第5話 今日を終わらせる"戦い"

闘技場内西側2階通路。

うちと、あずさんの2人で歩いてるとあずさんにパーティコールが飛んできた。

「ああ、……了解した。もう50くらいは潜伏させている。…いくら俺でもそんなヘマはしないさ。うん、では行ってくる。…うい君、ジアから指示が出た。チャットは確認しているか?」

「うん、ちゃんと確認したよ〜。さてさて?あずさん、まずはどうするの??」

左手の操作で表示しているパーティチャット画面で作戦の詳細を確認すると、うちらペアの要、あずさんに問いかける。

「俺達が受けた指示は戦闘行為の鎮圧だ。ところでうい君、準備運動は出来てるかい?」

ん?準備運動?さっきから歩きっぱなしだけど、ストレッチしてない分まだ体の筋が硬くって動きが鈍い。

「ふぇ?まだなんにも、って、おわっ!?」

あずさんに足払いをされて後ろにずっこけるうちの顎すれすれを先の濡れた矢が通り過ぎて行った。

「ワキャウッ!!」

「ちっ、外しちまったよ。テメェ、そこの髪長い姉ちゃんよ。あんた何もん?」

弓を持った男があずさんに向かって矢を構えてる。

その後ろの大きな通路からもう1人うち達がいる細い通路に現れた。

その後ろからも数人、一般プレイヤーをロープで縛り連れてくる。

「おい待て、こんな所に今日の獲物が2匹も居やがるぜ!お前"千兵"だろ?そんで隣で伸びてるちびが"脱兎"で間違いないな」

「だ〜れが、ちびだこらぁ〜!!うちはこれでも身長156㎝でクラス女子の真ん中!!胸だってこの前測ってD、フギャンッ!!」

「ストップザ交通事故」

"ちび"と言われて腹が立って、思い切り起き上がった所をあずさんに頭を掌でわしわしされる。

さっき打った頭の後ろがヒリヒリする〜。

「淑女転ばせておいて、今度は頭を押さえつけるってど〜ゆ〜事ですか!?これ以上ちっさくなったらど〜するんですか!?それにそのスローガン警察のやつじゃないですか!も〜!!」

人為的な重力に逆らうように背伸びをして対抗する。

「淑女が自分のスリーサイズの1番上を暴露するんじゃない。それと、……囲まれてる。冷静になってもらえるか?この2人だけじゃなくてまだ伏兵と奥で戦っている者達がいる……」

膨れた頬をそのままに周囲を確認すると、伏兵が数人と捕まってる人もちらほらっと。

相手の言葉1つに腹立ててる場合じゃないみたいです。

「わっかりましたよう…。それで、この人達どうします?装備の準備は万全ですよ!」

うちのUレア光魔"脱走の白兎 ホワイトキャロル"と、その専用武器"左手の短剣"《マン・ゴーシュ》を装備している。

「OK。ここの数人を片付けたら、うい君には撹乱を頼む。敵が一般プレイヤーから少しでも離れる様に仕向けて欲しい。俺の銃"サクリファイス"の流れ弾に当たらない様にな」

上品に施された装飾が光るシルバーとブロンズの銃を右手に持ち、左手を添えている。

「火の用心?」

「あずきん1体、火事の元っ!」

セリフと共に一撃、弓を構えた相手の脳天に弾丸が吸い込まれていく。

「あずさん消す人でしょがぁ〜!!」

うちは銃声と同時に全速力で駆け回りながら敵プレイヤーに"左手の短剣"を引っ掛けてはまた走り去る。

そして、あずさんが撃ち抜いたプレイヤーの背後を取ると首を掻っ切ってあずさんの隣へ戻る。

「"火事場の馬鹿力"《ピンチ・ハイ》」

これが"ホワイトキャロル"のスキルの1つ。プレイヤー自身の心拍数に応じて攻撃力と敏捷力が増していく。

「ナイスコンビネーション。戦闘に慣れて来たな、うい君。1回の連携で倒せるとは思ってなかった」

銃や弓などの飛び道具にはウィークポイント?とかがあるみたいで、当たり所によってダメージ量が増減するとか?

きっとまだレベルの低いプレイヤーだったんだよね。

あずさんの弾丸で5000、うちの斬撃で2200ダメージが表示されてアバターが消えていった。

「な、なんだ、今の。ちびの動きが目で追えなかった…」

うちのスピードに面食らってる男に近付いてあずさんが銃口を相手の顎に付ける。

「リアルじゃ人命救助とか消化活動とか、相手を選べずにただ命をかける仕事ばかりで鬱憤が溜まっててね。その憂さ晴らしに付き合ってもらう」

「うちら、この人達の"獲物"《ご飯》みたいだよ?」

「や、やめ、やめてくれっ!」

「それは面白いな。衝撃、お前が晩御飯」

ズバンッと1発の銃声で、標的には3箇所風穴が開いていた。

あずさんの武器"サクリファイス"には弾数制限もMP消費もないらしい。

といってもこの世界に武器で銃を持ってる人自体が少な過ぎて、それが普通なのか特別なのかもわからないけど…。

今の3箇所同時射撃もスキルでも何でもなくただの"技術"だって言うし、この人消防士じゃないの?カウボーイか何かなの?

