第4話 最凶の"黒幕"

今、闘技場が燃えていた。

赤々としたどこでも目にした事のある火炎ではなく、艶めかしい紫の炎。

その炎の中で舞い踊る"エキドナ"と呼ばれた光魔は過去にクリアされてる高難易度クエスト『魅了の火炎』のクエストボスにして、クリア者に従うUレア。

あのクエストをクリアしたギルドがあった事までは知っていましたが、名前までは噂されてませんでしたね。

「なんと、なんと!、何という事でしょうか!?!?『Lorelei』鳥である氏の"魅了"によって『ジュラシック』次鋒もいとも容易く倒されてしまったぁぁぁああ!!これは私も耳にした事がある、あの二つ名持ちが再び現れたという事なのでしょうか!?紫の炎を纏い、その爪牙でプレイヤーを撹乱、翻弄する"毒蛇"《ヴァイパー》と呼ばれた驚異!!それが今、ここにっ!!」


うぉぉぉおおお〜〜〜!!!!!


実況のセリフに会場が湧き上がる。

「なんだよ"鳥である"って!!全然蛇じゃねぇかっ!!」

「"無駄骨"に"毒蛇"がいるギルドなんて何処の悪質ギルドよりも悪質ってか、危険だろっ!!」

「少し怖いけど、でも、……かっこいい///」

様々な感想が周囲から飛び交っている。

「あのー、デリさん?貴女は何を見惚れてるんです?」

「ふぇ!?あ、その、申し訳ありませんわっ。ついつい熱い戦いに、こう、滾ってしまいましたの///」

両頬に手を当てて何やらクネクネと動く黒髪のロングヘアー。

メガネが良く似合う顔立ちに黒い双眸。

装いはよくあるファンタジーゲームのナース服の様なフリフリした何か。

その肩には彼女の光魔、SS『カーバンクル』が鎮座している。

「もうすぐラストバトルが始まります。これからが"こちら"も本番の様ですからしっかりと構えていて下さいね?」

「わ、わかっていますわ。ところでジアさん、1つ気になっているのですけど質問よろしくて?」

頬の手を降ろして、顎に人差し指を付けながら何か尋ねようとしている……。

「何でしょう?」

「あちらのお2人、どっちが攻めなんでしょう??」

「わかりました。丁度"殺人衝動"のご飯の時間でしたので、敵よりも私が先に」

「本当にごめんなさいでしたっ!!」

冗談なのか、それとも本気で言っていたのかわかりませんが緊張感がなさ過ぎですね。

「それはさて置いて、気になってるのはあのHypnosという方。あの方の光魔は何処に行ってしまったのですか?装備している光魔は殆どが背後に控えていると思ってましたのに」

そう、彼の光魔"死骨龍イザベラ"は彼のパッシブスキルの効果時間の終了と同時に消えました。

私の"ハートレット・クィーン"は常に背後に控え、スキル発動時に自動行動をしたりしますが、しかし…。

「私にもわかりません。あの規模の光魔をどう扱っているのかは今度あずに聞いてみましょう」

我がチームメイトの『あずきん』も"命操龍ジャバウォック"という"死骨龍"よりは小さいが巨龍を従えるプレイヤーなのだ。

「あずさんも能力発動する際には背後に出てくるのですよね?私も見た事はありませんが、普段は居ませんよね?」

「言われてみれば…。特に能力の発動などに問題はなさそうですが、気になってしまいますね」

そんな事よりも、もうすぐラストバトルが始まります。

今までじっと観察してきましたが、確実にここが引き金になる。

「あず、聞こえますか?行動を開始して下さい。命令内容は戦闘行為の鎮圧、ういさんにはパーティチャットに書いた内容をチェックして貰って下さい。くれぐれも対抗、反撃、救助を支援してくれるプレイヤーをキルしないように気を付けて下さいね」

パーティコールで仲間に指示を出し、自分も手にした武器を強く握りしめた。

瞳を閉じて深呼吸し、目を開く。

「なっ…………!!」

その時、目に入って来た光景に目を疑った。


「客席の皆様っ!!長らく、長らくお待たせ致しましたぁぁぁああ!!!『Lorelei』VS『ジュラシック』ラストバトルの開始直前っ!!選手入場〜〜〜〜〜!!!」


『ジュラシック』ギルドマスターの男が従えるのはガチャドロップUレア『殲滅兵器ギガ・ダイナソー』。能力等は不明だが、攻撃力特化プラス特殊アビリティと考えてまず間違いない。

