっ』


 黒色の闇を帯びた、鋭い爪を備えた白いマニピュレーター。

 自分の機体を易々と斬り裂いたそれを至近距離で目にした操縦者から、小さな悲鳴が漏れた。

 若干舌足らずさを残した涼やかな少女の声が、外部スピーカーに乗って聞こえる。

 すぐ傍で聞こえるその声に、今まさに片腕をもぎ取られた赤い機体が、恐怖に耐え兼ねて我武者羅に手にした太刀を振り回した。

 しかし、直前までその太刀の攻撃範囲内に居たはずのその白い機体は、その時にはすでに遥か彼方へと飛び去っている。


 背中のX字に配された光の翼……オーラ・フィンの基部が軋みを上げ、小刻みに稼働し、まるで故障したかのように断続的に、しかし目を灼くほどに眩い極光オーロラ を噴き上げる。

 元は恒星間航行船の補助推進機関の一部だというその光の翼が煌めくたび、虹の粒子が空を彩り、その莫大な推力によって縦横無尽に純白の機体が舞う。




 ――純白の機体……その名を『ヴィエルジュ』と言う。


 背にフレキシブル稼働する四枚の光翼を有し、まるでスカートのように腰部から広がるのは、いくつものサブスラスターの並んだジェットクラスター。

 どこかドレスを着た貴婦人のように見えなくもない女性的なシルエットを持つその機体。

 だがしかし、軽量~中量機に分類されながらも、その中身には重武装型の機体が使うような大容量ジェネレータを搭載し、その重量による機動性低下を、普通は制御すら困難な推力で補うというピーキー極まる機体だった。

 その暴れ馬ぶりは、好奇心に負け、試しにシートに座らせてもらった熟練者が、わずか数分で顔を蒼白にしてギブアップした程だという。


 その機体が彗星のように姿を現し、チーム戦にも拘らず単騎で瞬く間にランキングの頂点へと君臨して以降……現在まで、ただ一度の敗北も無い『白い魔女』の異名を轟かせていた――






『バカな、こんな機動はありえな――』


 また一機、先程片腕を失った機体の操縦者の悲鳴が爆発に飲まれ通信が途絶した。

 まるで雷光のように鋭角に向きを変えた『ヴィエルジュ』が、背後からその胸部……コックピットの存在する場所を、その凶悪に尖った爪を有する手による手刀で撃ち貫いていた。


『ふふ、これで……二つ』


 串刺しにされた僚機が振り捨てられ、爆炎を上げながら雪山に落下していく。

 その光景をバックに、通信から流れて来る涼やかな少女の声。

 『ヴィエルジュ』と対峙していた残り三機の赤いイドラの操縦士たちの背筋に悪寒が走り、滝のように冷や汗が流れる。


 つい先程までは、間違いなく自分達のほうが優勢だったのだと、残りの三人は皆思っていた。

 五対一、この人数差でなお圧倒する敵の手腕は流石だが、それでもこの白い魔女対策に研究に研究を重ねた連携は、着実に対象を追い詰めて行っていた。


 今度こそ、勝てる。無敗の白い魔女に土を付けることが出来る――そう五人が確信したその瞬間……確かにあの機体を追い詰め、今まさにその背中に刃を突き立てようとしていた仲間の機体が、一体何をされたかすらもまるで見えぬまま突然爆散し……それ以降、まるで悪夢を見ているかのように白い魔女の動きが変化した。


 ――あの動きは何だ。あれがイドラの動きなら、俺達の使っているこれはなんだ?


 すでに撃破された二人と違い、今残っている三人はまだこうして距離を開いて見れているため、理屈は理解できた。

 二対四枚のオーラ・フィン……一対でですら、この世界最大推力を誇る光の翼。

 その翼をそれぞれ独立して稼働、そして独立点火させ、機体を縦横無尽にのだということは。


 スラスターの向きを変え、軌道を曲げる必要もない。一基でも過剰な推進力を誇るそのフィンのオンオフを瞬時に切り替えることで、一瞬で全く別の方向に転換するため、その機動は極めて不規則だ。

 そして、その過剰な推進力によって一瞬で振り切られるため、まるで動きが読めない。火器管制装置FCSが敵を捕捉し切れず、次々とエラーを吐き出している。


 理解できたからと言って対応できるかは別問題だ。自分がやろうと思って実践できるかと言えば、挑戦しようという気すらも起こらない。

 四枚を羽根を別個に動かすなど、どれだけの技量があればできるのか。少なくとも操縦桿でそこまでの細かな調節は不可能だ。

 可能だとすれば……全ての機体に備え付けられている、プログラム書き換え用のキーボード型コンソールによる、無数の動作パターンを登録したマクロを駆使しながらの、完全マニュアル駆動。