「騒ぎを聞きつけて大部隊が来そうだ。ういさん、今の内にここら辺は片付けるとしようか」

構えていた銃を降ろし、集中するあずさん。

始まる、"千兵"《エインフェリアル》と呼ばれる鬼神の戦闘が。

さっきまでのふざけた戦いなんかじゃなくて、一方的な虐殺。

「"見失う"かもなんで、その銃絶対手放さないで下さいよ〜?」

「わかった。殲滅だ"ジャバウォック"!!"繋命分身"《ウル・アルヴァタラ》」

あずさんの呼び声に"ジャバウォック"は姿を現さなかった。

その代わりにあずさんのアバターが"ブレ始める"。

少し経つとブレが大きく動き実体化して、あずさんのアバターが10体くらいに増えた。

これが"千兵"の由来であり、真髄。

HP1、MP0、同じ容姿、同じステータスの分身を1日最大1000体まで召喚出来る"命操龍 ジャバウォック"の能力。

「うい君、行こう。まず一般プレイヤーを救助する!ここから先の通路で敵が暴れてる様だ。まずはそこから抑える!」

再び銃を構えると、分身達が前方で行われてる戦闘を鎮圧するために走りだしていた。

「今日という日を終わらせる。その為に、敵を殺す"ジャバウォック"!」

「りょ〜かいでっす!!私も全速で戦いますよ〜!"ホワイトキャロル"走るよ!!」

顔を見合わせて頷き合い、うち達も走り出す。

細い通路を抜けるとさっきの奴らが来た方向、大きな通路に出る。

そこでは一般プレイヤーと敵プレイヤーと思しき奴らが戦闘をしてる。

そこに"分身あずさん"達が介入を開始。

大半の敵を一般プレイヤーから引き離し、敵を攻撃している。

"分身あずさん"は本体と違って武器を持ってないから、素手で戦っている。

「あずさんっ!指示通り、引っ剥がすよ!」

うちの光魔"ホワイトキャロル"の最速の能力"ラピッド・ラン"。

能力を全開放して、通路を駆け抜ける。

斬撃と拳打で相手を撹乱し、また駆ける。

全てのプレイヤーがバラバラになって、うちが中央から離れた一瞬、無数の光線が一度に放射された。

危うくうちの頬と肩に光線が当たるところだったよ〜!!

そこに居た敵も"分身あずさん"達も全部急所を撃ち抜かれている。

「"オプファー・レイ"すまないね、うい君。俺は乱れ撃ちが下手くそでね」

「ぜ〜ったいにっ!嘘!!今少し遊んだでしょ〜!さっきまで真面目だったのにも〜!」

この戦い終わったら絶対にジア先生に言いつけてやるっ!

「ん?ところであずさん。"分身あずさん"達にも銃弾当たって消えちゃいましたけど、"ダメージバック"は大丈夫なんですか?」

あずさんの"繋命分身"は効果が大きく強い反面のデメリットが大き過ぎる気がする。

分身体が受けたダメージ(削られたHPではなく被ダメージ時に表示された数字)の10%が本体に還元されるなんて、うちだったら怖くて使えない。

それなのにあずさんは今自分で分身を撃ち消した。

「ああ、うい君は知らなかったのか?今のスキル"オプファー・レイ"は俺の分身体には1ダメージを与え、他のプレイヤーには通常のダメージを与える。だから"ダメージバック"も全部で10体でも1ダメージしか受けない。それに"サクリファイス"で分身体を撃ち抜くと"オプファー・ライズ"というスキルが発動して1体につき各ステータス値が5上がる。分身を生贄にして自身を強化しつつ、敵を攻撃してたって事だな」

能力が変態過ぎる。

自分で作った分身を自分で撃ち抜いて強化するなんて、自分と同じ顔の人を自分で撃つなんて……。

「あずさんって…、M《マゾ》?」

「能力を知る人間全てにこれを言われる俺の身にもなってくれないか?"ジャバウォック"」

空いてる左手で額を抑えて首を軽く振るあずさん。

その時、またあずさんのアバターが少しブレて見えた。

「うっ、反対側の通路で2体やられた。"ダメージバック"は250程度が2体分かそこまでの手練れにやられた訳じゃなさそうだが。うい君、先を急ごう!戦闘は確実に広がっている」

「反対側の通路までってまだまだ距離あるね〜。それまでに敵が増えなきゃいいけど……」

「どうやら俺達は神様って奴に遊ばれてるらしいな……」

「居たぞー!!こっちだー!!標的は"千兵"1人でいい!!数で圧し潰すぞー!!」

ざっと数えてもギルド3つ分くらいの人が一斉に駆け出してくる。

とてもじゃないけど、うちの攻撃力じゃ突破なんて無理だよ〜!

「あずさん!ここはまずいって〜!逃げよ?早く逃げて他のプレイヤーさん達と合流しようよ!!」

ここに居たプレイヤー達は瀕死状態だったからうち達が制圧して来た後ろに避難してもらってる。

その人達の回復が終わっていれば、戦える人と合流してこっちも戦力を増やして!

