年越しの鐘に想いを込めて

綾部 響

年越しの鐘に想いを込めて

 11時くらいから始まった除夜の鐘。

 例年なら、その音を別に気に掛ける様な事は無かった。

 だけど……今年は違う。

 遠くから聞こえてくる、どこか荘厳なその音を聞いていると……今年1年の事が色々と思い起こされて来たんだ。

 

 ゴ―――ン……ゴ―――ン……と。


 一定間隔で打ち鳴らされるその鍾音は、正しく1年を締め括る大晦日と言う日も相まって、厳かに俺の心へと響いていた。

 

 そしてそれは、俺の心を沸き立たせる。


 何かしなければ……早くしなければ……今しなければ!


 煩悩の数……鐘を撞く108回の内、107回は今年中に打ち終わらせる筈だ。

 そして最後の1回を、年が明けたと同時に響き渡らせるのだ。


 新しい年を祝う様に……。


 そして俺は、その107回の内に……今年中に“しよう”と決めたんだ。




 ゴ―――ン……。


 また一つ、鐘が打ち鳴らされた。

 さっきの鐘の音で、その回数は98回目だった筈!

 およそ30秒に1回撞かれているから残りは……5分!

 

「はぁ……はぁ……はぁ……ふぅ―――……」


 あの角を曲がれば、俺の目的地はすぐそこだ。

 そこを訪れる前に、俺は大きく息を吐いて呼吸を整えた。


 ゴ―――ン……。


 此処まで来て……事ここに至って、躊躇している場合じゃない。


 ゴ―――ン……。


 ―――ピンポーン……。


 帰る為の言い訳や理由が頭を占める前に、俺は呼び鈴を押した。


 ゴ―――ン……。


「はい、どなたですか……あれ? 吉沢君?」


 カメラ付きインターホンで俺を確認した彼女……清水 恵美は驚きの声を上げた。


「し……清水! その……話があるんだ!」


 ゴ―――ン……。


「……え? こんな夜中に?」


「ゴメン、時間が無いんだ! 良いかな!?」


「う……うん。ちょっと待ってて」


 俺の勢いにちょっと引いていた彼女だけど、何とか出て来てくれるようだ。

 

 ゴ―――ン……。

 

「どうしたの、こんな時間に……? それに、大晦日なのに」


 ゴ―――ン……。


「う……うん、ごめん。でも、今の内に……今年中に言っておきたい事があって……」


「……えっ」


 ゴ―――ン……。


 このシチュエーションなら、俺が何を言いに来たのか彼女にも何となく分かった様だ。

 でもだからと言って、俺が“それ”を言わないと言う選択肢は……ない。


「あの……俺……俺は……」


 ゴ―――ン……。


 106回目の鐘が鳴る。

 もう……本当に時間がない!


「あ……」


「俺……清水、お前の事が……好きだっ!」


 ゴ―――ン……。


 107回目! 何とか今年中に言い終える事が出来た!


「あの……あけましておめでとう、吉沢君。それでその……」


 ……へ? 明けまして……おめでとうって……?


「今の音が、丁度最後の鐘の音だったから……無事に年が明けたみたい。それでその……」


 え……ええ!? 108回目!? 

 俺、1回数え間違えて……!?


「それでね、吉沢君。その……私……」


 彼女は頬を赤らめて俺の言葉に答えてくれていたが、俺にはショックの余りその言葉の殆どが聞き取れなかったんだ……。

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年越しの鐘に想いを込めて 綾部 響 @Kyousan

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