その使い手が先頭で入って来たのは何もおかしくない。

だが……。

「デリさん、戦闘準備です。早くつ!!」

「は、えっ?あ、はいですわっ!"カーバンクル"ッ!!!」

「"ハートレット・クィーン"!!」

「おーおー、"赤騎士"さんよ。やっぱりあんたは感づいてやがったかよ」

「お前ら俺達について来てもらうからよろしくな〜」

「そこの姉ちゃんは美味しく頂いてやるからよ〜。楽しみにぃっ!!!」


キィィィィィイインッ!!!


耳を劈く音を響かせて"殺人衝動"がプレイヤー3人を真っ二つに斬り伏せた。

一撃で光になって消えていくプレイヤー達に周囲の善良なプレイヤー達の顔が青ざめて居た。

"ハートレット・クィーン"を持つ者のパッシブスキル。

パッシブスキルとは常時発動可能な使用回数制限は物によってはあるが、MPは消費しないスキルだ。

"血女王の狂食"《ブラッディア・ドレイン》。

最大レベルでスキルポイントを攻撃力と防御力に振り分けている私の"殺人衝動"での振り抜きは同じ80レベルプレイヤーが防御力を最大強化してたとしても6000はダメージが入るでしょう。

そして"血女王の狂食"はその日1番始めに攻撃した時、ダメージを3倍にする代わりに自身のHPを3分の2飲み込まれる。

合計18000のダメージを負った3体のアバターはレベル70代前半。

10000前後のHPしかない相手にはきつかったでしょうね。

物理的にも、そして精神的にも。

「いつ見ても恐ろしい力ですわ。今回復させますわね。"ルービーライト"…微力で申し訳ありませんわ」

"カーバンクル"の回復力は決して弱くはない。

でもさすがに削られたHP約9000を全回とはいかない。

「ありがとうございます、デリさん。いつも助かります」

少し落ち込むギルメンに礼を告げると周囲を見渡し、大声で叫ぶ。

「今っ!この瞬間を目にした全てのプレイヤーに告げるっ!!この大闘技場は今、まさに今戦場となった!!私、"赤騎士"『ファンタジア』はこの戦闘の鎮圧に向かう!各々、武器を取れ!!戦う必要はない!自分の身だけでも自分で守って欲しい!!」

ビィーーーーーッ!!!!!

2階席に響き渡る声の残響が消えると同時にラストバトル開始10秒前のブザーが鳴り響く。

それが鳴り止むと同時にもう一声。

「このラストバトルは仕組まれているっ!!『ジュラシック』メンバーはギルマス1人だけだっ!!!残りのメンバーはっ!他ギルドのマスター達だっ!!この試合、いやこの闘技場全体が今っ!!狙われているっ!!」

ピピィーーーッ!ピッ、ピッ、ピッ、ピィーーーーー!!!

試合開始のブザーが鳴り響く。

それと同時に客席の敵も、一般プレイヤーも立ち上がり武器を取った。

「自らの大切なものを、守り抜けぇっ!!」

大戦斧を片手で振り上げ目前の敵へと振り下ろした。



「鳥さん、これ何かの冗談っすかね?」

「いや、違いますね。これはどうやら嵌められたみたいですよ」

俺達の前に現れたのは、酒場で対面している『ジュラシック』のギルマスとそのUレア"ギガ・ダイナソー。

今年の夏初頭に開催されたガチャイベントのUレアで、四足歩行型の機械恐竜。

属性は雷か火。

特性は確か攻撃力アップ系の何かと、連続攻撃だったような…。

「あのおっさん意外と厄介かもですね〜。鳥さんは後ろに下がって魔法攻撃に専念して下さい!前は俺が抑えきって見せます!」

歩いて鳥さんの前に出ると腰を落とし武器を構える。

絶対に後ろには行かせない。

残りのMPと"イザベラ"のスキル、それとHP全て使って活路を見出してやる!