「いいや、うい君。俺1人で片付ける。"繋命分身"、俺の分身達は武器を持っていないしHPは1しかない。とてもじゃないが"普通"の戦力とは呼べないだろうな」


ズズズズズズズズズズッ!!


うちの言葉を遮って、20体の分身達を召喚したあずさん。

その背後から重苦しい音が聞こえると、空間が歪み赤と黒の2色が入り混じった別空間への歪みが形成されていた。

「こ、これって、まさか……」

「ああ、そのまさかだ。恥ずかしがり屋だからあまり顔は出したくないそうなんだが、やれやれ。俺1人を狙ってくれるなら"主役"として目立ちたくなるよな"相棒"」

あずさんの呼びかけに答えるかの様に、歪みから灰色の鱗を輝かせて爪がとても長い大きな龍の腕が現れた。

「これが、"ジャバウォック"。初めて見るけどなんか、怖い……」

「おっとすまない、うい君。俺よりも後ろに下がってくれ。それでも怖かったら目を閉じているといい。今からもっと怖いものを、…見せるから」


バリンッ!!バリバリバリバリバリッ!!


その言葉と同時に反対側の手の爪らしき物が歪みを掴み空間を割りながら広げていく。

「ぜ、全体止まれぇぇぇええ!!!な、なんだアレは!!"千兵"は自身の分身を作るだけの能力のはずっ!?」

「し、知らない!!俺は、こんなのぉ、知らない!!お、おい何やってる!!止まるなっ!下がれっ早くさがれぇえー!」

敵の部隊約30人から悲鳴が上がる。

そして広がった異空間から"ジャバウォック"の上半身がこちらに出て来た。

さっき決闘で見た骨の龍よりも小さく見えるけど、こっちの方が力強く恐ろしく感じる。

身体の震えが止まらない。

ゲームだから有り得ないけど、おしっこ漏れちゃいそう……。


「逃がす訳ないだろう。お前達は罪もないプレイヤーを捉え、ログアウトの出来ないフィールドダンジョンに監禁し次のアップデートを待つ予定なんだろ?そんな馬鹿げた計画をこの俺が見過ごす訳がないだろおぉおっ!」


グォォォォォォォォオオオオオ!!!!!


あずさんの怒りに呼応して"ジャバウォック"が血の涙を流し咆哮を響かせる。

敵部隊に立って居られるプレイヤーは1人も居なかった。

うち、もう泣きそう。

「お前達が奪おうとした物全て、この俺がお前達から根こそぎ奪ってやろうっ!!"聖域"《サンクチュアリィ》」

またうちが聞いた事ないスキル。

"ジャバウォック"が両手を地面に付けると空間に爪を立て砕き割り、前方の敵部隊を丸々異空間に飲み込んだ。

それに続く様にあずさんと20体の"分身あずさん"達も異空間へと降りて行く。

「あずさぁぁぁあああんっ!!」

怖くて、悲しくて、寂しくて、もう訳がわからなくて泣き叫んでしまう。

それを聞いてこっちを向いてくれるあずさん。

ニッコリと笑ってピースサインを送ってくれる。

少し安心して笑う事ができたけど、それもつかの間。

取り残されたうちを"ジャバウォック"が摘み上げ、頭の上に乗せる。

「ふぇ?ちょっとっ!ねぇ〜〜〜!!!なんで??え、なんで!?!?!?降ろしてっ!お〜ろ〜し〜て〜!!」

ペチペチと"ジャバウォック"の頭を叩くけど全く動じる様子もない。

グググッと振動が伝わって来たと思ったら"ジャバウォック"もあずさんを追って異空間に戻って行く。

これ本当なら飛べないんじゃない?

と言いたくなるボロボロな翼をはためかせて、ゆっくりと下に進んで行く。

「絶対落としちゃダメだからね?ぜっっっっったいにっ!ダメだからねっ!」

さっきと言ってる事違うくらいうちもわかってるよっ!!

でも、赤と黒の底無しの空間に落ちて行くなんて思ってもみなかった。

上を見ると既に元いた空間とこちらとの歪みが閉じかかっていた。

「あずさん、どこぉ〜〜〜〜〜」

"ジャバウォック"の角にしがみついて、下を見ない様にキョロキョロとあずさんを探す。

次第に落ちていった敵部隊のプレイヤー達が上げる悲鳴が聞こえて来た。

「こんなに落ちてたんだぁ………」

もう恐怖とか通り越して引くよね。

空間の中に1つだけ浮かぶ円形の巨大な石版。

そこには、まだ立てずにいる相手プレイヤー達と腕を組んで立っているあずさんとその後ろに控える"分身あずさん"達の姿があった。

「さぁ立て。ここがお前達が望んだ戦場だ。俺達Uレア持ちをクエストボスに仕立て上げるつもりだったんだろう?お望み通り、レイドバトルといこうじゃないか」

Uレア持ちがクエストボスに……。

今日の、ギルド『ジュラシック』とギルド『Lorelei』の決闘が始まる前にジア先生とあずさんが言っていた今後起こる事態っていうのがそれなのかな?

