マルドゥック・ハイブリット

@bigboss3

第1話

暗く闇の中に輝く液晶掲示板の鮮やかな光を僕はただ歩いていく。ここはマルドゥックシティの繁華街の中でも、最下層の人間が裏で家業を立てながら暮らすところ。かつて僕が働いていた住処の一つであった。僕が向かうのはその中でも性に対して心身共に何らかな異常を持ついわば人間扱いを受けているとは言い難い人々が働く売春宿。そこには年端もいかぬ小さな小童から陶器のように美しく磨かれた女性の姿をしたものまでが、欲望でぬれた人々にひと時の癒しを提供している。それはいずれも彼らが渇望している自分達より上の階層の普通な人間であった。

 そしてこの僕もその最下層の人間らしくない人間であった。僕は物心つく頃から、ドブ板のスラム街でごみ漁りや物乞いで空腹を凌いでいた。しかし人間らしくない人間であるには別の理由があった。僕は生まれつき男でも女でもなかったからだ。この街では男が社会の頂点として君臨している。彼らはそれを特権階級として町の中枢部に食い込んで私物化している。そして女子供老人などの自分より力が下である人間たちをまるで道具か物、ひいていえば奴隷のような扱いをして、かつての中国王朝やヨーロッパの貴族のように君臨している。

 僕のような人間はそんな奴隷のように扱われる人々とよりもさらに下の階層に位置している。僕を含む性に異常を持つ人間はこの街では両極端の目で見られている。「神の子」として扱われるか、「悪の化身」として扱われるかである。前者であるならばその子は新興宗教などで象徴として扱われるが、一度後者の列席に落ちれば性転換手術を強制的受け去られるか、最悪そのまま臓器などを売買する闇ブローカーによって身体のすべてをプラスチックでできた模型の部品のようにはぎ取られ、残りは飼料として粉末にされてペットや家畜の食事にされるであろう。

 幸いにも僕はそのような負け馬のような道はたどらなかった。いや、正確に言えばそのほうが幸せだったのかもしれなかった。

 僕は人買いに捕まりネットオークションで高値で売りに出された。根は急速に吊り上がり、アクセス件数は五桁を超え、値も通常の値段より二桁も吊り上がり人々は僕の物珍しさに好奇の目で評価された。

 僕はそこかの国の国家予算並みの値段でとある売春宿を経営する組織に売りに出された。そこは正しく売りに飛ばされた人間にとって生き地獄であった。

 毎晩のように私欲に駆られた人間達を相手に商品である僕らは性病や血液病のリスクなど顧みず、楽しましている。そして、そのたびになけなしの生活費を捻出していた。勿論普通の僕を多額のマネーで買えるのだから、売り上げは手元に来る額の数十倍は僕らは稼いでいる。しかし、当然の事なのだがその稼ぎのほとんどを吸い上げられるのだ。そして僕らが腹を空かせた内臓に犬のご飯以下の味がする食事にありついているうちに、組織の人間は普通の人では数年部の稼ぎになろうかという、高級食材に囲まれながら腹を満たしていた。

 こんな生活を長く続けていると心身共に変調を起こす。そしてそれに耐えきれず人目をはらんで逃げ出すが、一度でもそうすれば彼らには厳しいい制裁が待っている。見せしめに身体の部分を損失して、衛星の悪い所や人気の多い所に置き去りにされる。

 しかしたとえそれが分かっていたとしてもこの煉獄から抜け出そうとするものは後を絶たない。僕自身もその一人でいつものように太った金持ちの中年男性に色気を出して寄ってきたところに隠し持っていた食事用ナイフで男の生殖器をソーセージのように突き立てた。子供の用に泣きじゃくる男をしり目に僕は男から電子マネーを抜き取り、阿鼻狂乱のるつぼである売春の溜まり場を飛び出して闇夜の中にいったんは消えた。

 しかし組織の情報網は予想よりも大きく、何も知らない人間にとっては狼のチームプレイで追い立てられる草食動物であった。

 僕は当然のことながら組織に捕まり、生きたまま両手両足を市販の鋸で木材を切るように切断され頭の皮をノリでつけられた紙のように剥がされ、両目をアイスをすくうように抜かれ、両耳を切り取られ、内臓の一部を抜かれた後、生きたまま雑菌や汚水の繁殖地である下水道に浮かべられた。そして、切断された体は臓器密輸組織に高値で売られ、体を必要とする上階層の人間に移植されたのだという。

 僕が発見されたのはかなり早い時期だった。偶然謎の男達が車で僕を運んでいるところをとある女性科学者が見つけたと僕に説明した。その科学者は証人保護緊急法であるマルドゥック・スクランブル-09を使って僕を助けたのだ。失われた体の一部はこの世界では禁止された医療技術で再生され、その結果ちょっとした戦闘AIのような能力を手にすることになった。

 僕を助けたその女性科学者は僕を助けた見返りに似たお願いを要求した。それは僕が買われていた売春組織の壊滅のための

「なぜ僕なのですか?」

 僕の質問に彼女は説明した。マルドゥック・スクランブル-09は本来十人と二匹で構成された組織であったが、ある事件で構成員のほとんどが墓石に収まってしまう事態が起きたのだという。これを受けて当時のこの街で市長を務めていたヴィクトル・メーソンは法律を改正し禁止された科学技術の保有者が市民の生命保全のための法律に変わったという。

「もし断ると言ったら。」

 彼女の言葉は上の言葉そのものであった。有用性がないとみなされ廃棄処分されるだろうといった。最後に折角助けた命をここで捨てたくないでしょっと、励ましに化けた脅しの言葉を口にした。

 こうして僕は、売春組織を空き缶のようにつぶすための捜査のため捜査を行うことになった。そして捜査の過程で浮かんだのが、僕の向かう売春宿であった。

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