ピピィーーーッ!ピッ、ピッ、ピッ、ピィーーーーー!!!


試合開始のブザーと共に突進してくる"ダイナソー"!

しかし片方の後ろ足が引き千切られて横たわる。

「なぁっ!!てめぇら!何しやがった!?」

「…スキル、"渇骨ノ悪食"《かっこつのあくじき》」

"ダイナソー"と共に走っていた敵マスターには分からなかったみたいだけど、観客席からは起こった事が鮮明に見えていたらしく悲鳴が上がっていた。

「俺の相棒"イザベラ"は寝坊助さんでね。スキルを発動してない時はずーっと俺の影の中で寝てるんだよね。今使ったのはフィールド効果のスキルで、指定したフィールド内に敵が入ると発動して"イザベラ"がそれを喰い千切るんだよ」

このゲームでは体の各部位を攻撃して切断する事が出来た場合、そこから先がバトル終了まで欠損してしまう。

"ダイナソー"の機動力はかなり下がっただろうけど、まだ勝率が薄い。

何故なら……。

「おっさん、あんたのお仲間はどこ行ったのさ?今後ろに居るのあんたのギルドの人間じゃないでしょや?」

そう、明らかにおかしい。

戦闘開始前から勘付いてはいたけど、前に悪質なギルドの特集を載せてた記事をギルメン全員で読んでいた事があった。

そこに乗ってた各ギルドのマスター達の中に今目の前に居る奴らの顔が載っていたんだ。

「おお?何の事かなぁ??な〜んてなぁ、ガッハッハッ!そうさ、このメンバーはてめぇら2人を捕獲する為に集まった5ギルドの頭達だっ!元々まともに戦う気なんざねぇんだよ!!」

「クズ共。……ひぷさん、下級魔法攻撃で援護します!そいつから先に片付けましょう!行くよ"エキドナッ"!」

「助かるっす!!"イザベラァッ"!」

魔法詠唱をしながら後方を駆け回る鳥さん。

鳥さんを捕獲しようと地面にから軟体動物系の触腕が突き出たり消えたりしていた。

「おっほっほ。私はギルド『Kraken』のマスター、ミルズ。以後見知り置いてくれるかしら?貴方、中々熱くていい男じゃない。捕まえたら私といい事しましょうね〜」

「いや、僕年増に興味ないんで勘弁して下さいっ!っと。ひぷさん、援護きつくなって来たかもですっ!」

無数の触腕を避けながら、切り裂いてを繰り返している鳥さん。

物理攻撃中に魔法は使えないから仕方ないよね。

「鳥さん!無理は承知でお願いします!一度だけで構わないんでっ!あの恐竜野郎に魔法当てて"魅了"してくれませんか!?」

「かなり難しいですがっ!く、狙ってはみます!"ファイア"」

最下級火属性魔法を相手の攻撃の合間に撃ってくれている。

一応機動力は削ったものの、あの恐竜野郎の特殊スキルが優秀だった。

プレイヤー自身の攻撃力と同じ威力の弾丸を背中にある大量の砲門から発射してくる。

最大防御力を誇る俺のステータスでも120はダメージを受ける。

「あいつの攻撃力で鳥さんを狙わせる訳にはいかないね、こりゃ。ほかのも相手してるってのに〜」

「お兄さん、硬いなー。俺の"獣王レグルス"のスピード重視の攻撃だとやっぱりダメージ1か2しか入らない。ムカつくよ。しかも攻撃当てたら"腐食"効果までつけられて痛い痛い。あんた本当クエストボスって感じ」