だとしたらそれが、あずさんが怒ってる理由で、こんな事になった理由。

本当に許せない。

「声も出ず、足も動かないか。情けない。ただのクエストのボスに腰を抜かした事があるのか?……それもどうでもいいか。そろそろ始めないと"HPが勿体ない"」

「??HPが??」

訳が分からなくて自分のHPゲージを見てみると、0.5秒くらい毎に1づつダメージを負っていた。

「早くしないとどんどん不利になっていくぞ。それでもまだ向かって来ないのか。……なら、俺から仕掛けさせてもらうぞっ!"ジャバウォック"!!」

命令を聞くと"ジャバウォック"は石版に立っている"分身あずさん"達を両手を向かい合わせにして挟む様に"押し潰した"。

そして右手の人差し指の爪であずさん本体を背中から貫く。

「ぐぅぉぉぉあああぁぁっっっ!」

貫通して直ぐに引き抜くとあずさんの背中に傷跡は無く、お腹に爪跡の形をした歪みが出来ていた。

そこからズズズッと何か武器の柄の部分が姿を現した。

それを両手で持ち、一気に引き抜く。

「"ヴォーパルソード"はぁ、はぁ、はぁ。この剣は、相手に与えたダメージの10%俺が回復出来る能力"オプファー・ドレイン"というスキルを使える。この剣の召喚に1000HPを消費した今の俺のHP残量は7000。約1時間、俺の攻撃を避けきればお前達の勝ち。もちろん俺のHPを削りきってもお前達の勝ちだ。こんな優しいゲーム、見た事も聞いた事もないな。さぁ、………蹂躙だ」

ユラッとブレが発生するとあずさんが5体に増えて相手の部隊に向かって走って行く。

恐れをなしたプレイヤーがやっとの思いで立ち上がるとたちまち真っ二つになっていく。

今、あずさんが出した"分身あずさん"達が全員"ヴォーパルソード"と呼ばれた"サクリファイス"と同じ色、同じ様な装飾が施された剣を持っていた。

それにいつもなら1回でも攻撃に当たると消えてしまっていた"分身"が相手プレイヤーの攻撃を剣で防御していた。

このゲームでは武器で攻撃を受けても多少のダメージが発生する。

"分身"のHPは1しかないって言ってたのに……。

スパスパと相手プレイヤーを刻んでいくあずさん達。

もう悲鳴すら聞こえて来なかった。

「"聖域の守護者"《サンクチュアリ・エインフェリア》これが俺の二つ名のルビの由来だ。この"聖域"の中でのみ発動できるHPを分割し、武器も分身する"完璧な分身"。その分の"ダメージバック"も増えるんだが、"オプファー・ドレイン"の効果も増える。ダメージが多いか回復が多いか、本当に変態な能力だ」

全ての敵を倒すと分身は消え、あずさんに分身に残ったダメージと回復が一気に入っていく。

結果としてあずさんのHPは11050まで回復していた。

「やれやれ、ボス戦をやりたがっていた連中がこれとは。やり甲斐の無い仕事だったよ」

「いや、いやいやいや、これは怖くて戦える訳ないっしょ〜〜〜」

絶対にリアルだったら上からも下からも水分がダバダバだよ〜〜〜。

うちの心の涙を他所に、あずさんは"ジャバウォック"に飛び乗ると元の空間に戻るように命令していた。

ああ、やっと帰れる。

「あずきん1体火事の元」


"千兵"《エインフェリアル》本当に、ちょ〜〜〜恐い!



グランベリー大闘技場出入口。

会場内のカフェテリアから外に向けて歩いていると遠くに人集りが見える。

「ゆっくりし過ぎました。もう少し早く席を立つべきでしたね。数は24?2つのギルドで封鎖してるんでしょうか?……どうしましょうかね……」

私『米糀』本名 米村伊奈帆よねむら いなほは今、現状をどうするか考えている。

先程"千兵"と約束をした通り、今日ここで起こる事態には個人的に協力をしたいと思っています。

それにはまず出入口の確保をしたいんですが、面倒は避けられない様子。

ここを避けても出入口は1つだけだし。

引き返して観客席に行こうにも、これから起きそうな事が本当なら混乱を大きくするだけでしょう。

それなら。

「すいません!ちょっと外に出たいんですけど、通して貰えますか?」

直球ど真ん中ストレート。

飾り気のない台詞に何も考えず通してしまうというモブならではのミスをここでっ!

「ふむ、あの男リストに上がっている"ダイヤモンドダスト"に間違いありませんね」

バレてるーーー!!!

専用衣装身に付けてるし、顔隠してないし、仕方ないか。

全身白と青で彩られた鎧に身を包み、オレンジ色の癖のついた髪と青い瞳を動かして自分の身なりを確認していた。

戦闘を行わずに立ち去る事は諦めて戦闘準備に入るとしましょうね。

「沈めますよ"ウンディーネ"!」

全身、水と氷で出来た水属性のUレア光魔。

その容姿の美しさに私も見惚れてしまう。

「あれが"原初の水氷 ウンディーネ"全員注意しなさいっ!!20人のプレイヤーに囲まれても一瞬で動きを止め、砕き倒したと聞く。ただ吠え突っ込むだけの猪は今ここで死になさいっ!!」