 しかも、それを一歩間違えればあらぬ方向へ吹き飛んでいく推力をフルスロットルで吹かしながら、完璧にコントロールしているのだ。


『何なんだよ、テメェはぁ……っ!』


 それを理解している……上位ランカーに名を連ねている凄腕ゆえに理解してしまった一機が、半狂乱で手にしたライフルを乱射する。しかし、銃口を向けられた時には、すでにその機体はその場に存在していなかった。


『この、右か……! みっ――!?』


 ――彼の判断は、決して間違いでは無かった。確かに右に居たのだ。しかし、純白の機体の背後からオーラ・フィンの虹色の光が舞ったかと思うと……


『……ちがっ、左……!? いや、うぇ……下!? なんだ、何だこれはぁああ!?』


 その敵機が、画面上で分身した。

 無数の残像を残し、弾幕を意にも介さずに、遥か隔てたはずの距離をまるでコマ送りのように縮めて迫ってくるその機体。


 混乱の極致にあり、もはや銃の引き金を引くことすらできずにいる男の機体。当然、そのような隙を逃すような相手ではなかった。

 ついに射程圏内に収めた『ヴィエルジュ』の腕から、折りたたまれていたブレードが伸びる。


 前腕部、曲線を描いて膨らんだその内部にある小型オーラジェネレーターに直結されたブレードが、あらゆる光を飲み込む黒い闇に覆われる。

 その漆黒の刀身が、ライフルを持ったまま立ち尽くす機体……その纏ったエネルギーシールドである《オーラフィールド》に触れた。

 だがしかし、それも一瞬の抵抗も許されずに、本体ごと真っ二つに斬り飛ばされる。


 赤い機体の持つ《オーラフィールド》は、メインジェネレーターの使用していないごく一部のエネルギーをさらに薄く広く防御に回した物だ。

 一方で『ヴィエルジュ』のブレードは、両腕に増設されたサブジェネレーターの出力その全てをたった一本の刀身へと凝縮して注ぎ込んでおり、その出力差は圧倒的だった。


 だが、それでも……不規則だった白い魔女の機動も、この攻撃の一瞬だけは単調な物に変化した。


 勝機はもはや、この一瞬にしかあり得ない。


 瞬時にそう判断した残る二機が、各々の近接武装を抜き放ち、白い魔女が突っ込んでくるはずの空間へ向けて肉薄する。


『攻撃直後なら!!』

『獲った……!!』


 二人の狙い通り、対装甲刀が、レーザーソードが、純白の機体を貫いた。




 ――否。貫いたのは、純白の機体の幻影のみだった。




 四枚の翼が、大きく一度、羽ばたいた。


 その最大出力で展開された翼が、周囲に大量の虹色の粒子をまき散らす。


 そして……高速で飛行していたはずの『ヴィエルジュ』が、まるで物理法則に喧嘩を売るかのように制止……否、僅かに後退した。


 四基のオーラフィンの大出力によって強引に、一瞬で後退へ移行したことによってカメラが誤認識を起こした事による幻影だと、二人が気が付くよりも僅かに早く……それぞれの機体の胸部に、黒刃が叩き込まれたのだった――……




 ――You Lose


 そう、戦っていた五機の機体のディスプレイ中央に表示されると同時に、戦闘モードになっていたフィールドが通常状態へと復帰した。大破していた機体も、まるで戦闘など無かったように完全に元通りに修復される。

 しかし、自由に動けるようになったにもかかわらず、誰一人、立ち上がる者はいなかった。中央で佇むその純白の機体を除いて。


 ――負けた。それも完膚なきまでに。五機がかりで、一機の純白の機体……このゲーム、総プレイ人口およそ二百五十万人と言われるプレイヤーの頂点に立つ絶対王者……いや。


 『ヴィエルジュ』の胸ハッチが開く。そこから顔を出してきたのは……


「……ふぅ。皆さんいい勝負でした。特に、最後の挟み撃ち……あれは私もやられるかと思いました、紙一重です」


 どこか嬉しそうに両手を合わせ、花が咲くような笑顔で相手への賞賛を謳いながら、機体のハッチから顔を出したのは……まだ幼げな、小柄な少女。


 ピッタリと身体にフィットした、白を基調としたパイロットスーツ。

 体型がはっきりと浮き出ており、見ようによっては扇情的ですらあるそのスーツに包まれているのは、未だ発達途上と思われる、均整取れつつも、触れれば崩れてしまいそうな華奢な体躯。

 白く輝く長髪を風になびかせたその姿は天使か、あるいは妖精か……そして、その屈託のない笑顔は、おそらく心の底から相手を賛しているのだろう。


 少女の名を、スフィア・ユースティアと言った。おそらく現在、この『ゲーム』において最も有名人であろう少女。


 先程までの苛烈な戦闘など、その可憐な出で立ちからはまるで想像できない。だが、確かに彼女が、この世界の頂点に君臨する女王。今回で七度のタイトル防衛を成し遂げた、白き魔女だった――……

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