「俺ノ毒攻撃デ確実ニ削ル。喋ッテナイデ、オ前ハ離レテイロ"死霊騎アーマーゾンビ"!」

相手の"死霊"の二つ名を持つ男は知っている。ギルド『爆速ロデオ』のマスター"γ"《ガンマ》。専用衣装の漆黒の鎧兜が嫌な光を放っている。

専用武器"壊毒鎌アシッドサイズ"から滴る毒液は物理攻撃を当てた相手に"確定"で猛毒効果を付与する。

猛毒は通常の毒状態の上位互換。

毎秒10ダメージが入る毒と違い、猛毒は毎秒100ダメージと大幅に違いがある。

そして効果時間が同じなのだから、本当に恐ろしい特性だよ。

俺の"抜骨ノ太刀"にも毒付与の効果が付いているけど、こいつ相手には全然毒状態にできないところをみると毒無効みたいな能力まで付いてそうだ。

「ぐぅっ!一発貰っちゃいましたね〜。毒とかの効果に防御力は通じないから痛いのなんのって」

"白骨ノ鎧"に付着した溶解液が骨を溶かして蒸気を上げている。

「おーい、俺も忘れないでくれよ?この"百獣王"のサイノス様をさっ!"スピードスピア"ッ!!!」

秒間10連撃を自慢とする"百獣王"の二つ名を持つこのサイノスという男も俺以外のプレイヤーなら相当厄介な相手だろうね。

現状、猛毒で確定ダメージが入ってる今の状態だと秒間10〜20ダメージも軽くないんだけど。

しかもこの男の専用武器"スピードスピア"は細身の槍で、当たった攻撃回数に応じて攻撃力が増していくのだろう。

削られてくHPの量がどんどん増えていく。

この2人と突進、射撃攻撃を交互に行ってくる恐竜野郎の3人の猛攻を受けきれるのは今だけだ。

まだ誰も使ってないから説明してないけど、俺達Uレア持ちには"必殺技"がある。

EXB《エクストラバースト》。

戦闘中の被ダメージと与ダメージの際に溜まっていくEXP《イーエックスポイント》を使用して発動する想像を絶する能力だ。

規模も威力も大きく、唯一性が高い。

その技名が二つ名になっているプレイヤーも多くいる。

俺のEXPはもうMAXだった。

だけど、まだ使えない。

使う事は出来るけど、今使っても勝てない。

3人の猛攻を受けながら反撃をしつつ、後方に目をやると鳥さんが触腕の女と直接戦闘を行っていた。

「坊や、もう、観念したら、どうかしら?」

「仲間が、全力で抑えてくれてるんですから、僕が折れる訳には、いかないじゃないですか」

触腕の分、攻撃スピードが早い鳥さんとほぼ同じ回数の攻撃を繰り出すミルズという女性プレイヤー。

「お仲間のフォローなんてさせないわ。魔法攻撃を食らわなければ、"魅了"されないのよね?それならこのまま連撃で貴方を釘付けにしてて、あ、げ、るぅっ!」

ミルズという女のUレアはギルド名と同じ"クラーケン"正式名称は忘れたけど、あの女プレイヤーの二つ名は"調教師"。

専用武器のムチには麻痺属性確率付与効果があり、あれだけは当たったらまずい。

「本当、貴女みたいな人、タイプじゃないんで、視界にも入れたく、ないんですよっ!"フレア・ソーズ"」

空から4本の炎の剣が降ってくる魔法で単純な属性攻撃と当たった相手の動きを5秒間止める。

が、しかし触腕を引っ込められて魔法が当たらない。鳥さんの特性を知っていたら当然警戒するだろう。

「あっはははははっ、当たらないわよ?そんなやわっちい魔法!私の"送電エレキ・クラーケン"はスピードと麻痺効果のUレア!あんたの辺鄙な能力とは使い勝手が違うのよっ!」

「はぁ、はぁ、辺鄙とは、また、言ってくれますね、はぁ。けど、ここまで攻撃が当たらないと、本当に勝てないかも知れませんね」

「や〜っと諦めたぁ??私の可愛いお人形にしてあげるから、大人しく捕まりなぁっ!」

"クラーケン"の無数の触腕が一直線に息を切らしている鳥さんへと向かって行く。

その瞬間、クラゲの肉片が紫の炎に焼かれながら飛び散っていた。

「辺鄙な能力と言われたのでここで僕の専用武器"双剣サラマンドラ"について説明しましょう。この剣は戦闘中に3回だけ物理攻撃を魔法攻撃判定にする事が出来ます。よって今から貴女には、触腕が無くなり攻撃力や敏捷力が落ちてるとは思いますが数秒仲間を攻撃してもらいます」

ここに来てやっと"サラマンドラの炎"が相手を捉えたようだった。

俺の方も少し楽になるかとため息を1つついたところで異変に気付く。

が、鳥さんはまだ何も気付く様子がない!