1人の女性プレイヤーが武器を構えるプレイヤー達を引き止める。

敵にも冷静な方が居るものなんですね。

「"クリスタル・コア"!おっと、あははっ。どうやらとても買いかぶられているみたいですが、私にはそんな芸当は出来ませんよ?」

青く光る、流れる水と氷を思わせる結晶の盾を召喚し、その重さに少しよろけてしまった。

盾の結晶のは透けていて、中央はオレンジ色に光っている。

「謙遜は美徳ではないよ、"ダイヤモンドダスト"油断させようとしてもそうはいかない。全員距離を取って戦いなさいっ!魔法攻撃を避け、こちらも魔法と遠距離攻撃で対抗する!!近接戦闘も当てたらすぐに下がりなさいっ!!行くわよっ!」

よく通る声だ。

独自に私への対策を元々考えていたんでしょうね、よく頑張りました。

それなら勘違いをしたままでいてもらいましょうかね。

「"アイスブレード"さて、まずは魔法と飛び道具でしたね。どうぞご随意に」

右手に氷で出来た魔法武器を召喚した。

「舐めてるわねっ!総員魔法攻撃っ!」

火、水、風、土、雷の全属性の魔法が私の専用武器"クリスタル・コア"に当たる。

盾で防いでも18種の魔法を正面から受ければ6000のダメージが入る。

「全て正面から受けるなんてその武器、相当な重さで動けもしないらしいわね。さぁもう1回よっ!弓使いも放ちなさいっ!」

また同じ魔法攻撃と矢が飛んでくる。

「"アイスウォール"!!」

氷の壁を召喚し、殆どの攻撃は防げたけど弱点属性の雷魔法は壁を貫通して盾に当たる。

「うぅあぁぁぁああっ!!」

ダメージは大した事はないけれど、少し大げさに叫んでみる。

「あははっ!貴方本当に"ダイヤモンドダスト"?もしかして貴方が戦った相手ってルーキー集団だった訳?おっかしぃ、あはははっ」

「司令塔が笑ってちゃダメでしょう……」

この人にはこの場の緊張感が伝わってないのだろうか?

実際、私の"術中"である敵の殆どは空気が冷めている事に身体が反応して震えている。

さて、そろそろですね。

「"アイシクルフロア"」

魔法で召喚していた"アイスブレード"を地面に突き刺し床を凍らせる魔法を発動する。

元々"アイスブレード"は攻撃用魔法ではなく水属性魔法の強化に使う魔法。

"アイシクルフロア"の効果は相手を確率で"氷結"の状態異常にする事。

"氷結"は相手の動きを10〜15秒間停止させ、雷属性への耐性を少し下げるというもの。

「貴方、いったい何を?お前達も何ぼさっとしてるの!?早く次を放てっ!?え?」

「貴女が命令しているのはその"氷の人形達"にですか?そこの皆さんは、あと数秒は動けませんよ」

周囲の冷気が白くなり視界を曇らせていく。

「な、なによ!いったいどうなってるのよっ!!」

狼狽え震える敵の司令塔。

「答えは簡単ですよ。私の専用武器"クリスタル・コア"は攻撃を受ければ受ける程周囲に冷気を発生させ、凍てつかせる。そしてこれが私の力、私の二つ名の由来とも言えるスキル」

左手に装備している結晶の盾の中央の光が強くなっていく。

盾の上の部分の結晶が弾け、剣の柄姿を現した。

「"クリスタル・コア"には名前の通り"コア"があってですね。これは1度の攻撃が盾に当たってから5秒間、受けたダメージが5000を超えると抜くことができるんです。そしてその効果は……」

「ひっ、ひぃぃいい、嫌、嫌よっ…………」

悲鳴を上げる前に凍りついてしまった。

まぁ、好都合ですかね。

「終わりにしましょう。"コア・ザ・ウンディーネ"!!」

オレンジ色に光る剣を引き抜くと同時に振り抜いた。

居合斬りの様に剣を振ると、凍っている全ての敵が砕けて光になっていく。

「"ダイヤモンドダスト"。この剣は"氷結"状態の敵を攻撃した時、全てのHPを吹き飛ばします。なんて説明、誰にしてるんでしょうね」

一面の銀世界。

そこに1人佇みながら、武装を解除した。

そして開いた入口の扉に触れ周囲の一帯を再び凍らせる。

「退路は開きましたよ。あとは、お任せしますね」

闘技場内に向けて呟いて、外に出る。

外には試合中の歓声とプレイヤー達の戦闘音が響いていた。



うぉぉおあああぁぁぁっ…………。


赤く染まる視界。

切り落とされた左腕。

残る右手の掌から滑り落ちる武器の感触。

硬く冷たい床に背中が吸付けられる。

鳴り止まない心臓。


僕は負けたんだ……。


試合終了のブザーが闘技場に響き渡る。

2人は勝っただろうか?

