　学校の先生になりたい、という夢は漠然として、ただ持っていただけの希望だった。進路希望の紙を埋める上で、しいてなりたいかもしれない。そういった夢を書いただけだった。　　

　不良に足を突っ込んだ、所詮ナリヤンと呼ばれるような、そんなことをしていた時期だったと思う。似合わない。

　中学生は不安定だ。例に漏れず、俺も不安定だった。今も不安定かもしれない。

　会長様の、長い髪を視界が捕らえたときの感覚がした。

　確かに会長様に、声をかけられて勉強を少しだけやるようになった。単位を落とす訳にも行かなかった。そんな夢を持っていたことなんて、忘れていたはずなのに。

　纏まらない思考が、雨を降らせた。玄関に座り込んで、今日も帰ってこない兄貴のスリッパとパートに出かけただろう母親のスリッパを眺めた。

　兄貴は、俺と同じ不良だった。ただ、高校3年生になったとき改心したのだ。やっぱり、俺は美容師になりたいから美容師の専門学校に行くと、そう言っていた。もちろん、応援した。公言はしなかったけれど、羨ましいと思ったこともあった。

　ただ、俺の家には専門学校に通うほどの収入はなかった。　

　母親はいつも笑っていた、大丈夫だと言っていたけれど一人で俺たちを育てるのは相当、大変だったと思う。兄貴は、それを見て推薦枠が2名のみある、学校の近くの実際の美容院で働きながら通える学校に行くことを決めた。兄貴はすぐに勉強を始めた。その推薦枠を、兄貴は本気で狙っていた。自頭のいい兄貴は、学校のテストでいい点を取ると、いつも深夜に帰ってくる俺を待ってまで自慢してきた。兄貴は、努力家だった。努力ができる人だった。推薦がもらえれば、入学費が半分になる。兄貴は、親孝行でもあると言って、遊びもやめてひたすらに勉強して、染めた髪も染め直して……そうやって頑張った。

　頑張っていたのに。

　叫ぼうと息を吸う、それでも誰も手を差し伸べてくれないことを知っているから、ゆっくりと吐き出した。じゃあ、何故俺は息を吸ってしまうのだろう。

　それは報われなかった。テストで一番をとっても、毎日きちんと出席して提出物を出しても、ヤンキー時代の不良友達たちにタバコを勧められたって断って、推薦されるべき生徒になろうと直向きに努力していたのに。先生は、それを見なかった。過去ばかり見て推薦枠が空いているにも関わらず、兄貴の努力を蹴った。誰よりもいい点数も先生の固定概念に阻まれて、兄貴の願いは叶わなかった。誰よりもいい授業態度だって、意味があるのかないのかわからないボランティア活動に参加したことだって、なんだって、先生には敵わなかった。

　壁を殴った。当たる前に一瞬緩めたはずの拳は、まだ固まったまま震えている。会長様は、こんな拳を解いてしまうだろう。でも、解いたところで傷つけないとは限らない。

　俺は、兄貴を見ているのに頑張れる気がしなかった。その時には、既に夜な夜な遊びまわるグループに入っていたから、余計に戻れなくなった。夢は、なかったことになって、俺はどんどん非行に走った。母さんは、止めようとしなかった。俺は、止めてほしかった。馬鹿だと思う、でも自分で止まれていたらこんなところまで来ていない。

　今更、会長様に言われてもなれる気がしない。今更、すぎる。俺はこんなにも歪んだ。言い訳ばかりして、努力も出来ない。だってそうだろう、そんな声が聞こえる。意味がないと決め付けてしまう。

　俺はどうしていいか、わからない。会長様は何がしたいのか、少しだって理解できない。

　諦めた夢を蒸し返して、考えてる俺だって何がしたいのかわからない。見っとも無い、らしくない。したいことだけ、目先の快楽だけに走ってやってきたはずだろう。そもそも俺は飲酒もタバコもしているのだ。先生なんて、本当に似合わない。それに、助けてほしいなんて……俺が助けてほしいくらいだ。