「鳥さんっ!!急いで逃げて下さいっ!前の相手は"魅了"されてませんっ!俺らの相手は"もう1人"居るんです!もう何か仕掛けられてますよっ!」

俺の叫びに気付いた鳥さんが横に飛び去り、自身が元居た場所を見つめて居る。

そこには散らばる紫の炎を残して、大穴が開いていた。

「いったい、いつから……」

「ほんの数秒前にだよ少年。あちらの少年は私の存在を忘れてはいなかった様だが、君は詰めが甘いようだね」

飛び去った後の鳥さんの背後に背の高い老人風のアバターが立って居た。

この男の能力はいったい……。

「何が起きているか解らないようだね少年。

私のUレア光魔の名前は"食光植物ビィカルカタラ"貴方の光魔は今、私の植物の腹の中に居ますので能力は使えません」

今までに聞いた事もない能力と光魔の名前。

光魔を食い、能力を封じる光魔。

そんなのありかよ…。

「なん………」

「鳥さんっ!落ち着いて!必ず効果時間か、解除方法があるはずです!!落ち着いて、直接攻撃を回避しつつ時間を測って下さいっ!」

はっとして老人と年増の攻撃を回避し出す鳥さん。焦りは見えるけど、まだ大丈夫だ。

「おい骨野郎っ!!余所見ばっかしてんじゃねぇぞごるぁぁぁああっ!!」

近接戦闘を仕掛けてくる"死霊"と"百獣王"に、射撃攻撃に専念し出した恐竜野郎。

もう、俺のHPも半分削られている。

ここまでダメージを受けるのは鳥さんの"エキドナ"を取りに行った時以来かな?

そんな懐かしい記憶を思い返して笑っていると鳥さんの元に"エキドナ"が戻ったようだ。

「よかった!これでまた戦えるっ!反撃しましょう、ひ、ぷさん……」

やっと表情に明るさが戻った鳥さん。

上げた視線に飛び込んで来たのは相手プレイヤー全員がEXBを発動するライトエフェクトが光っている光景だった。

「あははっ、馬鹿ねぇ坊や。ただ硬いだけの相手なら5人の必殺技で消し飛ばして、魔法当てないと無能な坊やを軽く甚振って君達はおしまい。私達が何も考えてないとでも思ったのかしら?」

「オ前達ダケガ特別ナチカラヲ持ッテイル訳デハナイ」

「俺達にたてついた事後悔するんだなぁガキ共っ!」

「植物は弱く見えるかもしれないが、人など及ばない程力強いのだよ少年」

「俺のガキ共が世話になったなぁクソガキ共ぉ!!消し炭にしてやるから覚悟しろやぁぁぁああ!!」


「EXB"死霊の抱擁"」


「EXB"百撃の餓狼"」


「EXB"エレキテック・ノヴァ"」


「EXB"食草の宴"」


「EXB"ボルケーノ・カノン"」


5つの暴力に視界を飲まれる。

もう後ろに居るだろう鳥さんの姿さえ見えない。


俺はここまでかもしれないっすね〜。


でも、諦める訳にはいかない。

俺が、"イザベラ"が持つ最大の防御スキルはまだ使っていないんだ。

身体中を駆け巡る振動に負けないように武器を地面に突き、眠る相棒を叩き起こす。


「いくぞ"イザベラ"!!"死骨ノ巨壁"《しこつのきょへき》!!」


最大の広域防御スキルの発動と同時に受ける5つの閃光。

身体全体が光に包まれていく瞬間、黒い筋が1本。

俺の横を通り過ぎた。


「まったく、遅過ぎやしませんかね?"黒幕"《プーラー》」


絶望の最中現れた希望の一筋に後を託し、全力を持って攻撃を受ける。

攻撃エフェクトが消える頃には、さらに暗く重たくなった空が広がっていた。



目の前で仲間が光に包まれていく。

大半の敵を惹きつけて、他の敵からも僕を庇って……。

「あ、あ………」

僕の所為だ。

光魔に頼って戦っていた僕の弱さの所為で1人のギルメンが犠牲になってしまった。

チームワークに犠牲は必要ない。

僕はそう思い続けて来た。

この失敗は、全部僕の……。


いや、まだ負けてない。


"エキドナ"が奪われたとしても、20秒程で返って来たんだ。

そして、僕は"エキドナ"無しでも戦う。

戦って、勝ってみせるっ!