もし、勝っていたら、どうか…。

どうか、eliceさんを逃がして……。

目の、前の、転移盤まで。


意識が保たない。


HP残り1120。

MP14。

あと1撃で消えてしまう。


もう、足が動かない。


ここまで守りきったんだ。

相手もあと数人だけなんだ。

僕にできる事は、全部…。


「お前、よくも仲間を消してくれたなぁ。何とか言ったらどうだ?あぁ!?…チッ、だんまりかよ」

血が滲む瀕死の双眸に映る、大男。

もう顔立ちも髪の色もわからない。

「…………………」

「なんだお前のその面ぁ。ムカつくんだよ。もういいや、消しちまおうこんな雑魚」

仰向けに倒れる僕の首をその男は鷲掴みにして身体全部を持ち上げる。

苦しくて、息も出来ない。

「雑魚装備でこの俺相手によくやったよ。お前の名前だけは覚えといてやる。それじゃさようならだっ!!」

手に持った"バスターソード"振りかぶる大男。

もう、ダメだ………。

先輩、すいません。

eliceさん……。


「息吹け"シルヴィア"」


意識が途切れるかと思った時、聞こえた言葉に全身の神経と汗腺が反応する。

(まずいっ!!ダメだ!!eliceさんっ)

首から下に力が入らない……。

早く、止めないとっ!

Uレアを解放したeliceさんに残った敵3人が目を付ける。

「お前ら、そこのカモ捕まえて外持ってけ。か弱い可憐なボスが出てくるのクエストとか、楽しみだなぁ」

(ふざけるな!その人にはっ、その人には絶対に触れさせないっ!!)

震える手足を揺らし、少しでも抵抗する。

「今更足掻いても遅いんだよっ!!てめぇはここで死んどけカスがっ!!」

一閃。

上半身と下半身を両断すべく放たれた横薙ぎの刃を残る右腕を相手の腕に絡め、両足を振り上げて大男の顎を蹴り上げる。

「ぐぉあぁっ!!でめぇ、あにひあぎゃゆっ!!!」

勢いと無警戒の幸運の1撃により相手の顎を砕いた。

だかもう腕が動かない。

足はまだ少しなら走れる、それならっ!

「うをぉぉぉぉぉぉおおおっ!!!」

もう言葉なんて要らない。

ただがむしゃらに叫び、地面に落ちた得物"流水槍"を口に咥え残りの力を振り絞り走る。

eliceさんに近づく敵の1人を後ろから突き刺した。

すぐに引き抜き、もう1撃。

倒れる前に与えていたダメージもあったのか、そのプレイヤーのアバターが光になって消えていく。

駆ける勢いでeliceさんの前に立ち、敵を睨む。

残る敵プレイヤーは、大男と他2人。

頭に、頬に、ポツポツと雨が当たる。

(もう、ダメだ。足が完全に動かない……)

視界が黒くなり、カランコロンッと金属音が近くで聞こえる。

すいません皆さん、先に、逝きますね……。


崩れ落ちる身体を優しい風が包み、穏やかな浮遊感の中に意識が落ちて行った。



「"凛風の杖"《ヴァント・ミューレ》癒しなさい"完全回復"《オール・ヒール》」

魔法名を口にすると、緑色の穏やかな光が地面から発生して赤碕さんを包み込む。

瞬く間にHPが全回復して欠損していた左腕も元通りになった。

けれど、彼の意識は戻ってこなかった。

精神的な疲労からかな。

既に顔の泣き跡は乾き、穏やかに眠っている。

「"シルヴィア"赤碕さんを私の少し後ろへ」

私の命令に頷くと赤碕さんを優しく抱き上げ、移動させる。

「貴方達、絶対に許さないっ!私なんかの為に無茶してこんななってる赤碕さんも後でお説教だからねっ!!」

専用衣装"聖女の正装"を纏い、専用武器"凛風の杖"を構える。

「茶髪のボブに、茶色い目。それに緑色の修道服…。間違いない!"風の聖女"だっ!お頭っ、こいつ本物ですよ!」

「んなこたぁ分かってんだよタコッ!姉ちゃんな、可愛い顔なのはいいんだがよぉ。その態度は何?俺達を許さないって?あははっ、誰も許しなんて要らねぇんだよっ!俺の顎潰してくれてよぅ、高いポーション使う羽目になったし、うちの奴らの殆どを消してくれた"そいつ"に、まだお礼してねぇんだよ。目の前で姉ちゃんボロッボロにひん剥いてやろうか?あぁっ!?」

"バスターソード"を肩に担いで迫ってくる。

こういう人って、本当馬鹿みたい。

許さない。

無力な私も、ふざけてるこの人達も全部!

「近寄らないでっ!"風の障壁"」

杖を前方に構え魔法を詠唱する。

私と後ろの赤碕さんを包むように竜巻が発生する。

これは風属性の防御魔法で、相手は触れてもダメージはないけど代わりにMPが削られていく。

「くそっ!許さねぇとかほざきやがって!!てめぇは隠れるだけかよクソアマッ!」

相手の吠える声に身体を震わせる。

「"シルヴィア"お願い、力を貸して」

"シルヴィア"は私の声に応える様に背後に寄ると、ポンッと肩に手を乗せて微笑んでくれる。

笑顔に心を洗われ、震える身体が落ち着きを取り戻していく。

「さすが"聖女"ね。ありがとう、もう大丈夫よ。攻撃を開始するわ!」

"シルヴィア"は頷くと少し離れて両手を広げる。両方の掌に魔法陣が発生し緑色の光が集まっていく。

次第に弱まる障壁。

相手の顔が見えた瞬間に仕掛ける!

