籠の中の…

虚虎ふじ

ひと夏の一日

 天井から、雫玉がぽつりと落ちた。

 ロフトに掛けた梯がギシギシと音を立て、発汗した一人の少女が降りてくる。

 「ただいま。ふぅー、やっぱこっちの方が涼しいね」

 僕は暇つぶしにやっていたレトロゲームを中断し、本の上に置いた。

 「お帰り。今回はどうだった?」

 「うーん、相変わらずの暑さだね。日差しも強いし、生物はゴツゴツした奴ばっかり。あ、海の嵩はちょっと増えてたかも!」

 「へぇ。やっぱ収穫は無しか…」

 僕がそう答えると、彼女は座り込み、棚に凭れかかった。

 「今回のコンタクトでも、健康状態は良好だったぜ。まあ、いつも通りこちらの情報の送受信は出来なかったけどな」

 部屋の隅でオフィスチェアに座っている少年が、ホログラムPCを凝視して言う。

 「オーケー、センキュー」

 半ば流すように答えた彼女は、薄型の電子ノートにペンを走らせていく。これもまたいつもの事だが、今日行った世界を絵と文字で著していた。

 あのメッセージ来てから約2週間。添付されたプログラムをヘッドセットに送信することで、僕らは言わば【別世界】に飛ぶことが可能になった。

 それからというもの、一番画力も説明力もある彼女に定員1人のワープを任せている。

 『本日、2082年7月31日は雲一つない晴天です。気温も22度と活動しやすく、絶好の外出日和です!』

 棚の上に置いてあるラジオから、無駄に明るい声が聞こえた。

 「最近思うんだけどさ…天気予報、当たり過ぎじゃない?雨とか曇りも周期的過ぎるし…」

 「そりゃあ、天気予報なんだから当然でしょ」

 「そうだぜ。そんなのいつものことだろ」

 バッサリと斬られた。

 祖父の若い頃は、予報も外れることがあったらしい。最近の天気を見ていると、まるで予報に合わせているようだ。

 気持ちを落ち着けるように、深呼吸をする。

 開け放たれた窓から涼しい夏風が舞い込んできた。外を眺める。


 空が、青い。

 それに呼応するように青く透き通った海。


 まるで誰かの絵画のように、一面にべったりと塗られた青色。


 もしかしたら、僕らは…


 「仮説、なんだけどさ」

 「ん?どうしたの?」

 少女が手を止め、こちらを振り向いた。

 もう本音を語るしかない。笑われるかもしれないけど。


 「…僕らが今いるこの世界って、実は創り物なんじゃないかな?元の世界を人間が暮らしやすく変えた、ひょっとしたらそんなコロニーの中にいるような気がするんだ。そして、ワープした別世界こそが本来の地球だと…」


 「えっ?マジで言ってるの?あれはきっとVRゲームの類でしょ!」

 「ハハハ、都市伝説の見過ぎじゃないか?それとも、夏の熱気にでもやられたか?たいして暑くもないけどな」

 本当に笑われた。

 真面目に言ったんだけどな…。

 「…はは、やっぱりそんな訳ないよね」

 そう返すと、しばらくの沈黙が続いた。電子ノートのペンの音だけがその場を支配していた。

 僕はまた、不自然な青空を見上げる。


 —この夏に、いつか決着をつけてやる。


 心の中で、そう呟いた。

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籠の中の… 虚虎ふじ @uroko-fuji

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