「ひぷさん、ありがとう。それとごめんなさい。いつも助けられてばかりですね」

僕の残りのHPは12000。

いつのまにか"エキドナ"を奪われた時、知らずに食らっていたんだろう。

それでも、まだまだ戦える。

MPは残り120と少なくている。

全力で戦う、がしかし後先は考えなきゃいけない。

相手はまだ全員残ってる。

HPも9000代が殆どで、植物老人に至っては無傷の状態だろう。

もう笑うしかない。


絶体絶命の戦いが、懐かしいから。


「さぁ行こう、鳥である。ギルドの勝利の為にっ」

手に持つ双剣を強く握りしめて刃先を前に向ける。

すると、黒い影が一直線に向かってくる。

あれは……!?

「もう、遅いですよ。今まで何してたんですか?ヒーさんっ!」

黒いローブに身を包み、半分は白く笑った顔。

もう半分は赤く怒った顔の仮面をつけた、この人専用の衣装。

左手にもつ重厚な鍵付きの魔本。

その名は"悲劇と喜劇の台本"《タグゥディア=コメッディエ》。

そしてその背後には、仮面と同じ半分白半分赤のドレスを纏う4本腕の操り人形がブロンドの長髪腰まで流し揺蕩っていた。

このゲーム開始当初から今現在に至るまで、ずっと変わらない"最凶"の光魔。

"暗幕操師あんまくそうしエクス=マキナ"

それらを従える"最悪"のプレイヤー。

「遅れた遅れた、あははっ!いや〜ごめん鳥くん!こっからが本番だぜ」

『Lorelei』サブマスター"ヒー"。

普段はお調子者だけど戦闘においては、かなりの知恵者でうちのギルドの司令塔。

「遅いですよ、……義兄にいさん」

「それ途中ひぷさんにも言われた!あははっ!なんか楽しくなりそうだな〜。さてさて鳥くん、幕引きとしようか"俺達"の勝利で」

魔本の鍵を外し本を開く。

バラバラと音を立ててページがめくれていく。

バタンッと勢い良く本を閉じるとヒーさんは一目散に駆け出した。

敵のEXBのライトエフェクトが消えるとそこにひぷさんの姿はなかった……、恐らく…。

「鳥くんっ!"タイムカウント"!」

落ち込む僕にヒーさんが指示する。

もう、"下は向けない"。

「はいっ!残り時間4分30秒!」

バトル、決闘にはそれぞれ制限時間が設けられて居る。決闘は10分の時間で戦いどちらかの対戦メンバーが全滅するか、制限時間が0になった時メンバー全員の残りHPが多い方が勝利となる。