「いくわよっ!"春の激風"《プリミオーレ》!!」

私が使える数少ない攻撃スキル。

"シルヴィア"が魔法陣をかざした方向に直線状の竜巻を発生させる。

標的は"バスターソード"以外の2人!

「うぉおあっ!竜巻の中からまた竜巻!?」

「こんな直線的な攻撃当たるかよっ!!」

1人には命中、2人目には避けられてしまう。

与えたダメージは4000。

これだけじゃ倒せない。

私の専用武器"凛風の杖"の能力は自身の攻撃力を分割して魔法力と敏捷力に加えるというもので、直接の攻撃ではダメージ0なの。

許せないし許さないけど、でも私の力じゃ……。

「おお、おお。威勢の割にはショボい攻撃だなぁ。そんなんで俺らに勝てると思ってるのか?……、来いよ"サイクロプス"!!押し潰してやるよ。後ろの男と一緒にペチャンコになぁ」

"怪腕巨人 サイクロプス"。

現在実装されているUレアの1つ。

能力は私にはわからないけど、担いでる"バスターソード"と"怪腕"の名前からは攻撃力強化の能力で間違いなさそうだけど。

私にはそれを防ぐ力はない。

私1人じゃ守れない。


悔しい……。


いくらギルドがあって複数のメンバーで戦えるゲームだとしても、その中には1on1の戦いがあって、最終的には個人の能力で勝敗は決まる。

私は戦闘に向いてない。

だから勝てない?

そんなの悔しいよ。

右手の杖を強く強く握る。

そして、悔しさで震える唇を開いて声を出す。

「……って、………さいよ」

「あ?なんか言った?」

こんな奴に、2度と仲間を傷付けさせたりしないっ!!

「潰して、みなさいよっ!!私はまだ、戦える!」

「おーおー、言うじゃねぇの!ならお望み通り、ぶっ潰してやらぁ!!"サイクロプス"!!」

走り迫る巨人。

武器を振りかぶるプレイヤー。

その2つの影が不自然な形で止まる。


「"糸を操る者"《ワイヤープーラー》。よぉエリス!お前がキレてるの見るのは久しぶりだな。俺が黙ってノイさん連れて風俗行こうとした時以来か?」


テクテク。

鬼気迫る表情で静止する敵前に、紅白の仮面を付けた黒装束の男がのうのうと歩いている。

「もう何言ってるのよっ!遅いのよバカッ!!」

この世界の最狂にして最凶の男。

プレイヤーネーム"ヒー"。

馬鹿で空気読めなくてデリカシーもない。

ただ優しく思いやりの強い、最愛の人。

「わりぃわりぃ、決闘勝ったはいいけど敵の軍勢が押し寄せてきちゃってな。こっち心配だったから、ある程度戦って鳥くんとひぷさんに押し付けて来た!」

仮面で顔は見えないけど、 無理に明るく振舞ってるのはわかる。

さっきから私と後ろの赤碕さんを交互に見ているような、そんな気がする。

「ヒー、お願い」

「んー?」

「こいつら、思いっきりぶっ潰して!!」

「お安いご用でっ!!」

ガチャッ、バラバラバラッ。

おどけて返事をすると、鍵付きの魔本を広げ相手に向き直る。

「君ら、歯ぁくいしばれや。俺の大事な"部下"と"嫁"に何してくれてんだっ!!……許してもらえるなんて思うなよ。全員、塵にしてやるから……"エクス"!」

背後に浮かび上がる4本腕の人形。

最悪のUレア"エクス=マキナ"。

悲劇の様な喜劇の幕が今、開かれる。

「て、てめぇ、何しやがる……」

「["主人"の御前だ。無礼は慎め!"サンダースピアー"]」

動けない相手プレイヤーに雷の槍が突き刺さる。

「ぐぉうぁぁぁああっ!!」

電流が全身を流れ苦しむ大男。

痺れが治ると体の自由が戻っていた。

「痛ぇ。が、こんな攻撃で俺がくたばると思ったか馬鹿がっ!!」

「〔馬鹿はお前だよブサ男。あはははははっ!!"主人"の狙いなんてあんたには解んないだろうね!"サマーソルト"〕」

いつの間にか"マキナ"に人格が変わってる。

"マキナ"は残る2人のプレイヤーに攻撃スキルでダメージを与えていく。

2撃目がヒットした時、"エクス=マキナ"の元々の身体?入れ物?の4本腕が動き始める。

今、ヒーの意識は"あの中"にある。

"劇王の意志"《デウス・インテサオン》。

攻撃したプレイヤー達のステータスパラメータを入れ替えて戦闘の全てをぐちゃぐちゃにする恐ろしいスキル。

「クソがぁっ!!!ちょこまかと逃げやがって!!」

大振りの"バスターソード"を飄々と躱していく"マキナ"。

躱し、攻撃してまた躱す。

確実に相手の怒りを買い、注意を惹きつける。

それも全て、ヒーの思惑通り。

「もう我慢できねぇ。テメェのそのクソみてぇな仮面っ!!身体諸共ぶった切ってやる!!!EXB"巨腕の破砕刃"《ブレイク・ザッパー》!!」

大男の背後で"キュクロプスが大剣を召喚し、大きく振りかぶる。

観客席を破壊し得るだろう規模の攻撃。

急降下する刃が赤く光りを纏い勢いそのままにヒーのアバターに迫る。

「…………ショー・タイムッ!!」

左手に閉じた魔本を持ち、右手を刃に向けて広げる。


ズドォォォォォオオオオオォォォォォン!!