今のまま3分が経過してしまえば僕達は負ける。

だけどこれは負けるまでのカウントじゃない。

「"リニアブースト"全速力だっ!行くぜ"マキナ"!!〔ふふふっ、あはははははっ!〕」

移動速度強化魔法を自身にかけ、弾丸のように走り出すヒーさん。

散り散りになっている5人の敵に数発ずつ攻撃を当てて逃げ去る。

「〔あははははははっ!楽しいね楽しいね!あははははは〕」

「"入った"みたいですね。今は"喜劇のマキナ"ですか、相手もお気の毒に…」

ひたすら笑いながら駆け回るヒーさん。

知らない人達からは豹変と見えるだろう。

「くっそっ!!こいつちょこまかとぉ!!いきなり乱入してきて名乗りもしねぇとはなんだぁ!?あぁっ!?」

"マキナ"は自身の攻撃力を下げて、少ないMP消費で雷属性の移動魔法を使う。

「〔うるさいおじさんだなぁ。うん、少し黙ろう。"劇場の掟"《ワールド=ロウ》『劇中は静観すべし』。喋っていいのは主役だけ。あははははははっ〕」

「……………………………!!」

喚き散らしていた"ダイナソー"使いの男が急に喉を抑え口を開き、黙り込む。

これが"エクス=マキナ"が持つスキル"劇場の掟"。

指定空間内では絶対遵守の命令。

今、ヒーさんのアバターを操っているのは光魔である"マキナ"だ。

"マキナ"は高速移動と格闘攻撃を行うAI。

よく笑いよく喋るのに、相手が喋ると黙らせる理不尽さが本体ヒーさんによく似ている。

「〔あははっ、主人デウス。楽しいね!そろそろ仕掛ける?嬉しいよ!〕あぁ、"マキナ"俺も楽しくて楽しくてたまんねぇよっ!鳥さん、1人先に潰すよ!"あれ"使って植物爺さん狙う!」

「了解ですヒーさん。踊れ"焔蛇えんじゃの舞"!!」

"エキドナ"の紫炎が地面全体に広がる。

相手にダメージは入らないが、相手プレイヤーを1人残して全員魅了する僕のEXB。

魅了できる時間は15秒間。

魅了したプレイヤーの攻撃対象は選択できる。僕はヒーさんの指示通り1番厄介な植物老人を選択し、相手プレイヤー達は総攻撃をかける。

「……………!!(この私がっ、こんなところで!!)」

老人の"ビィカルカタラ"が"レグルス"と"ダイナソー"を飲み込む。

がしかし、他メンバーの攻撃全てを奪いきれずに瞬く間にHPが全損する。

「レディを食おうなんて下衆ジジイにはうってつけのお仕置きですね"エキドナ"」

これで残りの敵は4人。

この調子で行きたいけど、残ってる相手も強い。特に麻痺毒持ちの"クラーケン"と猛毒使いの"アーマーゾンビ"。

あの2人を先に潰さない限り、まだ勝機が見えないだろう。

「さぁ次!ゾンビ潰すよっ!"エクス"[ああ、"主人"の仰せだ。存分に暴れてやろう!!"ライジングストーム"!!]」

高速移動攻撃の"マキナ"と違い、ゆっくりと歩きながら相手に瞬きすら許さない数の魔法攻撃を行う。

"エクス"は自身の攻撃力を下げて、魔法攻撃の効果範囲を広げる。

「冷酷無慈悲"悲劇のエクス"、この魔法の嵐が終わる頃には相手はもう……」

だが、これだけでは、相手全員のHPは削り切れない。

ならいったい、どうするのか。

「["劇場の掟"『劇中は刮目すべし』。その目見開き篤と見よ!我が怒りの雷を!!]」

単純、でも強力な掟。

相手プレイヤーはヒーさんから目を離す事が出来ない。

この間に僕は背後からゾンビをっ!!

「残り3分です!切り刻むっ、はぁぁぁああっ!!!"火炎剣"《フレアソード》」

「………………!(アーマーゾンビノ防御力ハソウ簡単ニ突破デキナイゾ!)」

背後からの数撃でHPの半分以上削れたが、こちらを向かずに鎌で攻撃してくる器用な相手に距離を取らざるを得ない。

「["主人"よ。そろそろ頃合いではなかろうか?]そうだな"エクス"ありがとう。もう"弄り終わった"から大丈夫だ。後は…」

またしても口調が変わりヒーさん本人が戻って来た。

「俺が全員ぶっとばぁぁぁすっ!!」

思い切り叫んで、走り出すヒーさん。

目の前にいる"ダイナソー"使いに手に持った魔本の角で攻撃を繰り出す。

「………………!(少し厚い本程度の攻撃、この俺に通じるかよっ!」

ドゴォォォオオンッ!!

「…………!?…………!!(なんだ!?この重さは!!」

80レベルの相手の防御力はそこまで甘くない。

ただのはずなのに光になって消えていく恐竜使い。

「…………?(イッタイ、ナニガ起キタ?)」

「………(訳わかんない。何よ、何なのよ)」

「……!!…………!………!?(おいおいおい!!ふざけんなよっ!いつまで喋れねぇんだ!?)」

残る3人の敵がそれぞれ武器を落とす。

攻撃力強化がされない本を武器とした攻撃により、味方で1番タフな男のHP9000がたったの一撃で削られた。

その事実だけが胸に刺さり、戦意を喪失したんだろう。

「いやー、いいリアクションしてくれるねぇー君達!ご褒美に種明かしをしてあげよう。俺のこの本"悲劇と喜劇の台本"は攻撃、魔法のそれぞれのモーションを行うだけで、相手の攻撃力、魔法力を下げていく」