辺り一面に響く衝突音と吹き荒れる突風。

強大な1撃に、おおっ!っと敵プレイヤー達が歓声を上げる中で私は笑いを堪えるのに必死だった。

だって目の前には……。

「ん?ハエでも止まったか??」

人差し指と中指の間に"キュクロプス"の刃を挟み止めているヒーが立っていた。

ダメージ表示は350。

レベル80のプレイヤーに対して50レベルのプレイヤーが与えられるくらいの数値になる。

「馬鹿なっ!?バグか?それともてめぇっ!何かチートしてやがんのか!?」

「いや何もしてねーよタコ。もう1度顎潰してやらぁっ!!」

受け止めた刃と魔本をほっぽり投げて、相手との距離を一瞬で詰める。

両手で相手の頭を持ち、思いっきり膝を顎にぶつけていた。

痛そ〜。

案の定口から血を吐き倒れる大男。

「お頭っ!?てめぇよくもっ!!」

「チーターのくせにいい気になりやがってぇ!!」

武器を持ち、ヒーに突進をしかける相手プレイヤー2人。

それを見てまた立ったままでいるヒー。

ゆっくりと右手を上げて指をパチンと鳴らした。

「赤碕チュン、やっておしまい!」

「はい、先輩。"スプラッシュ・スピア"!」

瞬間、相手プレイヤーが2人共渦巻く水の槍に串刺しにされて消えていった。

眠っていた赤碕さんが相手の横の瓦礫に隠れていたんだ。

ヒーが相手を挑発し、攻撃と目線を集中させてたのはこの為だった。

「よくやったぞー赤碕。うちの嫁逃せなかった分明日の残業積んでやろうと思ったけど、半分減らしてやる」

「僕、それ喜んでいいんでしょうか……」

肩を落とす赤碕さん。

目が覚めていて、行動を始めたのは"シルヴィア"が見ていて教えてくれたから知ってたけど本当に目が覚めてよかった。

ゲームの中だからって、意識不明の状態なんて危な過ぎる。

「さて、お仲間はみんなお星様になったみたいだけど、……もう終わりでいいよな?」

口元を押さえ、喋れもしない大男は身体を引きずり下がりながら首を振る。

それを全く無視してヒーは言う。

「そんな雑魚装備でこの俺相手にホントよくやったよあんた。お前の名前だけは覚えといてやるから、それじゃさようならだっ!!だったっけ??そっくりそのまま返してやるよ。今流行りのブーメランってやつだ」

落としていた魔本を拾い上げるとページをバラバラと開き、真ん中辺りで手を止める。

「俺の必殺技は攻撃系じゃないから、最大級の魔法で"幕引き"としよう」

"悲劇と喜劇の台本"このゲーム史上最悪の魔法。

その中には雷属性の魔法と攻撃系スキルが多く書き記されてるらしい。

開いたページに右手を置き、相手が倒れている地面に黄色の魔法陣が敷かれた。

「"魔導直撃雷"《マディライトサンダー》!!」

上下で生まれた雷雲から魔方陣に吸い込まれるように大きな稲妻が落ちる。

大男の涙が地面につく前にアバターごと消えて無くなる。

「誰の嫁に手ぇ出したのか、リアルで後悔してこい」

仮面を取り、クレーターとなった、相手のいた場所をギッと睨む。

「もう、戦いたくねー!さすがに疲れたわー」

「全くです。明日、有給貰えませんか?先輩」

「やだよ!お前が取るなら俺も欲しいわっ!」

2人共地面に背中を付けて、馬鹿みたいなリアルの日常会話を始める。

ヒーのセリフで1つ気になった事があった。

「ねぇ、ヒー。なんで相手が赤碕さんに言ったセリフ、貴方が知ってたの?おかしくない?」

「それは俺がこっそり赤碕の戦いを見てたからだよ。それに何処で現れたらカッコいいかずっと考えてた」

本当にこの人は……。

「ヒーが来ない所為で私達が2人共消えたらどうするつもりだったの!?」

怒る私の顔を見てヒーはひたすら笑う。

「エリスがいる限り、2人消えるなんて有り得ないだろ?だから心配だったけど、安心もしてたんだ」

それは信頼の証だった。

私が絶対に仲間を見捨てないし、負けないっていう愚直な信頼。

「馬鹿ね」

嬉しさ半分、呆れ半分。

"最悪"で"最凶"のプレイヤーの素顔は、とっても無邪気で子供みたいに純粋な人。

もっと多くの"仲間"にこの人の良さが伝わったらいいな。

赤碕さんに見守られながら転移盤に乗る。

他所の街に飛び、宿屋にでも泊まってリアルへ帰ろう。

また明日を迎える為に。

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