そう、それが"最悪"と呼ばれる所以。

攻撃モーションで相手一体の攻撃力を。

魔法モーションで相手一体の魔法力を、それぞれダウンさせていく。

「そしてそして俺の相棒"エクス=マキナ"は俺が1発目に攻撃した敵と次に攻撃した敵のステータス値を入れ替える事ができる。ここまで言えば、もうわかるよなぁ?」

仮面で表情は見えないが、さっきまでの調子は消え去り怒りだけが冷ややかに伝わってくる。

"エクス"と"マキナ"がヒーさんのアバターを動かしている間、ヒーさんの意識は背後に揺蕩う"エクス=マキナ"本体の中にあった。

そこで攻撃が当たる度に相手のパラメータを弄り、たぶんあの恐竜使いの防御力の数値を攻撃で下げに下げた誰かの攻撃力の数値と入れ替えたんだと思う。

本当に敵に回したくない。

この人がギルマスの方が絶対いい。

恐怖に慄き、尻餅をつくミルズ。

1歩2歩と後退り、だけどまだ立ってる残りの2人。

「ヒーさん残り30秒を切りましたっ!!早く次の指示をっ!」

「鳥くんは残り2秒まで全力で相手のHP、削れるだけ削って下がって!……さぁて、メインディッシュだ!てめぇらちびるなよ??お待たせ"ひぷさん"!!残り2秒でぶちかませぇっ!!」

ヒーさんの指示が闘技場全体に響き渡る。

そして決闘のタイムアップ2秒前……。

「"秘剣ひけん 残骨ノ葬送"《ざんこつのそうそう》」

何処からともなく聞こえた確かな声。

そして地面から這い出てくる無数の鋭利な骨。

それらが相手プレイヤーのアバターを文字通り蜂の巣にして突き上げ、搔き消した。

この技、"残骨ノ葬送"はひぷさんが受けたダメージを戦闘の残り秒数で割った数値を固定ダメージで相手全体に与える。

ひぷさんの残りHPは280で、発動した時間はぴったり残り2秒。

約7000の固定ダメージが相手に突き刺さったんだ。

これが僕達2人が下を向かなかった理由。

基本的にプレイヤーの視界には相手プレイヤーのアバターの上に、名前とHPゲージが表示されている。

それは幻惑系の魔法以外では隠す事が出来ない。

遮蔽物に隠れてもある程度目を凝らせば地面の中でも見えてしまうだろう。

まあ、信じられないだろうけどね。

Uレア5体のEXBを凌ぎきり生きてるプレイヤーがいるなんて……。

そうこう考えていると、ボゴンッと音を立てて見知った腕が地面から生えてきた。

が上手く肘まで出せなかったようで、手首を猛烈に振っていた。

僕とヒーさんは顔を見合わせて肩をすかすと2人で暴れる手首を握り締め、カブの様に引き上げた。

「ぷはぁっ!お2人共ありがとっすー。いや〜"イザベラ"が手伝ってくれなくて困りましたよっと、ふぅ〜苦しかった」

「最後に美味しいとこ持って行きましたね、ひぷさん。本当、お疲れ様でした」

「いやいや、鳥さんこそ"エキドナ"消えた時は大変でした!あの光魔、今後も注意しましょう。それとヒーさんも、遅かった事は許しませんがありがとうございます」

「嫌だな、そんな褒めるなって照れ臭いっ!2人共よくやったよ!俺の攻撃力じゃ相手を倒しきれなくて負けてたかもだしね!」

何はともあれ、これで決闘はヒーさんの宣言通り、僕達『Lorelei』の勝利で幕を閉じる。

だけど、戦いは終わってない。

決闘が終わり聞こえて来るのは歓声ではなく、鈍い金属音と叫び声の応酬だった。

空には暗雲が立ち込め、次第に雨が落ちて来た。

僕達を襲う嵐の様な1日は、まだ終わらない。

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